ぬくもり
「「おお〜」」
三人は改めて家の中を見て感嘆の声をあげた。
「思ったよりも全然広いですね!」
コナーがショウとソルクスの方へ顔を向けると、二人の目は輝いていた。
「外から見た時も思ったけど、壁もあるし、屋根もある」
「電気もつくぜ! おい、ショウ! 便所もあんぞ!!」
「何!?」
ショウとソルクスはまるで初めてそれを見たかのように感動していた。
「なんかスゲー金持ちになった気分だよな!」
「でしょー!」
「スーヤ、二人を任せっきりですまない。大変だろう?」
「ううん。そんなことないよ。お兄ちゃんが頑張ってくれてるから……」
スーヤは寂しそうに言う。
「なぁ、俺もいるんだけど?」
「はいはい。わかってまーす」
「可愛くねぇー奴」
「何?」
「何だよ?」
いがみ合う二人に、コナーは苦笑いを浮かべる。
「スーヤ、お前には苦労を掛けるな。これからも頼むぞ」
「任せといて!」
自慢げに話すスーヤに、優しい眼差しで聞くショウの姿を見て、コナーは和やかな気持ちになる反面、胸の奥が締め付けられる感覚を覚える。
「なあなあ! 腹減ったんだけど、なんかねぇーの?」
「はぁ? 相変わらず食い意地はってるんだから。今すぐに食べられるものは無いけど、そろそろ夕飯の準備しなきゃだし、ちょっと待ってて。あ、コナーちゃん! ちょっと手伝ってくれる?」
「え? あ、はい!」
ぼうっとしていたコナーは、突然声をかけられて条件反射で立ち上がる。
「あ、コナーは座っててくれ。手伝いなら俺が――」
「お兄ちゃんはダメ! 座ってて!」
「でも――」
「ダメなものはダメ! 厨房は出禁!」
「えぇー……」
ショウは途中まで持ち上げた腰を下ろし、肩を落とした。
「しょうがねぇーなぁ! ショウは味音痴だからな! 俺が手伝ってやるか!」
「お前にだけは言われたくない」
「ソルさん人のこと言えます?」
二人の物言いに、ソルクスは異議を申し立てる。
「あぁ!? 何だよ! 俺だって料理の一つや二つ出来るっつうの!!」
「ダメよ! 厨房は男子禁制! 何されるかわかったもんじゃない!」
「え、なんで?」
コナーが不思議そうな顔してスーヤの顔を見るが、スーヤは全く気にしている様子はない。
「いいから、やらせろって!」
「ソル! ステイ!!」
少し強引にキッチンに入ろうとしたソルクスを、般若のオーラを纏ったスーヤが一言で黙らせる。
「ちぇー……折角手伝ってやろうと思ったのによ!」
ソルクスは不貞腐れ、席に戻る。
「諦めろソル。俺たちは皿洗いすら許されない」
「じゃあ何でコナーは良いわけ?」
「いいだろ別に。コナーは料理できるし、俺らより安全だ」
「まぁ、確かにな?」
ショウとソルクスは諦めて二人を見守ることにした。テキパキと作業をするスーヤの動きは中々様になっている。
「コナーちゃん。こっちの野菜切ってくれる?」
「はい。これくらいでいいですか?」
「わぁ! 凄い! 上手! お兄ちゃん達とは大違い!」
手を叩いて褒めちぎるスーヤに、コナーは思わず苦笑いを浮かべる。
「あ、あはは。でも、ショウさんも、ソルさんも、前よりできるようになりましたよ? 洗剤入れなくなったし……」
「え!? 嘘でしょ? あの二人料理してるの!?」
驚嘆したスーヤの声に、コナーは肩をすくめた。
「えっと、当番制なので、一応は……」
「え、それ大丈夫? だってあの二人だよ?」
「ま、まぁ、僕も一緒にやってるので、何とか……。ビックリすることが多いですけど……」
コナーは、ショウの破壊的な味付けをなんとか食べられるようにしたり、ソルクスが小麦粉をぶちまけるのを止める炊事当番を思い出して、顔をひきつらせた。
「そっかー。あの二人相手にしてると大変でしょ?」
「いえ! そんな事ないです! ショウさんは隊長として一人一人気にかけてくれますし、なにより適切な指示で部隊を引っ張ってくれています。ソルさんは遊撃隊長として頑張ってくれていますし、お二人には助けられてばかりです。僕なんか後方で守られて、みんなが怪我をしないように祈るだけ……」
