壊れゆく精神
壊れていくせいしん。ではなく、こころ。
心の目でルビを振ってください。お願いします。
「あーしんどい」
前線から離れ、少年兵部隊はすっかり後方支援の兵站部隊となっている為、物を運んでは積み、積んでは運んでを繰り返していた。そんな作業に、嫌気がさしているヨダを、リカルドが見逃すはずもなかった。
「ちょっとヨダさん。何をしているのですか! サボらないでください!」
「相変わらずうるさいですねぇ、ハイ。これは『サボり』ではありませんよ」
「ではサボりでなく、一体なんだと言うのです?」
眉を吊り上げるリカルドに、ヨダはニヒルに答える。
「計画的休憩ですよ。効率的に仕事をこなす為に、身体を休めているにすぎないのです、ハイ」
「ふむ。なる程。そう言われると尤もな気がしますね」
――ちょろいな
「バカなこと言ってないで、とっととそこを片付けちゃってちょうだい。リッキーも、ヨダちゃんは尤もなこと言っているように見せかけてサボりたいだけなんだから、流されないで」
ネイサンは二人のやりとりを見て、ほとほと呆れていた。
「あーもう、この馬鹿だけなら騙せたって言うのに。台無しです」
「ちょっ! ヨダさん! 私を騙してサボろうとしていたんですか!?」
「こんな事も気づかないなんて、馬鹿正直にもほどがありますよ、ハイ。リッキー、だからあなたはダメなんです」
呆れたように首を振るヨダに、リカルドは更に眉を吊り上げる。
「なっ! 人を馬鹿にするのも大概に――」
「もう、そだな事はどーでもいいべ。はよかけや。リーくんもサボりはいけんよ」
「二人とも休憩してるなら、僕も休憩しよ〜」
二人に注意するラウリの横で、カールソンはレーションを頬張り始める。
「カーくんはさっき休憩さしたべ?」
「だって僕とネイサンは夜も働いてたんだよ〜? 少しぐらいいいじゃんか〜」
「そだな事言われても、アネさんは働いてんべ?」
ラウリは、皆をまとめているネイサンを指し示す。
「ん〜。それはそうなんだけどさ〜」
「いいじゃないですか。ここにはレオさんも居ますし、何より一番の働き者がいますからねぇ、ハイ」
ヨダは忙しなく動き回るコナーを見やる。
「すみません、これ向こうに持っていってもいいですか?」
「ええ、構いませんとも、ハイ」
「あ、ちょっと待って」
ネイサンはコナーを呼び止めると、血色を確認する。
「コナーちゃん……。昨日は休めた?」
「はい! お陰で元気いっぱいですよ。昨日はネイサンとカールさんに迷惑かけちゃいましたから、今日はいっぱい働かないと! じゃあ僕これ持っていきますね!」
「コナー頑張ってね〜」
ネイサンの問いかけに満面の笑みで答えるコナーに、リカルドは目頭を押さえた。
「なんて健気なんだ! ほら皆さん! 見ましたか!? あのコナーの姿を! 私たちも見習うべきなんですよ! こうしてはいられません!」
「あっ! ちょっとリッキー!!」
ネイサンが止めるよりも早く、リカルドはコナーに駆け寄り、肩に触れた。
「コナー! 私も手伝いま――」
「ひっ!!」
コナーが持っていた薬品箱の中身が盛大にぶちまけられ、大きな音を立てて振り払われたリカルドの手には、じんわりと痛みが広がっていく。
その様子を見て、周りはしんと静まり返った。コナーは小刻みに肩を震わせ、目を見開いていた。
「あっ……コナー」
「す、すみませ……ん」
コナーは口を押さえ、逃げるように駆け出した。それを見たリカルドはその場から動けず、振り払われた状態のまま固まっていた。
「あ……あぁ……」
「リーくん。……リーくん?」
呼びかけても反応がないリカルドを不審に思い、ラウリはそっと指で突いてみせる。すると、リカルドはそのまま卒倒してしまった。
「リーくん!? アネさん! リーくんが!」
「大丈夫よ! ほっといたらそのうち眼が覚めるわ! そんな事よりもこっちよ!」
ネイサンはレオンを一瞥し、共にコナーの後を追って行った。
「あ〜、びっくりしたね〜」
