没落貴族
無我夢中で走っていたティムは、いつの間にか砦の門外まで来ていた。
「なんなんだよ! あいつ!」
足が重く、うまく動かない感じがし、ティムは砦の壁に寄りかかるように座り込んだ。自分の秘密がなぜバレたのか、ヨダの顔を思い浮かべ、頭を抱えた。
「くそっ! くそっ!」
――あいつらにバレたら、そのうち少年兵全体に知れ渡ってしまう……
貴族の子と、スラムの子。生まれが違えば、それぞれが相応の感情を持っている。
貴族はスラム街の住人を上から眺めては、可哀そうなものといい、蔑み、安堵する。当然その環境にいる子もそのようになる。ティモンド・グレンヴィルも例外ではない。下を見て嘲笑し、蔑み、優越感に浸っていた。
そんな貴族たちを見て、スラム街に住む住人は羨み、憎み、恨んでいた。
没落し、路頭に迷ったグレンヴィル家は、その余波をもろに受けることとなった。
因果応報と言えばそうかもしれない。いいように蔑んでいたスラムの荒くれ者たちに、グレンヴィル家当主であったティモンドの父は、酷く殴殺され、スラム街ノーマンでその死体を晒された。
晒された父の姿を思い出し、ティムは吐き気を堪える。
そんな経験上、この場所で元貴族の自分がどういう目で見られるか想像に難くなかった。
「もう、終わりだ……」
半ば自棄になりながら、空を仰ぐと、目の前に燃えるような炎髪の少年が腰を落としていることに気づいた。
「うわぁああ!」
「おわぁああ! なんだよ! 急にデカイ声出すなよ!」
飛び上がって悲鳴をあげたティムにつられ、ソルクスも大声を出した。
「お、お前! なんでここに!」
「あ? なんでって見回りだよ! 見回り!」
一人で歩哨をしていたというソルクスに、ティムは怪訝そうな顔をする。
「それよりお前は何してんだよ! 怪我でもしたのかと思って声かけてやろうと思ったのに! なんだっけ? ティ……ティー?」
「ティムだ!」
覚えの悪いソルクスに、ティムは苛立つ。
「おお、そうか。悪りぃ悪りぃ。てかお前、会議中じゃなかったのか?」
「それは、もう終わった。というか、お前こそ! マクレイアの副官じゃないのか!? なんで他の奴がいて、お前が会議に出ない!」
怒鳴るティムに、ソルクスは不思議そうに首をかしげる。
「ん? ああ、俺そういうの苦手だし。そういうのはショウが上手くやるからな」
「なっ! そんな適当な……」
「適材適所……だったか? ペトロフ准尉がよく言ってた」
「教官が……そうか、お前は字が読めないしな」
ティムは、ソルクスの出自を察し、当然かと頷く。
「は? 字くらい読めるけど? ……ちょっとだけだけど。馬鹿にしてんのか!?」
「え!? あ……わ、悪かった。イグルス出身だから……てっきり……」
「はぁ? それ、出身関係あんの? そしたらショウだって読めないだろ? ってか、第三部隊は全員一応読めるけど?」
「え!? 全員!?」
ティムは驚愕した。第一部隊の半数は読み書きができない。そもそも、読み書きのできるものの中から部隊長、副官、衛生兵を選定し、それ以外は文字に触れることすらないからだ。
驚いて固まるティムに、ソルクスは自分の発言がおかしかったのかと、おろおろしだす。
「な、なんだよ。そんなにおかしいこと言ってないぞ! 今は!」
「な、なんで――」
「なんでって、ペトロフ准尉が教えてくれたからな!」
「きょ、教官が……直々に!?」
「なんだよ? おかしいか? あれ? 訓練内容って各部隊違うんだっけ? 俺は座学とかいらねぇーんだけどなぁ」
ティムは、教育という概念から離れていた自分の部隊との違いに目を丸くした。
「あ? どうした? 俺の顔になんかついてるか?」
「い、いや。部隊でこんなに違うなんて……。勉強、か。ハハ、弾除けとしか考えてない少年兵にそんなこと教えてなんになるってんだよ……」
教育を受けられるありがたみを知っているティムは、第三部隊をただただ羨ましく思った。
「んー? さぁ? ペトロフ准尉は俺らの事、弾除けとは思ってねぇーと思うし、俺には難しい事はわかんねぇーけどさ、みんな楽しそうなんだよなぁ」
「楽しそう?」
「おう! 俺はゲーって感じだけどさ! みんな図書室に行ったりしてっしよー?」
「だから図書室に行く廊下で第三部隊の連中を見かけることが多かったのか……」
納得したように頷くティムに、突然ソルクスは小声で話しかける。
「なぁ、なぁ。もしかしてお前、字が読めねぇの?」
「なんでそうなる! 俺は字が書けて読めるし、敬語が使えるから……小隊長を任された……だけで。マクレイアみたいに、適性があった訳じゃ……ないな」
