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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
六章 初陣
43/398

硝煙の臭い

 ショウが砦内を歩き始めると、既に各小隊長の指示で、敵兵と味方の死体を分け始めているのが確認できる。


 味方の死体を集めた場所には、第三部隊に所属していた者も何人か見受けられる。年齢は関係なく、足を止めたものから死んでいったのだろう。少年兵の死体の殆どが、死の恐怖で固まった表情のままだった。


 ショウは自分よりも小さな少年の死体に近づき、開いたままだった瞳をそっと閉じさせた。


「気にしているのか?」


 死体をより分けていたエリックに声をかけられ、ショウは死んでいった少年兵をじっと見たまま答える。


「俺は俺のできる最善のことをした、はずだ……」

「そうだな」


 エリックは、一人一人並べた遺体を眺める。


「お前が指示を出してなければ、ここで死んでしまった奴も、生きている奴も、今頃何も成せないまま、弾除けにされてお陀仏だったろうな。まだ全員確認はできていないが、被害がこれだけで済んで運が良かったと思う」


 思いもよらないエリックの言葉に、ショウは乾いた笑みを浮かべた。


「まさか、お前に励まされるとはな」

「これくらいで参られては困る。一応、俺たちのまとめ役はお前になっているからな。今後に支障が出るのは困るんだ」

「そうだな。そういう奴だよな。エリックは」

「ふん。死傷者をより分けたらドッグタグを集める。ここはいいから、お前は自分の部隊の安否確認でもしてろ」


 ショウは自分の首に提げているドッグタグをそっと触り、ゆっくりと立ち上がった。


「嫌な役をさせるな……」

「……いいから早く行け」


 ショウは死んだ少年兵達に背を向ける。


「救えなくてすまない」


 そう言い残して、その場を後にした。


「救えなくてすまない、ねぇ……」


 エリックはショウの背中を見送り、再び自分の部下の死体へと目を向ける。


「一番死の環境に慣れているはずなのに、変わった奴だ。自分の部隊以外でも情が湧くもんなのかねぇ……」


 小さな少年兵の死体に話しかけるが、勿論返事など返ってこない。


「死んだらそれまで、か……」


 陽の当たらない部屋の中で、エリックは不敵な笑みを浮かべた。




    *     *     *




 集められた敵兵の死体の山の前に、一人呆然と立ち尽くすリカルドを見て、ショウはそっと肩に手を置いて声を掛ける。


「大丈夫か?」

「た、隊長!」


 肩を震わせ、身構えるリカルドに、ショウは目を細める。


「大丈夫じゃあ、ないな」

「……はい。大丈夫ではありません」


 リカルドは未だに、血で塗れた長剣を手にしたまま離せずにいた。


「初めて、自分の意志で人を殺しました……」

「そうか……」

「凄く身体が重くて……動けないです」

「こんなものをいつまでも持っていたら、重くなるに決まっている」


 ショウは敵兵の血で塗れた手に触れ、長剣を離すように促す。リカルドはゆっくりと手を離し、長剣はそのまま地面に転がった。


「すみません……。ありがとうございます。少し……楽になった気がします」

「そうか……」


 リカルドは血に塗れている両手を眺め、ぎゅっと握りしめた。


「きっと神はお怒りでしょう。僕は再び大罪を犯してしまいましたから……」

「天罰が下ると?」


 ショウの言葉に、リカルドは静かに首を振る。


「それはわかりません。神がお決めになることですから」

「そういうものか?」

「どうでしょう? 僕ももう、わからなくなってしまいましたから」


 リカルドは苦し気に、だが、どこか穏やかに目を瞑る。


「神はいつも僕たちを見ていてくださる。だからこそ、僕はこれから犯し続ける大罪について懺悔し、一刻も早く戦いが終わるように祈り続けようと思います」

「懺悔っていうのは……」


 聞き覚えのない言葉に、ショウは首をかしげる。


「罪を告白し、悔い改めると誓う行為です」

「そんなものがあるのか……」

「はい。そして、僕は死んで行った仲間や、僕が殺めてしまった敵兵の為に祈りを捧げなければならないと思うんです。たとえ、僕が地獄に堕とされようとも、亡くなった方々にはせめて安らぎをと……。それも僕の義務だと思うんです」