「リーくん。リーくん? あーコレはもう完全に逝っちまってるが」
ラウリは気絶しているリカルドを棒でつついてみるも、反応はない。
「その辺に転がしておけばいいですよ、ハイ」
「皆、無慈悲じゃ……」
「問題は他にあるでしょう、ハイ」
「うん。そうだね〜」
「コナーの事けぇ?」
「違いますよ。それはあの二人に任せておけばいいですが――」
ヨダの言葉に、ラウリは首を傾げる。
「第三部隊きっての力持ちと、働き者がいなくなってしまったんですよ?」
「問題はこの山を、僕たち三人で片付けなきゃいけないって事だね〜」
「あー……。こん二人は……」
ラウリは大きく溜息を吐いた。
* * *
リカルド達から離れ、洗面所に駆け込んだコナーは蛇口をひねり、胃にあるものを可能な限り吐き出す。胃液か、高栄養のリキッドが戻ってくるばかりで、そこに固形物などは一つもない。強いて言うなら抗不安薬やビタミン剤などの錠剤くらいだろう。
吐き出せるだけ吐き出し、コナーは歯を鳴らして、震える身体をなんとかせねばと、両手で自分を抱きしめた。
――今のはどう考えてもマズイ。早く戻ってリッキーに謝らないと。でもどう言って? どうしよう。どうしよう
「あーあ、やっちまったなぁ。あんな事したらリッキーとやらにも嫌われただろうなぁ」
鏡に映る自分の背後を見やると、スラッグがやれやれと両手を広げていた。
「ひっ!! な……んでっ!!」
「別に驚く事無いだろう?」
「お前は死んだんだ! ……そっか、これも夢なのか。きっと僕は居眠りでもしてるのかな? だって居るはずないんだ。お前は死んでるんだから」
「いいや、俺は死んでない。そしてこれも夢じゃあ、ない」
スラッグはゆらりと近づき、コナーの両肩をそっと撫でる。コナーは立つ事もままならず、その場に崩れ落ち、肩を震わせた。
酷く鮮明な感触は、コナーの脳裏に自分の身に起きた悍ましい惨状を、容易に思い出させた。抗うこともできず、静かにそれが終わるのを待つしかない。それは、コナーに抵抗するということを放棄させた。
「いい子だなぁ、コナーは。ん? どうしたの? 震えているねぇ。あぁ、あの時と同じじゃないか」
「っ!!」
悦に入ったスラッグの表情を見て、コナーの身体は完全に恐怖に支配された。
「かふっ! ひゅっ!」
深く呼吸をしているのに、息が吸えない感覚がし、手足の痺れを感じたコナーは、パニックになっていく。
――息ができない!!
「コナーちゃん!」
駆けつけてきたネイサンは、酸素を求めてもがき苦しむコナーを見て、慌てて駆け寄った。
「コナーちゃん! コナーちゃん!」
痙攣し始めるコナーを見て、ネイサンはコナーを抱きかかえた状態で、どうすることもできず、焦り始める。
――何がどうなってるの!? どうすればいいの!? どうしよう、このままじゃ!
「ネイサン」
レオンに力強く肩を掴まれ、ネイサンはハッと我に返る。
「落ち着け。対処、どうする」
こんな状況になっても動揺しないレオンの様子を見て、ネイサンは自然と落ち着きを取り戻していく。
「コナーちゃん、聞こえる? 私よ? わかる?」
必死に頷くコナーは、ネイサンの腕にしがみついて離れない。ネイサンも焦る気持ちを抑え、敢えてゆっくり言葉を発する。
「コナーちゃん、今あなたは過呼吸状態よ。対処法はわかってるわね? 大丈夫。必ず治るから安心して。ゆっくり呼吸してちょうだい。いい? ゆっくりよ? できる?」
コナーはネイサンに促され、ゆっくり呼吸をし始める。コナーの呼吸は段々と穏やかになり、ほどなくして、過呼吸は治まった。
「大丈夫? コナーちゃん」
腕の中で必死にしがみ付いてくるコナーに、ネイサンは優しく声をかける。
「……たい」
「え?」
「僕はまだここに居たい!! 要らないって言わないで!」
「コナー……ちゃん? 何言ってるのよ。あなたはここに居ていいのよ?」
ネイサンは背中をさすり、落ち着かせようと試みるも、コナーの懇願は続く。
「お願いだから……ショウさんに言わないで……」
「え?」
――隊長?
