不安の色
休暇が終わり、一週間が経った。下士官宿舎では、少年兵が忙しなく動き回っていた。
「ふぅ! これで最後かな?」
「お疲れー。これで全部なはずだ」
マルクスとランスは、衛生兵に頼まれていた回復期用の療法食を医務室に運び終え、一息つこうとしていた。
「あ! お疲れ様ですマルクスさん、ランスさん! 何か手伝う事はありますか?」
タオルを差し出したコナーは、先ほど一仕事終えた二人に問いかける。
「え? いやー……」
「こっちは特には――」
「誰かー! この資料分かる奴いるかー?」
不思議そうに喋り出した二人の声をかき消すように、ロニーの威勢の良い声が響いた。
「ロニー……。それくらい自分でやってよ」
「だって、わっかんねーし。俺がやるより他の人がやったほうが早く終わるって! って事で頼んだぞ、マルクス!」
仕事を押し付けようとするロニーに、マルクスは訝し気に睨む。
「嫌だよ! 人に仕事押し付けないでよ! 街に出てカジノでお金使っちゃったってボヤいてたんだから、頑張って働きなよ」
「いや! アレはただ呑まれたんじゃねぇぞ? 次は何十倍にも勝てるよう投資しただけさ!」
「それはいいけど、次に賭ける金もなかったら投資したって返ってこないんじゃないのか?」
ロニーの物言いに、ランスは苦笑した。
「まぁ、そりゃ確かに。いや、でもコレ俺向きの仕事じゃねぇしさぁー。マルクスがダメならランスに頼むわ」
「俺もあんまり頭使うの得意じゃないんだけどなぁ……」
マルクスとランスは、テーブルにへたり込んでいるロニーを、呆れたように見下ろした。
「あの、ロニーさん! 良かったら、それ僕やります!」
「おっ! さっすがコナー! 第三部隊の女神は俺の前に舞い降りたのだ!」
「ははっ! ロニーさんは大袈裟だなぁ」
大げさに笑うコナーに、マルクスは何か言いたげだったが、ランスが肩を叩いてそれを阻んだ。
「誰か新しく送られて来た抗生剤知らないっすかー? 倉庫に無いんすけど……」
ロニーの背後から、クラークがひょっこりと顔を出した。
「あ! クラーク、それならこっちにあるよ!」
「あー良かった! 配送されてきた薬剤のチェックが済んでなくて、焦ったっすよぉー」
「ごめんね。ロニーさんに頼んで、先に持ってきてもらっちゃったんだ。もう薬剤の確認は終わってるから大丈夫だよ。それにしても、確認は大事だけど、そんなに慌ててどうしたの?」
コナーが尋ねると、クラークはみるみるうちにふくれっ面になっていく。
「聞いてくれよコナー! この間、送られてきた薬剤を最終チェックしてたんすよ! その日のチェック担当は第四部隊だったんすけどね? なんか変だなと思って確認したら、案の定薬剤が無くなっててさ! それをその日担当教官だったバーグ准尉に報告したら、滅茶苦茶怒られたんすよ〜。チェックしてたの第四部隊の奴らなのにさ!」
「そ、そうだったんだ」
「絶対第四部隊の奴らがちょろまかしたに決まってるっす! お陰で休暇明け早々に営倉行きっすよ!? 信じらんねぇっす!」
「だから一日見かけなかったのかぁ!」
憤慨するクラークに対し、ランスは納得したかのように深く頷いていた。
「でも、ペトロフ准尉が間に入ってくれて、何とか一日で出てこれたから、よかったんじゃない?」
「ぜんっぜんよくねぇっすよ! マルクスさんわかってないっすね?」
「え?」
「だって、結局オイラが紛失した責任押し付けられてるんすからね!? 反省文も提出しなきゃいけないんすよ?」
「た、大変だったんだね」
クラークの話を聞きながら、コナーは苦笑いをした。
「あ〜もう、運べないよぉ〜。お腹すいたよぉ〜。痩せちゃうよぉ〜」
何やらいつも以上に重そうな足音を立てながら、医務室に入ってきたカールソンを見て、コナーは一番奥の机を指差して手招きをした。
「あ! カールさん! こっち! それ、こっちに置いておいてください!」
「ふひ〜。もう無理〜。ああ、こんな所にいい荷物持ちが〜。ロニーこれ持って」
「え? 何だよ重くねぇじゃん」
すんなりカールソンに流され、これなら出来ると、ロニーは機材を受け取る。
「はぁ、はぁ。それ落とさないでね。精密機械だから〜。乱暴にしないでね〜」
頼まれたロニーは、一番奥の机に、機材を慎重に置いた。
「てかなんだこれ?」
「あ、これ。偵察型ドローンを動かす時に使ってたやつ……に、似てるものっすね。なんかデカくて箱みたいっすけど」
