差し出されたもの
楽しい時間というものはあっという間に過ぎてしまうものである。コナーにとってマクレイア家への訪問がまさにそれであった。
今まで教養というもに縁がなかったスーヤ達は、コナーの説明を興味深そうに聞いていた。特にリアンはコナーが教える事一つ一つに、目を輝かせていた。度重なる質問の嵐に、コナーは戸惑いながらも楽しそうに答えていた。
「リアン! 見ろよ! 俺もう、自分の名前書けるようになったぜ!」
「俺も自分の名前かけるよ! ルイスだって書けるよ!」
「嘘だー! 違うよ! こんなんじゃないよー!」
「書けてるもん!」
「書けてない!」
「こら! 二人とも喧嘩しない!」
押し問答をする二人に、スーヤが注意し始めるも、聞く耳を持たない。
「もう! せっかく教えてもらってるのに、コナーちゃんが困っちゃうでしょ?」
「スーヤ、僕は大丈夫だよ。リアンとルイスも。二人ともよく書けてるよ」
コナーが二人の頭を優しく撫でると、双子は嬉しそうに目を瞑った。
「ねえ、ねえ! コナーはいつ兄ちゃんのお嫁さんになるの?」
「いつからうちに来るの?」
「え?」
「こら! いい加減にしなさい! ほら、もう遅くなるし、早く寝なさい!」
「えーまだやるー!」
「俺もー!」
スーヤの言葉に、双子は駄々をこね始める。
「お兄ちゃんが居ないからってわがまま言わない! ほら、とっとと動く!」
「ちぇー!」
「ケチー!」
そういいながらも、双子は片づけをし始めた。
コナーはスーヤの言葉に、辺りを見渡すと、ソルクスしかいない事に気が付いた。
「あれ? ソルさん。ショウさんは?」
「んあ? だいぶ前から外出てるぜ? そろそろ帰ってくんじゃねぇの?」
ソルクスがそう言うと、玄関のドアが開く音がした。
スーヤの迎える声がし、ショウが戻ったのが分かった。
「ショウさん。こんな時間までどこいってたんですか?」
「あぁ……ちょっとな……」
少しやつれたようにも見えるショウに、コナーはどことなく不安を感じた。
「リアンとルイスは?」
「二人ならもう奥に行ったよ?」
「そうか」
スーヤの言葉に頷いたショウは、ソルクスを一瞥する。
「さぁーてと! 俺達も明日早ぇーし、スーヤは俺と一緒に寝ようぜ!」
「いつも一緒に寝てるじゃない」
「いいから行こうぜ。チビ達がちゃーんと寝てるか確認しねぇーとな!」
「はいはい。わかったから」
呆れながらも、スーヤはソルクスについていった。
「僕たちもいきましょうか」
「コナー」
「はい?」
「お前に話があるんだ。ちょっといいか?」
「あ、はい」
ショウは二人が寝室に行ったのを確認すると、コナーをテーブルの席へつかせた。
「悪いな、一日つきっきりで文字を教えてもらって」
「いいですよ。リアンもルイスも覚えが早いし、僕も楽しかったです。まぁ、少しからかわれたりしますけどね」
「そうか……。休暇をここで過ごしてみてどうだった?」
「え? 色々とイグルスの常識とか、驚いたりすることもありましたけど、すっごく楽しかったです。時間があっという間に過ぎていった様な気がして……。明日宿舎に戻るのが寂しいくらいですよ」
「そうか。楽しんでもらえたならよかったよ」
コナーの緩んだ笑顔を見て、ショウは静かに目を閉じた。
「あ、あの。話って?」
少しの沈黙の間を断ち切る様に、コナーはショウに尋ねた。
「あ、ああ。そうだった」
これからショウが何を口にしようとしているのか、コナーには知る由もない。だが、その間は、何処と無くコナーを不安な気持ちにさせた。
「スーヤ達に文字を教えてくれた事、改めて感謝する。リアンとルイスもお前によく懐いているし、スーヤも歳が近い友人ができて嬉しそうだった。本当にコナーには世話になった。ありがとな」
「い、いえ! むしろ僕の方がお世話になったというか、なんというか……。本当は家族ってこういう感じなのかなって……思ったりして……」
コナーは自分の家族を思い出し、握りしめた両手を眺めた。
「本音を言うと、ショウさんやソルさんが羨ましいです」
眉を顰めながら見せるコナーの笑顔は、とても寂しそうで、それはショウのある決意を後押しした。
「コナー、俺はな。この二日間、スーヤ達と過ごしているコナーの様子を見て思ったんだ」
ショウは目を閉じて、ふうっと息を吐くと真剣な眼差しでコナーを見つめた。
「俺たちと家族にならないか?」
「……え?」
コナーはショウの言葉に理解が追いつかず、固まってしまった。
――みんなと、家族に?