「お願いします! お願いします!」
懇願し続けるコナーを優しく抱きしめ、ネイサンは顔を渋らせた。
「わかったわよ。誰にも言わないから。もう大丈夫よ。コナーちゃんをどこかにやったりしないわ」
「ほんと……?」
「ええ。勿論よ」
「でも……リッキーが――」
「ああ、リッキーなら放っておいても大丈夫よ。リッキーはアレくらいじゃへこたれないわ。私からも上手く言っておくから」
「うぅっ……ありがとう。ありがとう」
落ち着いてきたコナーを見て、ネイサンは胸をなでおろす。
「コナーちゃん。今日はもう休みなさいな」
「え?」
「どうせ昨日も眠れてないんでしょ? コナーちゃんには少し、休息が必要よ」
「で、でも……」
「コナーちゃんが要らないって訳じゃないのよ? 今はゆっくり休んで、今後のためにも、身体を万全にして欲しいのよ。衛生兵はコナーちゃん無しでは回らないしね」
「そう……ですか。はは。そう……ですよね」
ネイサンの腕に力一杯しがみついていた手を離す。
「じゃあ、お言葉に甘えて休んできますね」
「え、ええ。ゆっくりして」
「はい。じゃあ、僕。もう行きますね」
コナーは覚束無い足取りでその場を後にした。レオンはそんなコナーの後ろ姿を見送り、座った状態のまま、立ち上がらないネイサンに声をかける。
「……ネイサン」
「何?」
「アレはもう――」
「やめて」
「兄は見てきた。散々。知っているはずだ」
「聞きたくないわ。そんな事」
「……このままでは、兄が壊れる。兄は良くやっ――」
「やめてって言ってるの!」
ネイサンの一喝に、レオンは口を閉ざす。
「放っておくなんてできないのよ。あの子が壊れていくのをただ見ているだけしかできないなんて……。嫌なのよ、もう――」
「……」
「ごめんなさい。取り乱すなんて、らしくないわね」
「兄が謝る事ではない」
「そう……」
ネイサンはゆっくりと立ち上がると、洗面所を後にし、ある場所を目指して歩き始めた。
「ネイサン。何処行く」
「私には無理でも、コナーちゃんをなんとかできるかもしれない人のところへ行くのよ」
前を行く後ろ姿を見て、レオンにはネイサンが苛立っているのがよくわかった。
ネイサンは尉官宿舎の一階会議室へ赴くと、ノックもせずに扉を開けた。扉の先で今後の会議をしていた各小隊長は、何事かとネイサンに注目する。
「なんだぁ?」
「パール二等兵? ノックもせずに入って来るなんてマナーがなっていないんじゃないのか?」
「マクレイア、お前の部下はノックも知らんのか?」
「ああ、すまない」
ネイサンの事を訝しげに見る三人を見て、ショウは面目無いと言うように宥めた。
「ネイサン、急ぎの用か?」
「急いでなきゃ、ノックもしないで入らないわよ」
「すまないが、この会議の後で――」
「急ぎだって言ってんだよ。わかんねぇのか」
野太く出された声に、その場が静まり返る。ネイサンの声を聞いたティムは、何故だか震え上がっていた。
「……そうか。すまないが、この会議はまた後日にしても構わないか?」
「あ、ああ。俺は構わんが……」
ショウの提案に、エリックが了承する。
「あ? お前が今日集まれって――」
「あーそれがいい! 別に急いで決めなきゃいけないことでもないしな! パール二等兵は緊急の用があるらしいし、また今度にしよう!」
「はぁ? ティムお前何言って――いでっ!!」
ジャックが反論する前に、ティムはジャックの足を踏みつけ、エリックは反射的に身を屈めたその首に手を回し、ヘッドロックを仕掛ける。
「何しやがんだ!」
「それでは我々はお暇しよう」
「またなマクレイア」
「おい、こら! 放しやがれ! お前ら後で覚えてろよ!」
ティムとエリックは、取り押さえたジャックを引き摺り、会議室から出て言った。