クラークの言葉に、カールソンは意気揚々と語り始めた。
「うん。アレは持ち運びできる様に、僕が勝手に改造してモービルタイプにしたんだよね〜。で、これはそれのいわば据え置きタイプ。今世界中に飛んでる複雑な電波回路を何とかするのは、ドローンの内部にあるこれまた複雑な回路をそのまま使ってでもできるんだけど。今ドローン自体数ないし、一から作るのは今の僕では本当に時間かかっちゃうし、材料も足りないからね〜。コレはここから動かす予定ないし、電波回路に侵入する必要もないからさ。急いでたみたいだし、ぱぱっと作っちゃったんだ〜」
作業しながらいつも以上に饒舌になるカールソンの話を、全員呆然と聞いていた。
「ということはつまり……何をする為の機械なんだ?」
ランスが全員の疑問を代弁するかの様に、カールソンに尋ねる。
「ん~? ああ、電子カルテを作りたいってコナーが言うからさ。作ってみただけなんだ〜。まぁ、何でもいいって言うから、形は僕の独断でかなり旧世代のモデルを再現してみたんだ〜。場所とるけど、据え置きタイプだし、いいかな〜って思って」
――何も一から作れとは言ってないと思うけどなぁ……
コナーを含め、全員が表には出さないが、内心ではそう思っていた。興味があるのかないのかはわからないが、ランスはカールソンに話を振る。
「ちなみに聞くけど、何でこの形にしたんだ?」
「ん〜? 本当はもっと大きくて、ガッチリしたスーパーコンピューターみたいなの作りたかったんだけどね〜? ヨダに即刻却下されちゃったんだよね〜。邪魔だってさ。失礼しちゃうよね〜。まぁ、ここまで運べないから仕方がないよね。なんか古い形とか大きい機械ってロマンを感じない?」
カールソンは鼻息荒く、一番近くにいたクラークに尋ねる。
「ロマンどうこうは分かんねぇっすけど、これ作ってたから最近カールさん見かけなかったんすね?」
「まぁ、型は古いけど中身は最新式だよー! これ作るのも大変だったんだよ〜? ネイサン達に街に行くついでに仕入れてもらったりとかしてさ〜。うん、出来た。コナー」
喋りながらも大量の配線を繋ぎ終え、コナーを手招きした。
「は、はい!」
「今から使い方教えるからね〜。衛生兵の人はこれから使うことになると思うからよく見ててね〜。ここが電源ね」
「はい」
専門用語で淡々と説明をし始めるカールソンに、その場の殆どの者の頭から煙が出始めていた。
「やってることは簡単そうなんすけど、カールさんの言ってることが難しくてよくわかんないっすよ……」
「ここまで作ったんならカルテのデータも入れときゃいいのに」
ロニーとクラークは、画面を覗き込みながら露骨に溜息をついた。
「え〜? ここまで作るのが僕の仕事だったし、むしろ一人でこれ作ったんだからドーナツのご褒美が欲しいくらいなんだけど……」
「はは。カールの事だから、大人数のカルテを入力するのが面倒だったんだろうなぁ」
「酷いなぁ〜ランス。それじゃあ僕が怠け者みたいじゃない。作業する前にガス欠になっちゃったんだよ〜。まぁ、面倒だとは思ってたけどね〜。ソフトがあるから、後はカルテの新規作成クリックしてひたすら情報を入力するだけだし、いいかな〜って〜」
コナーは画面を凝視したまま固まっていた。
「ん〜? どうしたのコナー? 気に入らなかったかな〜?」
「え!? そんなことないですよ! 理想的です! 凄すぎて言葉が出なかったんです」
「な〜んだそっかぁ〜。気に入ってくれたなら良かった〜。これで僕もやっと休憩できるよぉ〜」
「本当にありがとうございます! お腹すいたって言うと思って、カールさん用にドーナツ用意しておきましたよ」
コナーは冷蔵庫からドーナツを取り出し、カールソンに手渡した。
「やったぁ〜! コナーありがとう〜! あ、そうだ。はい、コナー」
ドーナツの袋を開け食べ始めようとしていたカールソンは手を止めて、コナーにドーナツを一つ差し出した。
「え? どうしたんですか?」
「コナーは人一倍頑張ってるし、頭が疲れてると思うから、糖分分けてあげるよ。コナーにもご褒美あげないとね〜」
「えっ!? あ……いいですよ! コレはカールさんの分て――」
「そうだよ? コレは僕のドーナツだから、このドーナツを食べられる人は僕が決める。だからコレはコナーにあげるよ〜」
「あ、ありがとうございます」
カールソンの満面の笑みを受け、言われるがままに、コナーはそれを受け取った。
