#3 一人きりの戦い
ぼこぼこぼこ、謎の物体が細胞分裂するように増えてゆき、毒々しい葡萄の房のようになり、まだ増えていく。
「つ、つづら。あいつ一体何? なんかヤバイ感じがするけど……」
「正体不明の物の怪だ。とにかくスクネを呼ぼう」
つづらが参道を這っていこうとした時、風が吹いて地面に落ちていた紙切れのようなものがつづらに貼りついた。
──その瞬間、白い鱗から神秘的なきらめきが失せ、つづらが境内の隅にへたり込んだ。
「どうしたんだ、つづら」
「蛇封じの呪符──いったい誰が──こん──所──に──」
力を失ったつづらに貼りついた呪符をはがそうとするも、はがれない。
おそるおそる触れたその体は、冷たく固まってしまっている。
気がつくと、毒葡萄が大人の背丈ぐらいに成長していた。
「まずい」
俺はつづらを抱きかかえて走り出した。
──どくん、という音が脳に響く。悪意ある金縛り。
膝から下が動かなくなり、バランスを保てず転んだ。
足が石のように固く麻痺していて、跪いたまま立ち上がることができない。
神力を放つべく、右手を構える。
──右手が光らない。
いや、光らないだけではない。いつの間にか、右手全体が金縛りで動かなくなっていた。
毒葡萄は、人を動けなくする物の怪らしい。
次々に増殖を続け、三メートルくらいの巨人と化した毒葡萄。
つづらが動かない、神力も使えない。
一体どうすればいいんだ?
俺は恐怖心でパニックの状態に陥っていた。
──どくん。
また強い金縛り。今度は上半身が動かなくなった。
なす術もない状態のまま、どんどんと高くなっていく毒葡萄。
もうじき氏子さん達の休憩が終わる。そうしたら、誰かがここを通りかからないだろうか。
とにかく誰かに、見つけてもらわなきゃ。
視界の端に、白い何かが映る。
白魂が十匹くらい、群れで行動していた。
ちょうど良かった。宿禰さんを呼んでもらおう。
俺は、唯一動く左手で自分を指さし、次に毒葡萄を指してから、最後に宿禰さんのいる社務所を指さした。
「ミーミー」
分かってくれただろうか。
俺とつづらが毒葡萄にやられているから、宿禰さんを呼んできてほしいと。
「ミ?」
白魂が首をかしげた。
──ダメだこいつら、状況を理解していない。
黒い巨人がこちらにゆっくりと歩いて来る。
不気味な長い腕が黒い球の分裂によって構築され、今度はそいつが俺の首に手をかけるのを見て、白魂達が一目散に逃げてゆく。
「ミー!」
白魂、お前らには本当に失望したよ。
俺は首を摑まれたまま、宙に掲げられた。
左腕も動かなくなり、抱いていたつづらを落としてしまった。
いつの間にか黒い玉が絨毯のように境内を覆いつくし、玉垣からあふれ出る。
つづらの姿は黒玉に飲み込まれてもう見えない。
ぎちぎち、と首が絞められてゆく。頸部が圧迫され、血の流れが止まったのか、目の前が段々と暗くなっていく。
──そう言えば美月さんのご両親は、祓いで命を落としたと言っていた。
それはきっと、こういう事故だったのだろう。
つづらは呪符で動きを封じられているから、これ以上の神力が俺に流れてくることはない。
残っている僅かな神力でどうにかしなくてはならない。
喉を絞められる苦しみの中で必死に考えていると、稲妻のように考えがひらめいた。
全身の中で唯一動く眼球──すなわち、目から神力を放てないか。
神力を右手から目に移動させるイメージを持ち、黒い巨人を見下ろすように睨んだ。
神力が目に宿り、視界が明るく開けたと思った瞬間。
ぱちん、と黒い巨人の頭の部分の黒玉が弾けた。
──いける。
ぱちんぱちんと黒い巨人の頭の玉が破裂して消えてゆく。
そのままゆっくりと見下ろしてゆく。
黒い巨人が俺の首をぎちぎちと締め上げ、消えてたまるものかと抵抗する。
「うっ」
──刹那、金縛りが解けた。
俺は右手をかざし、自分の首を締めている黒い巨人の腕を光り輝く神力で焼き切った。
げほげほっ、と咳き込みつつ地上十メートルの高さから地面へと落下する。
着地の衝撃を両足に受けてよろめきつつも、態勢を立て直す。
黒い巨人の頭部が俺めがけて突っ込んでくる。
対抗するべく拳を突き出して、残る神力を放った。
毒葡萄を結集させた黒いエネルギーと、青白く輝く神力がぶつかり合いせめぎ合う。
──ダメだ。神力の消耗の方が早い。このままじゃ押し負ける。
唾を飲み込んだ時、後ろから声がした。
「ご助力します」
振り返ると、神楽鈴を持った美月さんが立っていた。
──涼やかな鈴の音が、俺の放つ神力とともに黒い巨人を消し去ってゆく。
境内を埋め尽くしていた黒玉が消え、太陽を覆い隠していた鈍色の雲が去った。
「つづら!」
美月さんに礼を言い、つづらの姿を探す。
参道、手水舎、稲荷社とぐるりと見回し、鳥居の元に倒れているつづらを見つけた。
駆け寄って蛇除けの呪符をどうにか剥がした。
「大丈夫か、つづら」
「ありがとう。助かったよ。よくあの場を乗り切ったね」
「ああ。美月さんが助けてくれた」
「物の怪に憑かれかけていましたね。嫌な予感がしたので社務所を出ようとしたら、白魂ちゃん達が教えてくれたんですよ」
美月さんの後ろには、白魂達が控えていた。
「そうか。美月さんを呼びに行ってくれてたんだ。てっきり逃げたんだと思ってた。ごめん」
「ミー!」
白魂達が抗議でもするかのように、俺の周りをぐるぐると飛び、俺をつついてくる。
「ごめん、ごめんってば」
しばらくの間、白魂達につつき回される俺だった。