「そっかー……」
コナーの瞳に不安の色が窺えた。それを見たスーヤは、深く追求はしなかった。
具材を切り終え、味付けをし、鍋いっぱいにスープを作った。スーヤは味見をして、思わず声を出した。
「美味しい!! 本当にコナーちゃん、料理上手! コナーちゃんだったら、お兄ちゃんのお嫁さんに欲しいなぁー!」
「えっ!?」
しんみりとした空気を和らげようとしたのか、本心からなのかわからないが、スーヤの突拍子もない発言に、ショウは口に含んだ茶を吹き出した。
「あ! ショウさん!?」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ふひひ! おいおい、大丈夫かー?」
ショウを気に掛ける二人とは対照的に、ソルクスは大笑いしていた。
「げほっ! ごほっ! スーヤ! 突然何言い出すんだ!」
「そ、そうですよ!」
「えー!? ダメ!?」
「ダメもなにも……」
何を言ってるんだと嘆息するショウに、スーヤは首を傾げていた。
「ピッタリだと思ったんだけどなぁ」
「そこは、せめてお婿にしてください」
「え?」
「はぁああ!? 婿だとぉお!?」
コナーの発言に、先程まで腹を抱えて笑っていたソルクスが飛び上がった。
「婿はダメだ!! コナー! お前! 許さねぇーぞ!」
「ソルうるさい。何怒ってんの」
「べ、別に怒ってねぇーよ!」
血相を変えるソルクスに、コナーはあることに思い至る。
「あれ? ソルさんて……」
「あ!? 何だよ!!」
「スーヤの事……」
「っ!! バカ! ちげーよ!!」
――うわー……。わかりやすいなぁ……
「俺はただな! こんなゴリラの婿になったら、コナーが可哀想だと思って――ぶっ!!」
ソルクスが言い終わる前に、キッチンからオタマが勢いよく飛んできた。
「だーれがゴリラだってぇ?」
「いっ!? ああもう、冗談だって! とにかく! コナー! 俺は絶対認めねぇーからな!」
テーブルに力強く手をつき、ソルクスはコナーを指差す。
「はいはい。わかってますよ」
「そうかよ!」
「あ、コナーちゃん。これもう少し煮込んでくれない?」
「あ、はい。わかりました」
声を荒げていたソルクスを気にもとめず、夕飯の準備が再開される様子を見て、ソルクスは乱暴に席に着いた。
「なんだよ。こんな事ならコナーを連れてくるんじゃなかったな。ん?」
ブツブツと一人で文句を言っていると、ショウの視線に気がついた。
「な、なんだよ」
「やらんぞ」
「はぁ!? 別にっ!! いらねぇーよ!!」
「言ったな?」
「え?」
さっきの威勢が嘘のように、ソルクスは頬杖をついて不貞腐れていた。
「あ、そうだコナー」
「はい?」
作業の片手間に、コナーは顔を上げた。
「ここにくる前に、頼みたいことがあるって言ったろ?」
「はい」
「その事なんだが。よければ、三人に文字を教えて欲しいんだ」
「え? 僕がですか?」
ショウの申し出に、コナーは手を止めた。
「何なに? コナーちゃんが文字教えてくれるの?」
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕なんかでいいんですか!? ソルさんはともかく、ショウさんでも良かったんじゃ……」
「あ?」
「何言ってんだよ。確かに、俺でも良かったんだけど、そういうのを教えるのは余り向いてないから……」
「今俺軽くバカにされなかったか?」
自分を無視して話を進める二人を前に、ソルクスは納得がいかない様子でスーヤに話しかける。
「まぁ、ソルだし、仕方ないんじゃない?」
「ちぇっ……。バカにしやがって」
「バカになんかしてないよ。ソルは教えるのは向かないでしょ? 文字に限らずで」
「ま、そだな!」
少し考え、納得した様子のソルクスを余所に、結果として休暇中にコナーが教えることとなった。