「じゃあ、付け合わせにコーヒーかお茶淹れてくるっすね。コナーはどっちがいいっすか?」
「え? うーんと。折角クラークが淹れてくれるなら、お茶がいいかな」
「じゃあ、この間ヨダさんに仕入れてもらったアイスティー用の茶葉があるんすよ! 昼間は暑いし、丁度いいっすね! 甘いの食べるなら、ストレートっすね」
「クラーク、僕には飛び切り甘いやつちょうだ〜い。ミルクたっぷりで」
「糖分取りすぎダメっすよ! ストレートで我慢してくださいっす」
「え〜」
駄々をこねるカールソンに、クラークはそっぽを向いた。
「文句あるなら自分で淹れてくださいっす」
「わかったよ〜。それでいいよ〜」
「ちょうど良さそうなんで、ランスさん達の分も淹れてくるっすね」
クラークの言葉に、ランス達は顔を見合わせる。
「丁度作業も一段落してるし、俺らもお言葉に甘えて休憩しよう」
「そうだね」
「よっしゃ休憩万歳!」
「ロニーはそれ終わらせてからね」
手放しで喜ぶロニーに、マルクスは冷たく言い放つ。
「はぁ!? マルクスさん、マルクスさん。そう固いこと言うなって」
「じゃあこうしないか? 俺達の楽しい団欒が終わる前に、やることが終わったら、俺がドーナツ奢ってやる」
ランスの言葉に、ロニーは鼻で笑った。
「あのなぁー。お前さんよぉ。俺はカールじゃ――」
「わかってないな、ロニー。俺は、”ロニーがその資料を終えられない”に、ドーナツを賭けるって言ってるんだ」
ランスの言っていることを理解したマルクスは、その賭けに乗っかっていく。
「じゃあ僕もランスと同じで、”終わらない”に賭けるよ。勿論ロニーは終わるに賭けるんだよね?」
「え? だってドーナツだろ?」
「あれ? 第三部隊一、勝負師のロニーが、まさか勝てる自信がないからこの賭けから逃げる、と?」
それを聞いたロニーの目に火がついた。
「おぉん? やってやろうじゃねぇーか! 賭けるって言ったからには、俺が勝ったらちゃんとドーナツ奢れよな!」
「わかってるさ。その代わり、お前が負けたら俺たちにドーナツ一個ずつ奢れよな?」
「へっ! 男に二言はねぇーぜ! やってやろうじゃねぇーか!」
「おー頑張れよー」
――ちょろい奴だなー……
「早くしないと負けちゃうよ?」
――ちょろいなぁー……
「うぉー! 見てろよ!!」
「何バカなことやってんすかね……。どうぞっす」
「ありがとうクラーク」
「みんな元気だね〜」
「はは……そうですね」
コナーは一口ドーナツを頬張ると、アイスティーで一気に流し込んだ。
* * *
医務室前の廊下を通りかかったショウは、ふと耳に入ってくるコナーの笑い声に、足を止めた。
下士官宿舎に戻ってからというもの、コナーは休暇に入る以前にも増して、根を詰めて働くようになった。自分の仕事以外に、雑用や他人の仕事を受け持ち、戻ってからの一週間は、就寝時間になっても部屋に戻ることはなかった。話によれば、他部隊の仕事も掛け持ちしていたり、医務室当番を変わってやっていると聞く。
誰がどう見てもオーバーワークであるに違いない。そこまで彼を突き動かす物は何なのか、この時のショウは分からなかった。ただ、コナーがひたすらに苦しんでいる事は分かっていた。
「隊長? なした?」
ショウは突然声をかけられ、反射的に声の方へ向いた。声をかけられるまで、ラウリの存在に気がつかなかった事に、ショウは驚きを隠しきれなかった。
「何処さ痛むんか? なんやら、身体さ、ういそうじゃね」
「い、いや……悪い、何て?」
「あー……。身体うい……身体さ苦しい? 違うんか?」
「ああ、そう言うことか。いや、大丈夫だ。何でもな――」
ショウは不意に鳩尾あたりを掴まれ、前のめりの姿勢になる。ラウリはショウの顔を自分に引き寄せると、下から覗き込んだ。
「……おい。何してる」
「……はぁ」
「人の顔覗き込んだと思ったら溜息か?」
「ウチの部隊はなしてみんなこうなんじゃ……。わかりづらか。紫と灰色が入り混じっとる。それはもう充分だべ」
「……どういう意味だ?」
「わからんなら、にんならん」
そう言うと、ラウリは手を離し、何事もなかったかのようにその場を後にした。
頭を傾げながらラウリの背中を見送り、束の間の団欒を楽しんでいるコナーの様子を見て、ショウは難しい顔をしていた。
どうも、朝日龍弥です。
仕事に勤しみ、笑顔を絶やさないコナー。
それでも、淀んだ色をした日常は続きます。
次回更新は、7/31(水)となります。