会議室の扉が閉められ、ジャックの喚き声が小さくなった頃、ネイサンは本題に入る。
「隊長。コナーちゃんの今の状態が、相当よくないっていうことはわかってるわよね?」
「……ああ」
「コナーちゃん。一時帰宅期間に入る前よりも悪くなってるわ。一時帰宅中、コナーちゃんは隊長の家に行ったのよね?」
ショウは机の上で組んでいた手に力を込める。
「そこで、何があったの?」
ネイサンの問いを受け、ショウは自分の手元に視線を落とした後、静かにぎゅっと目を閉じた。ショウの様子からネイサンの推測は確信に変わっていく。
「隊長……コナーちゃんに、何を、言ったの?」
決して強い口調で突き詰めようとはせずに、ショウが話し始めるまで待った。
「コナーに……。家族にならないかって……言ったんだ」
「……は?」
ネイサンは発言意味が分からず、思わず気の抜けた声が出た。
「それってどういう……?」
「少年兵制度では除隊したものは、家族が兵役についていなければスラムに戻される事になっている。だから……」
ショウが話し始めた内容を聞き、ネイサンは察しがつき始めた。
「それってつまり、スラムに戻したくはないけど、コナーちゃんには除隊して欲しい。しかもあの優しい子に、自分の家族を捨てろって言ったって事?」
「俺はコナーに除隊しろって強要した訳じゃない! ……ただ、そういう道もあるって――」
「そんなのは、ただの戦力外通告と変わりないわよ!」
声を張り上げるネイサンに対して、ショウは苦々しい顔をしたまま、言い返すことができない。
「それで除隊届けを渡したってこと?」
「……そうだ」
「まさかそれに、予め隊長とペトロフ准尉のサインが書いてあるとか言わないわよね?」
ネイサンの質問にショウは沈黙で返した。その回答に、ネイサンは呆れかえって溜息を吐いた。
「既に根回ししてあるなんて最低ね」
「俺はそんなつもりじゃ! ただ、コナーのことを考えて――」
「どうかしらね」
「何?」
机に両手をつき、勢いよく身を乗り出したショウを、ネイサンはただ冷たく見つめる。
「あなた。本当はコナーちゃんの事、全然考えてないんでしょ?」
「……は?」
ネイサンの言葉に、ショウは目を見開いた。そしてネイサンから視線を落とし、ショウは片手で顔を覆った。
「隊長。言っておくけど、私じゃコナーちゃんをなんとかするのは無理よ」
ネイサンの言葉に、ショウは愕然とした。
「コナーちゃんを最終的に追い詰めたのはあなたよ。コナーちゃんを苦しみから救い出してあげれるのは。隊長、あなただけよ」
その言葉を受け、ショウは崩れ落ちるように椅子にもたれかかった。
「……すまないが、少し、一人にして、くれないか?」
ショウは苦しそうに顔を歪めた。
「……ええ、わかったわ」
レオンがドアを開け、ネイサンが先に出て行く。レオンも部屋を出て行こうとして、ふとその足を止めた。
「……言葉」
「え?」
ショウは顔を上げ、レオンを見る。
「ちゃんと、言葉。言わないと分からない。隊長の心、言葉、伝わらない。わかるか?」
レオンの言葉に、ショウは俯いた。
「……わかった。上手くできるか、分からないが」
「下手でいい」
レオンはそれだけ言うと、会議室から出て行った。
「心の言葉、か」
一人になったショウは、遣る瀬無い気持ちを抱いていた。今自分がどうすべきなのか、どうしたいのかを考えながら、静かに目を閉じた。
どうも、朝日龍弥です。
相手の事を考えているようで、自分の事しか考えていない。そのことに中々自分も気づけない。
気づかせてくれるのは、いつも自分以外の誰か。
ショウとコナーにできた溝。そしてソルクスは……。
次回更新は、8/14(水)となります。




