狐に抓まれる
列車が過ぎ去ったエスペル鉄道の線路に沿って、一台のバイクが荒野を駆ける。耳当て付きのヘルメットをかぶり、漆黒のゴーグルを掛けたバイクの男は、ある物を見とめ、バイクを停車させる。眼前には、全裸で座り込んだまま溜息を吐いている男の背中があった。
「一人か……」
そう独り言ちたバイクの男の声に、全裸の男は勢いよく振り返る。
「お! チェーニじゃーん! わざわざ迎えに来てくれたのかぁ?」
跳ね起きするように飛び起きた全裸男は、機嫌よさげに声を弾ませる。その姿に呆れながら、バイクの男はバックパックから取り出した武骨なガスマスクを無造作に投げつけた。
「さっさとそれつけろ、ゾルタン。見れたもんじゃない」
「ひっでぇ言い方ぁ! 第一声がそれぇ? 全裸で荒野に放り出された幼馴染に向けて言う言葉かぁ?」
そう言いながら、ゾルタンはさっさとガスマスクを装着する。
「で? 服は?」
「必要あるのか?」
「え、マジ?」
ガスマスクしか持ってきてないのかと愕然とするゾルタンに、チェーニは眉根を寄せる。
「全裸でも気にせず戦っているだろ?」
「今更なに言ってんのって顔すんなよ。戦闘中それ気にしてたらキリないじゃんかぁ」
「顔は気にするのにか?」
「俺にも拘りはある」
呆れたように真顔になりながら、チェーニはバックパックを自分の腹側に掛けてバイクに跨る。
「乗れ。行くぞ」
「全裸で?」
「組織の拠点まで行けば服がある。さっさと乗れ」
「これじゃあ俺が変態みたいじゃん」
ゾルタンは拗ねた口調で、仕方なしにチェーニの後ろに乗り込む。それを確認したチェーニは、デコンプレバーを離し、勢いよくキックペダルを踏み下ろす。慣れた様子でエンジンを始動させ、バイクを走らせるチェーニを茶化すように、ゾルタンは陽気に口笛を吹く。
「チェーニくん、カッコイイー!」
「振り落として四散させてやろうか?」
「俺増えるけどいいのぉ?」
「……変態は一人で十分だ」
「けひっ! 次はちゃんと服も持ってくるこったなぁ!」
返答にケラケラ笑うゾルタンに対し、チェーニはあからさまに舌打ちをしながら口を開く。
「初めてじゃないか?」
「あー?」
「お前がここまでやられるのは」
「あぁー、この身体になってからはそうかもなぁー?」
そういいながら、ゾルタンは列車の中で対峙した、淡白なスカイグレーの瞳を思い出す。
「……おい」
「しかたねぇーじゃん! どちゃくそ強かったんだからよぉ!」
「……他の分裂体が近くにいないという事は、任務は失敗だな」
「それなぁー! 列車から飛び降りて集合予定だったのにいねぇし。後方車両には俺を殺すことのできる何かがあったってことだ。俺は一体どんな相手と対峙したんだか。精鋭部隊には後れを取らねぇと思うんだけどなぁ?」
ゾルタンはううんと唸りながらも、瞬きもせず敵を見失った初めての感覚を思い出し、思わず鼻で笑った。
「まぁ、俺は頭のタガが外れちゃいるが、人間の戦闘力だからなぁ。戦車にゃなれねぇし、結局ただの殺人鬼の域は出れねぇのよ」
「……世が世なら、お前にはただただ生きづらい世界だったろうな」
「んー? 今でも十分生き辛ぇーよ? 人殺しの欲求発散の為に戦争に行ってたのによぉー。終戦? 講和? おえー! 泰平の世なんて吐き気がするね! そんな世界で生きられるかっつーの! ふざけんなぁ! 俺に人を殺させろ!!」
駄々をこね始めるゾルタンを鬱陶しく思いながら、チェーニは深い溜息をついた。
「戦場で死ぬはずだったお前を、実験体として生かしたcenserの失態は計り知れないな」
「俺もあの時死ねたら幸せだったんだけどなぁー」
戦場で死にかけていたところを回収され、気が付いた時には今の身体になっていたことを思い出し、ゾルタンは思わず口籠る。
「なんだ。お前にも怖いものがあるんだな」
「怖いとは違うわ。二度とゴメンなだけ。毎日、四六時中、ずっと臓器を引きずり出されてみろぉ。お前も最悪な気分になるぜ?」
「考えたくもないな」
「けひっ! 臓器売買の元締めの癖に良く言うぜ」
「笑ってる場合か? お前は役目を果たせなかったことについて、ボスへの弁明を考えておくんだな」
