#1 縁結びの木の下で
「夏輝くん、おはよう」
セーラー服姿の美月さんが襖を開けた。白線が際立つ紺色の襟に、赤いスカーフを結び、長い黒髪を下ろしている。
「夏輝くん、学ランも似合う」
「そ、そうかな。なんか変じゃない?」
美月さんの大きな黒い瞳がじっと俺を見つめてくるのでどぎまぎしてしまう。
「後は、喪服感を消すために全身から出ている幸薄さをどう消すかが問題かと!」
「やっぱり喪服に見えるんかい」
なぜ俺が美月さんのお兄さんの学ランを着ているかというと、宿禰さんが氏子一同に俺を下宿生だと紹介した手前、俺も今日から美月さんの通う鳳凰高校に行かせてもらうことになったからだ。とはいえ、月姫神社の台所事情はかなり厳しいため、俺も学業の傍ら神社の社務や家事を手伝うことになっている。
拝殿に並んで参拝した後、俺達は月姫神社を後にした。春風が吹いて、桜だけが満開になった境内の桜梅桃李の木が揺れた。早く『梅』『桃』『スモモ』の三種の木を満開にして、常世への糸を手繰り寄せねばならない。
決意を新たにしていた時、一匹の白魂が見送りがてら飛んできた。
「ミミー(汝も今日から学業の傀儡とはご苦労な事だな)」
「やかましいわ! 俺はお前らとは違う日の当たる道を歩いていくんだ!」
手で追い払うと、ミミーと鳴いて逃げていった。
「今日は夏輝くんの登校初日だから縁起のいい場所に案内するね」
美月さんに連れられて古い町並みの中の細い路地に入ると、小さな赤い社があり、その背後には注連縄の張られた一本の木が立っていた。枝には色とりどりの小さな鈴がびっしりと吊るされ、風に揺られて涼やかな音を立てている。
「この縁結びの鈴の木の社には、縁結びの神様──大国主命が祀られているの。厄を祓い、良縁をもたらしてくれるんだよ」
美月さんと一緒に鈴の木の前の社に参拝する。平日と言うのに小さな行列ができていて、大学生くらいのカップルが多い。俺は落ち着かなくなり、終始そわそわと辺りを見回していた。
「こ……こういう場所って普通カップルで来るもんじゃ……?」
思わず問うと、美月さんが慌てて答えた。
「べ、別に縁結びは恋愛や結婚に限らなくてね? 夏輝くんが新しい学校でいい友達に恵まれればいいなと思ったの」
「な、なるほど」
美月さんと一緒に柏手を打って友達ができますようにと願うと、ちりんと涼やかな音が響いた。目をひらくと、社の前に小さな鈴をくわえた神使の白ネズミが仰々しい様子でしゃがんでいた。
「不幸な少年よ。大国主様が哀れなお前の願いを聞いてくださった。この鈴を大切に身につけ、日々の勤めにいそしむがよい」
礼を言って縁結びの鈴をポケットにしまうと、白ネズミが姿を消した。
「それにしても、すごい数の鈴だ。世の中にはこれだけたくさんのご縁の形があるってことか」
「本当に。人がこんなにたくさんいる中で、一生のうちに知り合える人はごく一握りなんて不思議。夏輝くんと私が出会えたのもきっとご縁だよね」
確かに常世人の俺が、現世の美月さんと出会ったことは奇跡に近い確率かも知れない。ロマンチックな縁結びの鈴の木の前で、俺たちの間にはどことなく甘いムードが漂っていた。そんな事を考えていた時、美月さんが腕時計を見た。
「あ、もうこんな時間! 近道から行きましょ」
「ボク、あの道嫌いなんだよね」
俺の肩の上でつづらが嫌な顔をしたが、構わずに杉林の中の細い道に入っていく美月さん。太陽が出ているというのに薄暗く、とても不気味だ。
「我を鬼神に成してたまえ……」
どこからともなく響いてくる不気味な声に、杉の木を見上げた俺は思わず戦慄した。木の幹には呪いの藁人形がいくつも打ちつけられている。
「こ、この場所は一体……」
「幽霊神社のおとろし街道。午前二時の丑三つ時に、白衣に高下駄姿の人が頭に蝋燭を三本立てて、恋敵なんかを呪殺しに来る場所なの。それでこの辺りには『おとろし』っていうあやかしが出るんだけど、結構味のある顔をしててね」
美月さんがそう言った瞬間、何かが俺の背後にずしんと落ちた。嫌な予感におそるおそる振り返ると、髪を振り乱した二メートル弱の巨大な獅子頭と目が合った。
俺達を目視で捕捉すると、獅子頭がずしんずしんと跳躍しながら追いかけてくる。そして、杉の木から遊離した藁人形までもがけらけらと高らかに笑いながら一緒に追ってくる。
「ぎゃああああっ! 早く言ってよそういう事は!」
「あやかしも出るけど、学校までは半分の時間で到着するよ」
「いやここ通ったからって距離変わんないって! っていうか通学路でイベント起こりすぎなんだけど!」
さっきは縁結びの鈴の木に一緒にお参りしていい雰囲気だったのに、何故こんなムード最悪の場所を化け物に追われながら朝から全力疾走しなければならないのか。
「不幸……!」
俺たちは命からがら、おとろし街道を駆け抜けた。
十分ほど走り続けると、やがてクラシックな雰囲気のレンガ造りの古い校舎が見えてきた。数日前まで通っていた白い壁とガラスで構成されたスタイリッシュな新築の校舎とは全く異なる様相を呈している。
「死ぬかと思った」
息も絶え絶えの俺の隣で、学生達が「おはよう」と挨拶をかわしながら、ぞろぞろと校舎に入っていく。
「夏輝くん大丈夫?」
「俺、この現世で最後まで生き残れる自信がない……」
常世へ帰るまでの間は巫女神を護る神力使いとしての役目を果たせと昨日月姫命に言われたところだが、美月さんを護るどころか自分の命すら守りきれるか怪しい。これでは先が思いやられると俺はため息をついた。