「何話してんのー?」
「のー?」
駆けまわっていたリアンとルイスは、興味深そうにキッチンを覗き込む。
「コナーが、お前達に文字を教えてくれる事になったんだ。お前達はやる気はあるか?」
双子は顔を見合わせた後、目を輝かせた。
「俺やるー!」
「俺もー!」
「よし。いい返事だ。頑張れよ」
「「うん!」」
子供らしく笑う弟たちを見て、ショウは柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、コナー。明日から頼むな」
「わかりました。僕でよければ」
「お前以上に適任者はいないだろう」
「そう、ですかね?」
「よろしくね。コナーちゃん」
「はい!」
二人のよく似た睛眸に、コナーは喜び勇んで頷いた。
「じゃあ、コナー先生だ!」
「コナー先生!」
「先生って……」
双子の言葉に、コナーは胸の奥がこそばゆくなった。
「あっちでやろ!」
「こっちこっち!」
「えっ! でも、まだ準備が……」
目で訴えかけてくる弟たちに、スーヤは大きく頷いた。
「いいよ。こっちはもう大丈夫だから」
「やった!」
「やたー!」
バタバタとコナーを引っ張っていく弟たちを見送り、ショウは思わず苦笑いを浮かべる。
「大丈夫か? あいつら……」
「大丈夫じゃね? コナーが付いてっし」
「あいつら、ほっとくと何するかわからんからな」
「お兄ちゃん達が言えた事じゃないけどね」
鋭い指摘に、ショウはスーヤから目を逸らす。
「目を離すとすぐどっかいっちゃうし、気付いたらそこら辺で鳥とか野草採って来ちゃうしね。もうそんな必要ないのに。イグルスにいた頃の癖というか、習慣っていうか、そういうのがまだあの子達は抜けないみたい。でもさ」
スーヤは手を止めると、ショウ達の方を見やる。
「よく笑うようになったでしょ?」
「スーヤもな!」
「え?」
優しく笑うスーヤを見て、二人は改めて、軍に入ったのは正しい選択だったと思った。
「最初は二人に何度説明しても、お兄ちゃん達が軍人に捕まったんだって大泣きしてたり、本気で救出作戦考えてたりして、理解させるの大変だったんだから!」
「そうだったのか……」
「まぁ、チビ達には殆どなんも言わずに出て来ちまったからなぁ」
「本当に、スーヤには面倒をかけるな」
「別に、面倒だなんて思ってないよ。だって……。こうやって帰って来てくれたんだから……」
下を向き、夕飯の支度を進めるスーヤの声は震えていた。
ショウは、幼い妹に重荷を背負わせてしまっていることが不甲斐なく、情けなく感じた。
「何だよ。泣くなよな」
「なっ! 泣いてなんかない! バカソル!」
「バカはお前だ!」
「はぁ!? 何!? 人がどんな思いで――」
「うるせぇ! お前が帰ってくんなって言ったって、絶対ぇー帰って来てやるんだからな!」
キョトンとした顔をした後、スーヤは視線を自分の手元に落とした。
「約束してよね」
「おう!」
その様子を見て、ショウは頬杖をつき、胸をなでおろした。
「あーあ! なんか辛気臭くなっちゃった!」
「あ? 自分でしたんだろうが!」
「うるさい! あと、ソル。わかってるんでしょうね?」
「え? 何が?」
ソルクスは頭を捻る。
「約束破ったら、針千本飲ますから」
「え?」
「スーヤ、拳万も忘れるなよ」
「はぁ!?」
「そうそう、忘れるとこだった」
「いやいやいや! 何で俺だけ? ショウもだろ!?」
「さて、コナー達の様子でも見に行くかな」
「あっ!? てめっ! 逃げやがったな!」
ショウが様子を見に行こうとしていると、当の双子が嬉々として駆け寄ってきた。
「文字書けたぁー!」
「書けたぁー!」
書いた文字を見せびらかす双子は、どこか自慢げだった。
「俺達の名前書いたんだよ!」
「俺達天才なんだぜ!」
「おお、そうかそうか」
ショウが二人の頭を撫でて褒めると、双子は嬉しそうな、誇らしげな顔をした。後から出て来たコナーは、その様子を見て優しく微笑んだ。