「えぇ? なんでぇ?」
チェーニの言葉に、ゾルタンは首を傾げながら声を漏らす。
「ボスからの命令で動いているんだから当然だろう?」
「あの人は一回の失敗でとやかく言わないだろー。タダ働きで競合相手殺してやったしぃ? それに、もし何か言うにしても、俺に関しちゃ、俺をクラビス・カルテルに引き入れたお前の責任になるんじゃねぇーの?」
背中をつついてくるゾルタンの言葉に、チェーニは舌打ちをする。苛立ちが乗ったままアクセルが回り、バイクは大きな排気音を奏でながら土煙を巻き上げる。その荒野の土煙が立ち上る遥か上空では、小型の鷹が悠々と旋回していた。
* * *
中央区郊外。クルード領との領境に置かれたエスペル鉄道の執着地点にて、ショウは駅内に常駐するクルード兵に護衛任務の引継ぎを行っていた。敬礼をして去るクルード兵を見送りながら、ショウは列車から降りて来るクルード一家へ目を向ける。
母と共に降車したドロシアは、すっかり怯え切って蒼い顔をしている。一方で、デレクは一切の感情を見せない。しかし、彼は列車に乗り込んだ時とは違い、叔父であるダニエルの手に導かれるように列車を降りている。その隣で張り付くようについていくロンを見とめ、ショウは胸部の痛みを堪えながら徐に歩み寄る。
「マクレイア大佐! この度は――」
「礼なら大丈夫ですよ、ダニエル様。私は役目を果たしたまでです」
そう言いながら、ショウがロンへと目を向けると、賢い彼はすぐにショウの右隣へとつく。離れて行ってしまうロンの姿を無意識に目で追っていたデレクを見て、ショウは彼の目線に合わせてゆっくりと膝を折る。
「デレク様、こちらを」
そう言って、ショウは布で巻いたナイフを差し出した。ナイフの柄には、デレク・クルードの名が美しい筆記体で刻まれている。それを見たデレクは、一瞬戸惑いを見せながらも、両手でそれを受け取ると、大事そうに抱え込んだ。
「ありがとう、ございます……」
「大事なモノですか?」
「父上に頂いた、唯一の物なので……」
柄に掘られた名を幼い指で撫でながら、デレクはぎゅっと口をすぼめる。その健気な姿に、ショウは小さく息を吐く。
「列車でのデレク様の勇気には驚かされました。あの瞬間が無ければ、ロンも間に合わなかったかもしれません。自分より大きく、凶悪な相手に飛び込み、家族を守ろうとするあなたの覚悟、その姿には感服いたしました」
唖然としながら頬を上気させ、言葉を噛み締めるデレクに、ショウは僅かに目を細める。
「しかし、覚悟だけでは家族を守り切ることはできません。わかりますね?」
ショウの言葉に、デレクははっとする。手に残る人を刺した感覚。敵わない絶望感。あの時感じた全てが、デレクの身体を強張らせる。
「それがわかるあなたなら、きっと強くなれます。あと少し、人に頼る事ができれば満点です」
そう言ってデレクの頭を撫でようとしたショウは、その手を止め、強張る彼の肩を叩いて立ち上がる。
柔らかく笑んだショウを見上げながら、デレクは少し慌てたように口を開く。
「マ、マクレイア大佐。あ、あの……ありがとう、ございました」
吃音気味に上ずりながらも、感謝を述べるデレクに、ショウは敬礼で応える。その姿に、暗い目をしていた少年の目には、確かな光が宿る。
「君も、ありがとう」
ロンにも感謝を伝えると、当然のように一吠え返事が返ってくる。そのやり取りを経て、ようやくデレクの顔に年相応の少年らしさが現れた。
「デレク。そろそろ行こう」
叔父であるダニエルに促され、デレクは小さく頷くと、クルード兵に導かれるままに駅の外へと歩いていく。その後ろ姿を、ショウは見えなくなるまで見送っていた。
「ホントにあなたは変わりませんねぇ」
「何がだ?」
いつの間にか隣に佇んでいたヨダの言葉に、ショウはにべなく答える。
「いや別に。でも、あんなものわざわざ回収して渡す必要ありました?」
ゾルタンの分裂体の死体から回収し、到着までに手入れまでしたショウの行動に、ヨダはあからさまに嘆息して見せる。
「父親に貰った唯一のものらしい。俺には父親がいないから何とも言えないが、俺だったらきっと大切にする。多分な」