自分で言って、ティムは更に卑下し始める。
「へぇー、じゃあお前の部隊の奴らは字読めねぇの?」
「半々ってところだ」
「ふぅん? 部隊にも色々あんのな。で、お前は何悩んでんの? 部下が死んだのか? それとも隊長として自信ないことか?」
核心を突くような問いに、ティムの鼓動が跳ねた。
「い、いや、俺の部下は全員無事だ。みんな軽傷で済んだしな……。自信は、もう無い、けど……」
「みんな無事だったって、それってすげー事じゃね?」
「え?」
なぜそうは思わないのかと率直に聞かれ、ティムは固まった。
「だってあんだけやりあって、死んだ奴一人もいねぇーんだろ? 俺らんとこだって死んじまった奴いるしよ? まぁ、ショウが指揮とって被害が軽減したにしたってよー。お前の部隊を動かしたのはお前だしさ、自信持って良いんじゃね?」
「お、おう……」
「ん? まだなんか悩んでんの?」
「は?」
「だって、お前ずっと難しい顔してるしよ?」
ティムはソルクスから目をそらし、そのまま俯いて黙ってしまう。
「お前が悩んでんのってさ、もしかして育ちがいい事か?」
「な!? お前、なんで知って!?」
「お? やっぱそうだったかー」
ティムは墓穴を掘ったことに気が付き、身構えた。
「お前からはなんかスラム育ちの匂いしねぇーと思ったんだよなぁー。飯食ってる時だってなんか行儀がいいっていうかさー」
「あ……。ふ……ふふふ、あっはははは!!」
急にふき出すティムに、ソルクスは肩をすくめる。
「な、なんだよ!? どうした!?」
「い、いや! ははは! 悪い! バレるも何も、俺が隠せてなかったんだなって思ってさ」
「急に笑うから、おかしくなったかと思ってビビったぞ!?」
「悪かった。そうか、隠せてなかったかぁ……」
必死になって隠しているつもりになっていただけだったのかと、自分を嘲る。
「うーん、俺もなんとなくだし? 他の奴がどうかは知らねぇーけどよ? 誰も生まれなんて気にしねぇーよ」
「そういうもんか?」
「ああ」
ティムは、確かに自分の父を襲った荒くれ者どもは、個人的に恨みを持っているものが多かったように思えた。
「そっか……俺の考えすぎか」
「だって、お前はお前だろ?」
ティムは息を呑んだ。
その言葉一つで、重くのしかかっていた憑き物が取れるような感覚がした。
「お、おい? さっきから大丈夫か? お前」
「あ、ああ、悪い。イグルスに励まされるとは……なんかな」
「ああん? なんだよ! 文句あんのか!?」
「あ……」
ティムはソルクスの顔を見て固まる。
「あ? 何だよ、まだ何かあんのか?」
「よく考えたら俺、お前の名前知らない……」
一瞬固まったソルクスは声を荒げる。
「はぁ!? 自分の名前わかんなかったら怒ったくせに! 人のこと言えねぇーだろ!!」
「だ、だって! あんまり関わらないし! 会議にも出ないし! 第三部隊の奴らと喋ることないし! 他の、みんなもイグルスとしか呼ばないから……」
「別にいいけどよ! 一回しか言わねぇーから、よぉーく聞いとけよ!」
立ち上がり、陽を背にし、ソルクスは自分を指さした。
「ソルクスだ! よく覚えとけ!」
ティムの目には、ソルクスが眩しく映った。
「そうか。すまなかった、ソルクス。あ、ありがとな」
「はぁ? なんでありがと?」
ソルクスは、ティムのぎこちない感謝の言葉に、首をかしげるばかりだった。
「ソルクス、お前。はは。変な奴だな」
「馬鹿にしてんのか?」
「いや、そうじゃない。悪かった。俺は自分の部隊に戻る。ソルクスは?」
「え? ああ、俺も見回り終わったとこだしなぁ。そろそろショウのとこに戻るかなぁ」
「なら、早く行ってやれよ。怪我してるから」
「はぁ!? なんで!? いつ!? ったく! 俺がいねぇーとダメダメだな! 悪い! 俺行くわ!」
ソルクスは素早く立ち上がり、砦の中へと走って行く。
「あ! マクレイアなら野戦病院にいると思うぞ!」
「おう! サンキューな!」
身軽に駆けていくソルクスを見て、砦内に戻るティムの足取りは軽かった。
どうも、朝日龍弥です。
気の利いたことを言おうとして、空回りするソルクスは、自分はそういうことに向かないと言っています。
ですが、普段接し、話しているだけでその人の心を救っていることに、彼は気づいていません。
彼と接することで、特に考え込んでしまう性格の子たち(ショウ然り、コナー然り)は救われることが多いかもしれませんね。
次回もよろしくお願いします。
次回更新は、1/30(水)となります。