「早速悪いな」
「いえ、二人とも熱心に僕の話を聞いてくれましたよ」
「俺達天才!」
「やればできる子!」
「なぁーに言ってんだよ。コナーが書いたの見て写しただけだろ?」
ソルクスは自慢げに話す双子を茶化しにかかる。
「むかっ! 今の発言どう思いますか? リアン伍長!」
「ふむっ! 我々のカツヤクを聞いて認めたくない様子であるぞ? ルイス伍長!」
双子は顔を突き合わせ、どこで覚えたのか、自分たちを伍長と呼びあっていた。
「そして、我々を見下す事でヘイセイを保っているのですよ。リアン伍長!」
「その通りだルイス伍長! これは由々しき事態であるぞ!」
「これは分からせなければいけませんね! リアン伍長!」
「となれば!」
「すべき事は一つ!」
双子の視線は一点に集中する。
「んあ?」
「「突撃ー!!」」
「うおっ!?」
双子はソルクスに同時に飛びかかって行く。
素早くソルクスの間合いに入り、足払いを仕掛けるルイスと、上から殴りかかるリアン。双子は容赦なくソルクスに攻勢を仕掛け、ソルクスは防戦一方となる。
「ちょ、ちょっと、皆さん喧嘩は……」
「ほっとけコナー。遊んでるだけだ」
「えっ!? あれが!?」
白熱するイグルスのじゃれ合いに、コナーは完全に置いていかれる。
「おりゃあ!」
「せいや!」
「へっ! そんな攻撃あたんねぇーよ!」
「びゃっ!」
「ふごっ!」
流れるように攻撃を躱したソルクスは、明らかに軽めの手刀打ちを二人にお見舞いする。
「ヤラレター!」
「いってぇー!」
「へへっ! まだまだだなー!」
「はいはい、そこまで。二人とも、ソルも怪我してるんだから、じゃれるのは終わり」
「「はーい」」
「ご飯にするよー」
コナーを交えたマクレイア家の食卓は、実に賑やかなものだった。
ショウは妹たちや、ソルクス、そしてコナーの様子を見て、どこか安堵していた。
休暇に入る前のソルクスは、明らかに殺気立っていた。コナーに関しては、戦場から戻って来てから働き詰め、ましてや廃屋の件もあり、気が休まらなかった事だろう。だが、今は二人とも自然と笑えている。
そんな様子を見てショウ自身も心が安らいだ。
――一時帰宅をしたのは正解だったな……
食事を終え、夜も更けたころ。
「おい、もう遅くなるからとっとと寝る準備しろよ?」
「「寝るー!」」
「寝るときはいつも通り寝ればいいかな?」
「ん? いつも通りって?」
「イグルスにいた頃と変わらないよ? まぁ、今は体を覆う布とか、風除けに困らないから、寄り添って温めあったりしなくても大丈夫だけどね」
「ああ、そうだな」
全員が寝室に移動すると、双子はいち早く敷布団の真ん中を陣取る。
「じゃあ、リアンの隣はスーヤで、ルイスの隣はコナーでいいな?」
ショウの言葉に、コナーは狼狽えた。
「え、いいんですか? なんなら、僕居間で寝ても――」
「やったー! コナー隣!!」
ルイスが敷布団をしきりに叩いてみせる。
「ほら、呼んでるぞ?」
「わ、わかりました」
「んじゃ、俺はスーヤの隣な」
「俺はコナーの隣だな」
幼い子を真ん中にして、寄り添って眠るのがイグルスにいる頃の習慣になっている為、自然とこの形になる。
「なんか、思い出すな」
「そうだな……」
ショウと、ソルクスはイグルスにいる頃を思い出し、懐かしさを感じた。
「じゃあ、みんな。おやすみ」
「おう」
「おやすみ」
「「なさーい」」
「お、おやすみなさい」
しんと静かになった寝室で、コナーはショウの体温と幼いルイスの体温を感じる。
――あったかいなぁ……
コナーは今日の楽しかった思い出を胸に、温もりに誘われ、ゆっくりと目を閉じた。
コナーはこの時、廃屋から抜け出した頃から感じていた、あるはずのない視線を忘れることができた。
どうも、朝日龍弥です。
温かい拠り所があると、心が安らぎますよね。
少しうるさいくらいがちょうどいい。
次回更新は、7/17(水)となります。




