#10 咲かせてみせよ桜梅桃李
「夏輝くん! あやかしは……?」
「平気。月姫命が祓ってくれた」
「よかった」
美月さんが安堵した様子で微笑んだ。
「夏輝くんに何かあったらどうしようと思って。お父さんやお母さんの時みたいに」
彼女がこんな情けない俺のために泣いてくれたことに、俺は驚いていた。
「大丈夫だよ。俺、何があっても絶対に平気だから!」
俺は慌ててポケットからハンカチを取り出し、泣いている美月さんに渡した。
「それから昨日はごめん。励まそうとしてくれたのに、ひどい事を言ってしまって」
「ううん。夏輝くん、あの時は心に余裕がなかったと思うから」
「俺、巫女神がこの土地の魑魅魍魎を鎮めている土地神だなんて知らなくて。君の方が大変な目に遭っているのに、俺は自分だけが不幸だと思っていた」
「巫女神のお役目なんて本当は嫌。怖い目に遭うことが多いし、役目が終わるまでは月姫神社から離れることができないし。それにいろんなしきたりや決め事があって」
こらえきれなくなったのか、美月さんがしゃくりあげた。先ほど視えた美月さんの昔のつらい記憶を思うと、何かせずにはいられなかった。
「俺、決めたんだ。必ず桜梅桃李の花を咲かせて、常世へ帰るよ。月姫命に、帰るまでの間は神力使いとしての役目を果たせと言われた。神社の仕事でも何でも手伝って君や宿禰さんに少しでも恩返しをする。だから君一人で頑張らなくてもいい」
「夏輝くん」
「それにいつか、君に常世を見せてあげたいと思うし」
「本当?」
俺の後ろに常世を見ているのか、美月さんが瞳を輝かせて俺の手を取った。
「約束するよ」
鈍色の雲間から顔を出した太陽が彼女の顔を明るく照らし出した。まるで花が咲いたかのような笑顔に思わず心を持っていかれそうになってしまう。
「やれやれ、二人揃っていなくなったと思ってたら、こんな所で逢引かい?」
振り返ると、氏子さん達が手を取り合った俺達二人を微笑ましそうに見ていた。
「ち、違いますよ。俺達はあやかしを退治してただけで……」
「いつまでも子供だと思ってたけど、美月ちゃんも彼氏が欲しいお年頃かね」
「お……おじさん達ってばやだ!」
顔を真っ赤にして動揺する美月さんと、その場に硬直している俺に宿禰さんが静かに告げた。
「……二人とも。話があるから後で社務所に来なさい」
「ああっ! おじいちゃんの目が笑ってない……」
その途端、氏子さん達からどっと笑い声が巻き起こり、宿禰さんも笑い出した。今のは冗談だったらしい。
「夏輝くん、見て!」
美月さんが指さすと、桜梅桃李の木の五分割きだった桜が輝いたかと思うと、また花が開いた。見事な景色に「月姫さんからのご褒美じゃのう」「神様が笑っておる」と歓声が上がった。桜梅桃李の枝垂れ桜が、まるでみんなの笑顔を彩るフォトフレームみたいに見える。
「夏輝くんが月姫さまと一緒にがんばってくれたおかげで、みんなが助かったの。ありがとう」
美月さんが俺に礼を言った。高坊主を足止めして祓っていなかったら、土地に封じられている魑魅魍魎が暴れ出して、氏子たちも食われていたかも知れない。
俺を温かく迎え入れてくれた美月さんと月姫神社。そして与えられた、神力使いとしての役目。その二つを得て、不安で押しつぶされそうだった心が少しずつ落ち着きはじめていることに気づく。さっき祓った高坊主のように、得体の知れないものも見下ろしてしまうと案外怖くないものなのかも知れない。
──この試練を乗り越えて、いつか必ず大事な人たちの待つ常世に帰る。
鳥居の向こう、咲き誇る桜梅桃李の桜に彩られた春の空を見ながら、俺はそう心に誓った。
⛩️常世現世裏話⛩️【夏輝の秘密】
高一の秋に、クラスのネタ枠で普賢高校ミスターコンテストに出場させられる。
ところがステージで名前が呼ばれた時、夏輝本人は腹痛でトイレにこもっており、会場を騒然とさせた。
「トイレにいながらにしてミスターコンの話題をさらったナイスガイ」「トイレの神様」の二つ名が生まれ、学校中で話題となった。
そして四月。夏輝本人は忌まわしき過去を忘れようとしている。
同級生「さすがレジェンドは違うぜ」
夏輝「やめてくれよ! 俺本当に腹痛かったんだから! 不幸!」
下級生「去年のミスターコンで、美しすぎてトイレから出てこなかった伝説の先輩がいるらしいよ。会ってみたーい」
夏輝「……俺のことじゃねーか!」(悶絶)
【ご報告】おかげさまで小説家になろう日間ローファンタジー42位にランクインしました!
たくさんの人が元気になれる小説を書きたいと思っていますので、よろしければページ下にある⭐︎評価とブックマークをお願いします!(2026.6.10)




