#2 姫巫女の友達
「ねえねえ! 彼、月姫神社の下宿生だって。都会から来たらしいよ」
さっそく縁結びの鈴の効果が出たのか、背後から女子達の視線を感じた。後ろから聞こえるひそひそ声に俺は動揺する。
「話しかけてみたいけど緊張するー」
ゆりあには嫌われたが、もしかすると現世でワンチャンあるかも知れないと思っていた時、美月さんがぴしゃりと言った。
「夏輝くんには、確か女難の相が……!」
「げっ、なぜそれを……」
「つづら様から聞いて」
俺の下心を見透かしたかのように巫女神様が両こぶしを強く握る。
「気を引き締めていかなくちゃ!」
「は、はい……」
ああ神様。魑魅魍魎の跋扈するこの世界で、どうか俺の不幸が少しでも薄まりますように。
こうして現世での学生生活が幕を開けた。
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転校生ということで簡単に自己紹介した後、後ろから二番目の席に座った。斜め右後ろには美月さんが座っている。リュックを覗くと、中ではつづらが居眠りしていた。
学校に通わせてもらえるのは有難い事だが、呑気に授業に出ていて大丈夫なのだろうか。凶悪なあやかしを探して、片っ端から退治していった方が早く常世に帰れる気がする。じっと座っていても、気ばかりが焦る。
最初の授業は『古典』だった。昨日の宿禰さんの話では常世と現世が分離したのは四百年前の江戸時代だ。日本史の教科書を読むと、明治時代に移るタイミングで科学技術が一気に花開いた常世とは異なり、現世は宗教や呪術を頼みとし続けたことが未来を変える決定的な違いだったと思われる。現世では世界大戦ではなく、妖魔大戦なるものが過去に起こったと教科書に書かれている。
そこで先生の視線を感じた俺は、慌てて日本史の教科書を机の中に片づけた。
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに。──平安時代の歌人、小野小町の有名な和歌ですね。小野小町のような美女でも、長雨を浴びた桜のように時間とともにその容姿は色あせ、最後には息絶える。人の命の儚さを詠んだ歌ですね」
よりによって現世に来て最初の授業で教わった和歌が死を連想させるものだったため、俺は心底絶望した。
確かに生きていれば人は必ずいつかは死ぬし、永久不変のものなどないと言ったらそうなのだろうがこのまま家に帰れずに死ぬのだけは勘弁願いたい。
「山桜死ぬることをば許さなむ 君に一目会はまほしかりき」
次に先生が黒板に書いたのは、奈良時代の歌人、歌部真葛の和歌だった。鳳凰国の国守でもあった歌部真葛は俺も知っている。
「この和歌の意味は、『山桜よ。どうか私が死ぬことを許してほしい。最後にあなたに一目会いたかった』ですが……」
また死の歌か、と先生の解説を聞きつつ俺はあくびをかみ殺した。
「歌部真葛は、都から地方への赴任を命じられ気落ちしていましたが、やがて鳳凰の人々や豊かな自然に親しむようになり、五年間で数多くの歌を詠みました。その後、少納言に任ぜられた時には悪病を患っており、病のつらさを歌に残し、都に戻った直後に亡くなってしまいます。最期に詠んだこの和歌は、この鳳凰の地に残してきた恋人や友人にあてたものと言われ……」
先生の言葉に俺は目が醒めた。最初は都へ帰りたがっていた歌部真葛が、この地で生きる喜びを見つけ、そして最期に思いを馳せたのも、この地の人だった。
自分の境遇を嘆き悲しんでいる場合じゃない。歌部真葛のように、この環境になじむ努力をしていかなければと俺は腹に力を入れた。
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休み時間、歌部真葛に感化された俺は友達を作ろうとポケットの中の縁結びの鈴をいじりながらどこかのグループの輪に入るタイミングを窺っていたが、現世の連中は既にローカルな話題で盛り上がっていて入りづらかった。
気後れしたので、自席で日本史の教科書を読みながらぼんやりしていると、美月さんの席に女子が二人やって来るのが見えた。
ショートヘアで背の高い般若あかりと、三つ編みヘアが似合う丸顔の村椿琴梨だ。女子三人が後ろでひそひそ話を始める中、俺は教科書に目を落とした。
「ちょっと美月どういうこと? 彼氏ができたら報告するって言ってたじゃん」
「あ、あかりちゃん……違うよ! 夏輝くんはうちの神社の手伝いに来てくれてるだけだから」
「なーんだ。美月の彼氏にしちゃ暗そうだと思ってたんだよねー」
「もう! からかわないでよ。でも、夏輝くん優しいよ? 私を護るって言ってくれたし、それに常世にも連れて行ってくれるって……」
美月さんが嬉しそうに言うと、村椿が身を乗り出した。
「えー! 護ってくれるってすごくない?」
「うん。神力使いの役目を果たすって言ってくれたの」
「護る? 役目を果たす? それってもしかして告白?」
「要するに籠の鳥である美月を助けに来てくれた王子様だと」
「え……ええええっ! 二人とも何を!」
俺は激しく動揺し、手に持っていた教科書をあやうく落としかけた。心臓の拍動が早い。
誤解されても困る。確かに彼女は可愛いが、別に個人的な好意があるわけではない。居候させてもらっているし、あくまで神力使いの役目を引き受けただけのことだ。
俺みたいに不幸で冴えない男と妙な噂を立てられても美月さんも迷惑だろう。
だから静まれ俺の心臓。俺は勇気を出して立ち上がり、般若と村椿に向き直った。
早い段階ではっきりと言ってやる。
⛩️常世現世裏話③⛩️
【現世について】
まじないや祈祷に頼る呪術社会で、神やあやかしが普通に見える世界。
祓いの技術を持たない現世の人々は、道祖神や結界に護られた町の中で過ごしているが、結界の破れや穢れの蓄積、信仰が弱まることで時々怪異が発生する。
穢れを祓う神職や祈祷を行う僧侶、呪術を使う拝み屋等の存在はかなり重要であり、宿禰は町のあちこちを奔走。
神事のない日はついついお酒の量が増えてしまうのはご愛敬。




