26 夫婦のやり直し
すれ違いや誤解を解消した私たちは、「お互いのことを好きになっていこう」ということで、いくつかのルールの訂正を行った。
まずバルトの方から熱心に、「恋人を作ってもいいルール」の撤廃を求められた。私も同意だったのであっさり撤廃が決まったけれど、バルトがなんだか鬼気迫る顔をしているのが気になった。
そして、「報告と相談をすること」。
これは決して「秘密を作るな」ということではなくて、困ったことがあればこじれる前に相手に知らせよう、ということだ。
その過程でバルトに、「これまでの生活で困ったことや、悲しい思いをしたことはない?」と聞かれた。
悩んだ結果、前にバルトが会食に行って鹿肉のソテーを食べてもらえなかったことを報告したところ、バルトは真っ青な顔で倒れそうになっていた。
「俺は、リンデの手料理を食べる機会を失っていたのか!?」とあまりに嘆くものだから、ドアの前で待機していたヘルベルトが何ごとかと顔を覗かせたくらいだ。
なお、この件に関してバルトに咎はないことだけは念押ししておき、それでもバルトが落ち込むので「今度また手料理を作るから」ということで機嫌を直してもらった。
あとこれは報告事項ではないけれど、「金貨百枚についてどう捉えるか」を二人で共有した。
バルトには「物扱いしてごめん」と言われたけれど、結果として私は助けられたのだから、それについて文句を言うつもりはない。でも金貨百枚は叔父の懐に入った扱いだけれどそれでいいのか、と聞いたら「別に構わない」とのこと。
そういうことで、金貨百枚についてはここに至るまでに必要な初期投資として私たちの間では精算したことにした。
あと、パーティーでバルトが贈ってきた流行最先端のドレス一式は、処分されることになった。
元々私も気に入っていなかったし、バルトも私が若い騎士たちに見初められれば、という思いで買ったそうだ。
おまけにあれを着ている日に襲われかけたこともあり、今は必要ないどころかよくない思い出ばかりがまとわりつく一品になってしまった。あれらはメイドたちが後ほど、古着として売ってくれるという。
こうして私たちは、これまでのことやこれからのことについてしっかり話し合い、協力していこう、と約束した。
私も過去について吹っ切れたし、これからはバルトへの気持ちや想いもちゃんと態度に表していくことにした。
今日のバルトは早朝巡回任務があるらしく、私が朝起きたときには既に屋敷を出発していた。
私はいつも通りの時間に起こされて、メイドたちによってまったりと仕度をされる。
「あ、今日はこの前バルトがくれた髪飾りを付けていきたいの」
鏡の前に座って髪をまとめられているときにそう言うと、ブラシで私の髪をといていたメイドは顔を上げてにっこりと笑った。
「旦那様が城下町の職人に依頼して作らせたものですね」
「そう、それ」
バルトと会話をするようになってから、彼はたびたび贈り物をしてくれるようになった。
これまでにも夫として私の身だしなみ品や衣装は買ってくれていたけれど、流行だけを重視していた以前と違い、最近は私の好みや髪の色を考えたものを贈ってくれるようになった。
メイドが持ってきた箱に入っているのは、ごく薄いガラスをいくつも重ねて作った薔薇の髪飾り。
ガラスは青から紫にかけて一枚一枚微妙に異なる色合いに着色されていて、繊細な造りのコサージュは暗いところでは濃い紫色っぽく、明るいところでは青っぽく見える。
花びらには、朝露を模した小さなガラスが付いていた。
それをまとめた私の髪に差し込み、メイドはにっこり笑った。
「よくお似合いですよ。……旦那様は本当に、奥様のことをよく理解してらっしゃいますね」
「ええ。……時々、私自身よりもずっと私について詳しいのではと思うこともあるのよ」
これまでの間もずっと私の味方でいてくれたメイドに、私は打ち明けてみた。
バルトは、私の好きなものや私に似合うものがよく分かっている。
夕食を一緒したときには、「リンデはチーズを練り込んだパンが好きだよね」と私の好物を当てて、雑貨を売りに来た商人が広げた商品の前で悩んでいると、「リンデならこれが似合うよ」とおすすめを教えてくれる。
今日はちょっと体がだるいかも、という日には私の顔を見ただけで異変に気づき、「今日はゆっくり休んで」と言ってくれる。
それを聞いたメイドは少し悩む素振りを見せた後、「ま、もう時効ですよね」と呟いて私の耳元に唇を寄せた。
「これはヘルベルト様から聞いたのですが……実は旦那様、奥様と仲直りするまでの間も、いろいろもだもだなさっていたそうなのですよ」
「もだもだ、って……?」
「奥様に似合うものは分かっているのに、あえてそれとは全然違うものを選んで贈るとか。奥様のことは本当は気になって気になって仕方がなくて、奥様がお休みの部屋のドアの前で何十分も悩んでいたとか」
「……そ、そうなの……?」
私の趣味ではないドレスを贈ったこととか、普段からあまり愛想がないことについての理由は、既に聞いている。
でも……当時から私について無関心ではなくて、むしろそんなに悩んでいたなんて……。
メイドは「旦那様には秘密ですよ。拗ねちゃいますからね」と微笑んで、化粧道具を手に取った。
「……旦那様はなるべく、奥様からの好感度を得るような行動をしたくなかったのでしょう。ご自身では奥様を幸せにはできない。奥様にドレスを贈るのも、他のどこかの男に譲るために必要なことだから。……そのように考えられていたそうです」
「……」
「私たちは、旦那様のご意向に背くことはできません。でも……奥様だけでなく旦那様も時折苦しそうなお顔をなさっているのが、見ていてとても辛かったです」
「……ごめんなさい。心配させてしまったわね」
「いえいえ! お話を伺いましたが……悪いのはミュラー男爵でしょう? 仲違い当時十代だったお二人に何ができたというのですか!」
チークを練り合わせていたメイドははっきりと言うと、色の調節をしたそれを私の頬に塗った。
「とにかく、私たちは旦那様と奥様が仲よくされていて……本当に嬉しいのです。これから先も、私たちはいつでもお二人の味方ですからね」
「……ありがとう」
メイドの温かい言葉が、私の胸を優しく包み込んでくれた。