 リカルドは死体の山の前で膝をつき、祈りをささげる。


「祈り……か……」

「隊長」

「ん?」

「隊長は神を信じますか?」


 ショウは真っ直ぐなリカルドの視線から目をそらす。


「もし、本当に神とやらがいるなら、俺はそいつに向けて引鉄を引くと決めてる。俺達をただ眺めているなんていう悪趣味の奴は、間違いなくろくな奴じゃない。それに、生憎俺は神とやらは信じない。リカルドには悪いがな」


 ショウは内心、リカルドがまたヒステリックに怒り出すかと思っていたが、自分の気持ちに素直に答えた。しかし、ショウの予想に反して、リカルドは何処か安堵の表情を浮かべて、クスッと笑った。


「なんとも、隊長らしいですね」

「怒らないのか? 神を冒涜するなって」


 リカルドは小さく頷く。


「信じる者にも、信じない者にも、神の愛は平等に与えられるものですからね」

「随分神とやらは都合がいいんだな。いや、神とは元来そういうものだったか?」

「ええ。神の前では人は皆平等です。隊長も神を信じたくなったら言ってください。その時は一緒にお祈りをしましょう」


 穏やかなリカルドの笑みに、ショウも応える。


「そうだな。その時は声を掛ける」

「はい。いつでも言ってくださいね!」

「じゃあ、俺は第三部隊の安否確認をするから――」

「ああ、それなら全員確認が取れています」

「なんだ。仕事が早いな」


 報告を聞き、ショウは顔をしかめる。 


「マルクスさんとロニーさん、あとランスさんが率先してやってくれました。それと、野戦病院からコナー達がこっちに向かっているそうです。もうそろそろ到着すると思います」

