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29 ディートリンデの贈り物

 私は、バルトの職場で働いている。


 バルトは私についてきちんと雇用契約書を出しているようで、働いているからには賃金も入ってくる。

 そのお金についても「リンデの使いたいように使えばいい」と言ってくれたので、遠慮せずに使うことにした。


「……これくらいあれば、どう?」

「とても立派なものが作れると思います」


 これまでにもらった賃金を記録した帳簿を見せると、ヘルベルトはしっかりと頷いてくれた。


 この三ヶ月ほどで貯まったお金。

 私はこれで……バルトの誕生日プレゼントを買うことにした。


 バルトの誕生日は、夏の終わり。今は夏の半ばだから、そろそろ計画を立てて依頼しておけば十分間に合う。

 バルトへの贈り物ということで、どんなものが喜ばれるだろうかとヘルベルトたちに相談している。

 食べ物、小物、奥様からの愛情――とかいろいろ案は出たけど結局、王都にある宝飾店で装飾品を作ってもらうことにした。


 宝飾品といっても種類はいろいろ、値段の幅も広くて、小さなカフスボタンだとしても超高級店で作らせれば金貨十枚くらいのものになるそうだ。……そんなのを贈ってもさすがにバルトが困ってしまうだろう。


 ヘルベルトと相談してから、私は使用人の皆と協力してこっそりバルトの誕生日プレゼントの準備をすることにした。


 まずは、私は早めに帰宅できてバルトが夜まで帰ってこない日を狙って、王都の宝石職人を屋敷に呼んだ。


 彼が見せてくれたサンプルや資料を見ながら贈るものを考え……タイピンを選んだ。


 エレルフィア王国の男性貴族は普段から、クラヴァットにおしゃれとしてタイピンを取り付けている。

 バルトは本職が騎士だから普段着や騎士団服にタイピンは必要ないけれど、パーティーに出るときや式典時に着用する正装姿ではクラヴァットとタイピンは必須だ。


 タイピンにもいろいろあって、職人が見せてくれたサンプルにはごくシンプルなクリップタイプのものから繊細な鎖が下がるものや、大粒の真珠や宝石が輝くものなどもある。


「迷いますね……どれがいいでしょうか」

「そうですね。タイピンを贈る旦那様がどのような方なのかお教えいただければ、私から助言いたしますが」


 ぽちゃっとした中年の職人に聞かれ、それもそうかと頭の中でバルトの姿を思い浮かべながら言う。


「夫の髪は明るい茶色で長く、普段は後頭部で一つに結わえています。目は緑色で……眉はきりっとしていて目尻が垂れています」


 それから、それから。


「仕事中はきりっとしているけれど、案外可愛いところもあって。まだ子どもっぽさが抜けきらないところが可愛いな、と……」


 ……妙に視線を感じると思ったら、宝石職人は満面の笑みで、ヘルベルトは何か企んでいそうな笑顔で、メイドたちは「まっ!」「奥様があんなことを!」と楽しそうに笑っている。


 ……うっ、ちょっと調子に乗りすぎたかな……?


「す、すみません。あの、今のは取り消しで!」

「何をおっしゃいますか。旦那様のことは、奥様が一番よく知ってらっしゃるでしょう。細かい仕草や表情、性格や好き嫌いなど、どのようなことでもいいので細かく教えてくださると、こちらもご提案しやすくなるのですよ」


 さすが、プロだ。

 彼はこれまでにもこうやってたくさんの人の話を聞き、それを踏まえて最高のデザインを提案してきたんだろう。


 ……彼以外周りにいるのは使用人だけだし、この計画についてバルトには言わないようにと念を押しているから……大丈夫だよね?


 その後、職人と問答をしてから、だいたいのデザインを提案してくれた。


「こちらのタイピンのデザインを基本に、細かなアレンジを加えてみようと思います」


 そう言う彼が差し出したのは、細い銀鎖が垂れ下がる華やかなタイピンだった。


 クリップ部分の先端と根本から、橋を渡すように長さの違う鎖が二本下がっている。どことなく、バルトが正装時に身に付ける飾緒に似ているようだ。


 クリップ部分には小さな宝石が二つ付いているけれど、職人は「こちらの宝石は、色を変えましょう」と提案した。


「よく使われるのは、髪や目の色を模した宝石ですね」

「髪や目……」

「奥様から旦那様に送られる場合は、それぞれの目の色に近い宝石を一つずつ使うことが多いです。奥様は青色で、旦那様は緑ということですし、宝石の種類も豊富にございます」

「それ、素敵ですね!」


 早速見本の宝石を見せてもらい、その中から私がバルトの緑色を選んだ。私の青色の方は、ヘルベルトがうまくバルトに尋ねて私の色に一番近いものを選ばせてくれるという。


「では、旦那様の誕生日に間に合うように製作します。完成したらお知らせしますので、取りに来ていただければ。その際に微調整をして、お渡しします」

「ええ、よろしくお願いします」


 商談が終わった職人を見送り、私はまずヘルベルトにお礼を言った。


「協力してくれてありがとう、ヘルベルト」

「いえいえ、奥様のお力になれるのでしたら、喜んで協力しますとも」


 ヘルベルトは微笑み、職人から渡された宝石のサンプルを胸元に入れてどこか感慨深そうに天井を見上げた。


「それにしても、旦那様の喜ぶ顔が今から思い浮かびます。きっと子どもの頃、新品のおもちゃを買ってもらってはしゃいでいたときと同じように、大喜びなさるでしょうね」

「あ、はは……そういう頃もあったのね」


 ヘルベルトはバルトが赤ちゃんの頃から世話をしているようで、いろいろな……本当にいろいろなことを知っている。


 ……さっきの職人は、「旦那様のことは、奥様が一番よく知ってらっしゃるでしょう」と言っていたけれど……私よりずっとヘルベルトの方が、バルトに詳しいよね。生まれたときからずっと側にいるんだし。


「私が知らない旦那様の顔は、たくさんあるはずです」


 考え事をしていた私は、隣を見た。

 ヘルベルトはいつも通りの穏やかな笑顔で私を見ていた。


「確かに私が旦那様と共に過ごした年月は長いでしょう。しかし、旦那様が奥様の前でしか見せない顔、姿、態度はいくらでもございます。むしろ、私ではここで頭打ちでしょうが……奥様ならこれから先、旦那様のいろいろな面をどんどん知っていかれることでしょう」

「ヘルベルト……」


 ……どうやら私のちょっとした嫉妬心は、この有能な執事には見え見えだったようだ。


「焦らずとも大丈夫です。……奥様なら、旦那様の様々な顔をご覧になれますよ」

「……そうね。ありがとう」

「なお、私のおすすめは恥ずかしがり照れまくった顔です。これはご幼少時以来お目に掛かっていませんが、旦那様のことですから奥様がちょっと押せば、いつもの澄ました顔はどこへやら照れまくること間違いなしですよ」

「ふふ、そうなのね」


 ヘルベルトと並んで居間に向かいながら……彼の言う「バルトの照れまくった顔」が気になっていた。


 ちょっと押せばいいそうだけど、あのバルトを照れさせるにはどうすればいいかな……?

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