「突然でごめんな?」
「い、いえ、えっと、なんと言うか……」
ショウの家族にならないかと言う言葉に、コナーは混乱していた。
自分を家族として見てくれているという嬉しさと、何故家族として迎えようとしているのかという疑問。
自分の中にある、よくわからない感情が大きくなる音がする。
「大丈夫だ。みんな分かってくれる。俺も、コナーにはこっちの方が性に合ってると思うんだ」
――え?
コナーは、ショウの声しか聞こえない森閑とした部屋で、不安に煽られる。
――ショウさんは一体、何を言おうとしているの?
ショウは宿舎から持ってきた鞄から、一枚の書類を取り出し、コナーに差し出した。無意識に書類を受け取ったコナーは、その紙を見た瞬間、目を見開いた。
「え?」
ショウから受け取った書類には”除隊届”と書かれていた。
「あ……」
――何……コレ……
コナーの思考は停止し、動悸がしてくる。
書類から目を離せなくなっているコナーに、ショウは優しい声色で、コナーを安心させるかのように言葉をかける。
「除隊したら、除隊したものとその家族は、スラム街に強制送還される事になっている。だが、除隊してもだ。軍務についている親族、つまり”家族”がいれば、除隊した者がスラム街に戻されることはない。だから、俺達と”家族”になれば、俺とソルで養ってやれる」
「ぼ、僕の……家族……は?」
震える声に、ショウは俯いた。
「……すまない。コナーの家族全員を俺とソルで養っていくことはできない。自分を捨てた家族とはいえ、またスラムに放り込むのは簡単にはできないとは思う。コナーは優しいからな……」
「で、でも、コレは僕とショウさんだけじゃなくて! ソルさんもスーヤだって!」
「それは、安心していい。ソルとスーヤにはもう話を通してある」
その言葉を聞いて、コナーは椅子に力なくもたれかかり、ふと書類に視線を落とした。
書類にはショウのサインとペトロフのサインが書いてあり、一つだけある空欄がよく目立っていた。
「ペトロフ……准尉も?」
「ああ、あの人にも相談したからな。そういうやり方が通るかどうかを」
――ショウさんは何を言っているの?
ショウの言葉を理解しようとしても、停止した思考は再び回ることはなく、動悸とともに鳴り響く耳鳴りで、ショウの声がもう殆ど聞こえなくなっていた。
「後は、コナー。お前の選択だけだ。今すぐじゃなくていい。迷うコナーの気持ちはよくわかる。でも、考えておいてくれ。ソレは渡しておくから」
「……はい。わかりました」
思った反応と違い、呆然とするコナーを見て、ショウは掛ける言葉が出てこなかった。
「……もう、寝ようか。明日も早く出て宿舎に戻らないといけないし、な?」
「……そうですね」
コナーはその後どうやって寝室に行ったのか覚えていなかった。ただ自分がその日眠りにつくことは無く、夜が明けてしまった。
* * *
ショウとコナーが話を始める少し前、ソルクスはスーヤを抱き寄せながら耳をすませていた。
「ソル? 起きてる?」
「んあ? どうした?」
「コナーちゃんのこと、どう思う?」
「は? コナー? いいやつだぜ? ちょいビビリだけど」
「そういう事じゃないでしょ。バカ」
「あ!? バカとはなんだ――」
「うるさい! リアンとルイスが起きちゃうでしょ! いいから聞いて!」
スーヤはソルクスの頬を容赦無く抓った。
「いででで。わかった! わかったから離せって!」
スーヤは素直に手を離すと、眉を顰めた。
「コナーちゃんを”家族”に迎え入れることについての話」
「ん? なんだ? 嫌だったのか?」
「私じゃ無くて、コナーちゃんの方」
「は?」
ソルクスは薄暗い中、スーヤの顔を覗き込む。
「コナーちゃんは何て言うか……。もしかして、嫌なんじゃないかなって」
「何で?」
「何でって、ただの女の勘。コナーちゃんは私達のこと、多分嫌いじゃないと思う。まぁ、どちらかと言えば好いてくれてると思うんだけど……」
「だから何だよ?」
「危険のない安全な場所で生活する事を、コナーちゃんは本当に望んでいると思う?」
スーヤの言葉に、ソルクスは天井を見上げた。
「さぁな? わっかんねぇー。俺そういうの苦手だから」
「……そう」
「もう寝ようぜ。ショウなら、きっと何とかしてくれんだろ」
「……うん。だといいけど」
ソルクスは再びスーヤを抱き寄せて、静かに目を閉じた。
どうも、朝日龍弥です。
差し出されたもの。それは除隊届だったと言うところでね。
それぞれの想い。
三人の今後はどうなっていくのか。
まだまだ続きます。次回もよろしくお願いします。
次回更新は、7/24(水)となります。