「そうか。報告助かった。俺は一度この砦の司令室へと戻る。もし捕虜がいたら連れてきてくれ」

「隊長!」


 司令室へと戻ろうと背を向けようとしたところで、再びリカルドに呼び止められる。


「あの、ありがとうございました」


 ショウはリカルドに静かに微笑みかけ、その場を後にした。リカルドはショウの背中に敬礼をして見送った。




    *     *     *




 各小隊長が部隊の被害状況を確認し終えたところで、ドローン班と野戦病院にいた少年兵部隊の衛生兵達が砦に集まっていた。


「ショウさん! ソルさん!」

「おおー! コナー!」

「待ってたぞ。負傷者は?」


 到着を待っていたコナーを迎え入れ、ショウは負傷者の容態を確認する。


「あ、はい! 第三部隊の重傷者三名、軽傷者は他ほぼ全員ですけど、皆さん命に別状はないです」

「そうか」


 新たな戦死者が出なかったことに、ショウは安堵した。


「てか、コナー。後方の野戦病院はどうしたんだよ? 実際ここより負傷者出たんじゃねーの?」

「あ、えっと。中隊の皆さんは、半数が負傷していまして、そのうちの半分は……」

「……そうか」


 コナーが言い淀んだのを見て、ショウはそれ以上は聞かなかった。


「なので、残った負傷者は第一師団の衛生兵が受け持つということになり、僕はペトロフ准尉の指示で各少年兵部隊の衛生兵と共に、こちらに来れることになったんです」


 ショウとソルクスに対して、いつものように笑いかけようとするコナーの顔を見て、ショウは目を細める。


「コナー」

「え? なんですか?」

「無理するな」

「え、無理なんて――」


 ショウはコナーの震えている手と、少し(やつ)れたような顔を見て、続ける。


「野戦病院で、無理してたんだろ?」

「そんな……こと……」

「コナー」


 ショウは未だに緊張状態のままのコナーの肩に手を置く。


「お前はよくやったよ」


 ショウの言葉を聞いて、コナーの心に押し留めていたものが一度に決壊した。それは涙となって流れだし、コナーの頰を濡らした。


「でき、ることは……したつもり、なんです……。でも……ううっ……助けることが……できなくて……うぇっ……」

「そうか」

「ショウさんや……ソルさん。うぅっ……第三部隊の皆さんが……心配でっ! 不安……で!」


 コナーは俯いたまま顔を上げられず、嗚咽を漏らしていた。


「コナー」

「……はい」

「辛い役目を負わせてすまない」


 その言葉を聞いて、コナーは咄嗟に顔を上げる。


「そんなことないです! だって! ショウさんやソルさん達は! あ……」


 コナーはその先を言うのを一瞬ためらったが、今更止めることはできなかった。


「……たくさん人を、殺さなきゃ……いけなくて……。ショウさん達だって、苦しいはずなのに!」


 気を遣わせてしまっているという事に、コナーは悔しく、また、情けなく思った。コナーのその想いは、握り締められた拳からショウにひしひしと伝わった。


「コナー、俺達は――」

「もう数えられないくらい人を殺してるから、俺達のことはそんなに気にすんなよ」


 ソルクスの言葉を聞いて、コナーは目を見開いたまま固まった。


「おい、ソル」

「俺達の感情まで考えてたら疲れちまうんじゃねーの? だからあんま気にすんなよな。俺ら慣れてっから――」

「ソル」


 ショウは一瞥してソルクスを黙らせる。


「悪りぃ。俺、砦周辺見回りしてくるわ」

「ああ」


 ソルクスは頭を掻きながら、その場を後にする。


「気にするな。あれはソルなりに気を使ったつもりなんだ」

「なんで……平気でいられるんですか? 僕が……おかしいんですか?」


 コナーは目を赤くしながら、ショウを見つめる。


「コナー、俺達は確かに、もう人を殺す事に慣れてしまっている。生きるために、仕方のないことだと割り切ってはいるつもりだ」


 ショウは、自分たちと同じような掃きだめの臭いのしないコナーを見据える。


「でもな、コナー。確かにお前のいう通り、平気であるはずがないんだ。こんなもの、慣れるもんじゃない」

「でも……慣れないと……ソルさんみたいに強くなれませんよね?」

「それは違う。コナーは俺達みたいになって欲しくない。躊躇なく人を殺せることが強いわけじゃない。この意味、コナーならわかるよな?」


 ショウの言葉を受けて、コナーは俯きながら考え始める。


「ショウさんは……凄いですね」

「え?」

「いいえ、なんでもありません。すみません。取り乱してしまって」


 コナーは袖で涙を拭き、真っ直ぐ遠くの方を見据えた。


「僕はもっと強くなりたいです! いえ、なります!」


 その様子を見て、ショウは思わず笑みをこぼす。


 ――コナー、お前はもう充分強いよ


「コナー、俺はこれから砦の司令部に行くが、一緒に来てくれるか?」

「え? ぼ、僕ですか?」


 コナーは驚きの余り、声が上ずる。


「なんだ? 不満か?」

「いえ、僕なんかがご一緒していいんですかね? 補佐官はソルさんですし、ヨダさんだって――」

「何言ってんだよ? ソルが作戦会議に出るたまか? ヨダには後で来るように言ってあるし、それに――」


 ショウはコナーの肩を叩く。


「俺はコナーを頼りにしてるからな」

「は、はいっ!」


 コナーはあまりの嬉しさに、背筋が伸びる。


「決まりだな」


 ショウ達はそのまま司令部へと足を向けた。



どうも、朝日龍弥です。

戦場を振り返る少年たち。彼らは何を感じ、何を思うのか。

感じ方は人それぞれですね。


次回更新は、1/16(水)となります。

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