表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
七章 キズ(後篇)
70/425

差し出されたもの

 楽しい時間というものはあっという間に過ぎてしまうものである。コナーにとってマクレイア家への訪問がまさにそれであった。


 今まで教養というもに縁がなかったスーヤ達は、コナーの説明を興味深そうに聞いていた。特にリアンはコナーが教える事一つ一つに、目を輝かせていた。度重なる質問の嵐に、コナーは戸惑いながらも楽しそうに答えていた。


「リアン! 見ろよ! 俺もう、自分の名前書けるようになったぜ!」

「俺も自分の名前かけるよ! ルイスだって書けるよ!」

「嘘だー! 違うよ! こんなんじゃないよー!」

「書けてるもん!」

「書けてない!」

「こら! 二人とも喧嘩しない!」


 押し問答をする二人に、スーヤが注意し始めるも、聞く耳を持たない。


「もう! せっかく教えてもらってるのに、コナーちゃんが困っちゃうでしょ?」

「スーヤ、僕は大丈夫だよ。リアンとルイスも。二人ともよく書けてるよ」


 コナーが二人の頭を優しく撫でると、双子は嬉しそうに目を瞑った。


「ねえ、ねえ! コナーはいつ兄ちゃんのお嫁さんになるの?」

「いつからうちに来るの?」

「え?」

「こら! いい加減にしなさい! ほら、もう遅くなるし、早く寝なさい!」

「えーまだやるー!」

「俺もー!」


 スーヤの言葉に、双子は駄々をこね始める。


「お兄ちゃんが居ないからってわがまま言わない! ほら、とっとと動く!」

「ちぇー!」

「ケチー!」


 そういいながらも、双子は片づけをし始めた。


 コナーはスーヤの言葉に、辺りを見渡すと、ソルクスしかいない事に気が付いた。


「あれ? ソルさん。ショウさんは?」

「んあ? だいぶ前から外出てるぜ? そろそろ帰ってくんじゃねぇの?」


 ソルクスがそう言うと、玄関のドアが開く音がした。


 スーヤの迎える声がし、ショウが戻ったのが分かった。


「ショウさん。こんな時間までどこいってたんですか?」

「あぁ……ちょっとな……」


 少しやつれたようにも見えるショウに、コナーはどことなく不安を感じた。


「リアンとルイスは?」

「二人ならもう奥に行ったよ?」

「そうか」


 スーヤの言葉に頷いたショウは、ソルクスを一瞥する。


「さぁーてと! 俺達も明日早ぇーし、スーヤは俺と一緒に寝ようぜ!」

「いつも一緒に寝てるじゃない」

「いいから行こうぜ。チビ達がちゃーんと寝てるか確認しねぇーとな!」

「はいはい。わかったから」


 呆れながらも、スーヤはソルクスについていった。


「僕たちもいきましょうか」

「コナー」

「はい?」

「お前に話があるんだ。ちょっといいか?」

「あ、はい」


 ショウは二人が寝室に行ったのを確認すると、コナーをテーブルの席へつかせた。


「悪いな、一日つきっきりで文字を教えてもらって」

「いいですよ。リアンもルイスも覚えが早いし、僕も楽しかったです。まぁ、少しからかわれたりしますけどね」

「そうか……。休暇をここで過ごしてみてどうだった?」

「え? 色々とイグルスの常識とか、驚いたりすることもありましたけど、すっごく楽しかったです。時間があっという間に過ぎていった様な気がして……。明日宿舎に戻るのが寂しいくらいですよ」

「そうか。楽しんでもらえたならよかったよ」


 コナーの緩んだ笑顔を見て、ショウは静かに目を閉じた。


「あ、あの。話って?」


 少しの沈黙の間を断ち切る様に、コナーはショウに尋ねた。


「あ、ああ。そうだった」


 これからショウが何を口にしようとしているのか、コナーには知る由もない。だが、その()は、何処と無くコナーを不安な気持ちにさせた。


「スーヤ達に文字を教えてくれた事、改めて感謝する。リアンとルイスもお前によく懐いているし、スーヤも歳が近い友人ができて嬉しそうだった。本当にコナーには世話になった。ありがとな」

「い、いえ! むしろ僕の方がお世話になったというか、なんというか……。本当は家族ってこういう感じなのかなって……思ったりして……」


 コナーは自分の家族を思い出し、握りしめた両手を眺めた。


「本音を言うと、ショウさんやソルさんが羨ましいです」


 眉を顰めながら見せるコナーの笑顔は、とても寂しそうで、それはショウのある決意を後押しした。


「コナー、俺はな。この二日間、スーヤ達と過ごしているコナーの様子を見て思ったんだ」


 ショウは目を閉じて、ふうっと息を吐くと真剣な眼差しでコナーを見つめた。


「俺たちと家族にならないか?」

「……え?」


 コナーはショウの言葉に理解が追いつかず、固まってしまった。


 ――みんなと、家族に?


「突然でごめんな?」

「い、いえ、えっと、なんと言うか……」


 ショウの家族にならないかと言う言葉に、コナーは混乱していた。


 自分を家族として見てくれているという嬉しさと、何故家族として迎えようとしているのかという疑問。


 自分の中にある、よくわからない感情が大きくなる音がする。


「大丈夫だ。みんな分かってくれる。俺も、コナーにはこっちの方が性に合ってると思うんだ」


 ――え?


 コナーは、ショウの声しか聞こえない森閑(しんかん)とした部屋で、不安に煽られる。


 ――ショウさんは一体、何を言おうとしているの?


 ショウは宿舎から持ってきた鞄から、一枚の書類を取り出し、コナーに差し出した。無意識に書類を受け取ったコナーは、その紙を見た瞬間、目を見開いた。


「え?」


 ショウから受け取った書類には”除隊届”と書かれていた。


「あ……」


 ――何……コレ……


 コナーの思考は停止し、動悸がしてくる。


 書類から目を離せなくなっているコナーに、ショウは優しい声色で、コナーを安心させるかのように言葉をかける。


「除隊したら、除隊したものとその家族は、スラム街に強制送還される事になっている。だが、除隊してもだ。軍務についている親族、つまり”家族”がいれば、除隊した者がスラム街に戻されることはない。だから、俺達と”家族”になれば、俺とソルで養ってやれる」

「ぼ、僕の……家族……は?」


 震える声に、ショウは俯いた。


「……すまない。コナーの家族全員を俺とソルで養っていくことはできない。自分を捨てた家族とはいえ、またスラムに放り込むのは簡単にはできないとは思う。コナーは優しいからな……」

「で、でも、コレは僕とショウさんだけじゃなくて! ソルさんもスーヤだって!」

「それは、安心していい。ソルとスーヤにはもう話を通してある」


 その言葉を聞いて、コナーは椅子に力なくもたれかかり、ふと書類に視線を落とした。


 書類にはショウのサインとペトロフのサインが書いてあり、一つだけある空欄がよく目立っていた。


「ペトロフ……准尉も?」

「ああ、あの人にも相談したからな。そういうやり方が通るかどうかを」


 ――ショウさんは何を言っているの?


 ショウの言葉を理解しようとしても、停止した思考は再び回ることはなく、動悸とともに鳴り響く耳鳴りで、ショウの声がもう殆ど聞こえなくなっていた。


「後は、コナー。お前の選択だけだ。今すぐじゃなくていい。迷うコナーの気持ちはよくわかる。でも、考えておいてくれ。ソレは渡しておくから」

「……はい。わかりました」


 思った反応と違い、呆然とするコナーを見て、ショウは掛ける言葉が出てこなかった。


「……もう、寝ようか。明日も早く出て宿舎に戻らないといけないし、な?」

「……そうですね」


 コナーはその後どうやって寝室に行ったのか覚えていなかった。ただ自分がその日眠りにつくことは無く、夜が明けてしまった。




    *     *     *




 ショウとコナーが話を始める少し前、ソルクスはスーヤを抱き寄せながら耳をすませていた。


「ソル? 起きてる?」

「んあ? どうした?」

「コナーちゃんのこと、どう思う?」

「は? コナー? いいやつだぜ? ちょいビビリだけど」

「そういう事じゃないでしょ。バカ」

「あ!? バカとはなんだ――」

「うるさい! リアンとルイスが起きちゃうでしょ! いいから聞いて!」


 スーヤはソルクスの頬を容赦無く(つね)った。


「いででで。わかった! わかったから離せって!」


 スーヤは素直に手を離すと、眉を顰めた。


「コナーちゃんを”家族”に迎え入れることについての話」

「ん? なんだ? 嫌だったのか?」

「私じゃ無くて、コナーちゃんの方」

「は?」


 ソルクスは薄暗い中、スーヤの顔を覗き込む。


「コナーちゃんは何て言うか……。もしかして、嫌なんじゃないかなって」

「何で?」

「何でって、ただの女の勘。コナーちゃんは私達のこと、多分嫌いじゃないと思う。まぁ、どちらかと言えば好いてくれてると思うんだけど……」

「だから何だよ?」

「危険のない安全な場所で生活する事を、コナーちゃんは本当に望んでいると思う?」


 スーヤの言葉に、ソルクスは天井を見上げた。


「さぁな? わっかんねぇー。俺そういうの苦手だから」

「……そう」

「もう寝ようぜ。ショウなら、きっと何とかしてくれんだろ」

「……うん。だといいけど」


 ソルクスは再びスーヤを抱き寄せて、静かに目を閉じた。


どうも、朝日龍弥です。

差し出されたもの。それは除隊届だったと言うところでね。

それぞれの想い。

三人の今後はどうなっていくのか。

まだまだ続きます。次回もよろしくお願いします。


次回更新は、7/24(水)となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