「隊長は家族という枠組みを大切にしていますからねぇ、ハイ。まぁ、確かに隊長のような家庭なら、そういう考えに至るのも必然と言えるでしょうね」
「御託はいい。つまり、何が言いたいんだ?」
「あれは、自害用のナイフですよ」
断定的に言い切るヨダに、ショウは思わず眉根を寄せる。
「どういうことだ?」
「クルード家では、親にナイフを渡されることは古来よりそう言った意味を持ちます。敵に襲われた際は、些細な情報も口にしないように、とね」
「……笑えないジョークだ」
「ええ本当に」
変わらぬニヒルな笑みを湛え、淡々としたヨダの相槌を聞きながら、ショウは小さく首を振る。
「やはり、貴族の世情は俺にはわからん。生きる世界が違えば、重宝されていたろうにな」
貧しい者には貧しい者なりの、恵まれた者には恵まれた者なりの。幼い頃からの重圧にも様々な形があるのだと理解しながらも、ショウは改めてデレクを不憫に思っていた。
「あ」
クルード家や貴族の世情について話をしていたショウは、ふと作戦室に置かれていた高級な皮のソファや家具のレイアウトを思い出し、ヨダに懐疑的な目を向ける。
「なんです?」
ショウから受ける視線に疑問を呈しながらも、ヨダは察するモノがあるのかニヤリと片頬を上げている。
「作戦室のレイアウトしたのお前だろ」
「はてはて、何のことでしょう?」
自白のようなはぐらかし方に、ショウは大きく溜息をつく。
「お前、裏で色々と手を回してるだろ?」
「まさかー。私がそんな自由に動けるとでも?」
「お前ほどフリーダムな奴は他にいないだろ」
元上官として独特な扱いにくさを知っているショウは、現在ヨダを抱えている上官に同情の念を覚えた。
「それで?」
「はい?」
「どうして、お前は現場にいるんだ? 所属は?」
「おっと怒涛の質問ですねぇ。少し欲張りじゃありませんか?」
茶化すヨダに対し、ショウは次第に湧き上がる苛立ちを覚える。しかし、それすらも懐かしさで上書きされていく感情に、ショウは自嘲するように鼻で笑った。
「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。これでも絞っている。そもそも、その仕込み杖はなんだ? いつからそんな装備をしている」
「あぁ、良いでしょう、これ。差し上げましょうか?」
どうぞと簡単に投げ渡してくるヨダに、ショウは引き気味に目を瞬かせる。
「本気か? お前がタダでくれるとは思えないが……」
「ええ、まぁ。私のモノであればそうしますが。でも、これは私のモノではないので」
「は?」
「あ、すいません。ちょっと失礼して」
何を言っているんだと固まるショウを他所に、ヨダは自身が持つ小型通信機の着信に応答する。
「はい。こちらヨダ。何用ですか?」
『やぁ、少佐』
通信機から漏れだす聞き覚えのある声に、ショウはぎょっとする。
「ペトロフ准将!?」
口をついて出た声に、通信機からおやと声が響く。
『その声はマクレイア大佐かね? そろそろ通信が可能かと思って連絡してみたけれど。共にいるという事は、どうやら作戦は恙無く終わったようだね』
「ええ、勿論です。ハイ。それで、何用ですかねぇ? 私も忙しいのですが」
そう言いながら、ヨダはニヤニヤとショウの様子を見ながら通話を続ける。
『君に少し聞きたいことがあってね。家路につこうとしたら、スペアの杖が見当たらなくてねぇ』
「おやおや、それは困りましたねぇー」
『全くだよ。それで、少佐。杖はどこかね?』
変わらぬ声色で淡々と続けられる会話だが、ペトロフの言葉から、ショウは思わず自身の手元にある杖を凝視する。
「さぁ、分りませんねぇ、ハイ。マクレイア大佐に聞いてみて下さい」
「お前――」
文句を言おうとしたショウの言葉を遮るように、ヨダは自分の通信機を眼前に差し出す。それを見て口籠ったショウは、ヨダを逃がすものかと睨みつけながら応答する。
「こちら、マクレイア。お久しぶりです、ペトロフ准将」
『やぁ、マクレイア大佐。久しいね』
「准将のスペアの杖の事ですが、何も心配はありません。必ずお届けいたします」
『ははは。そんなに畏まらなくても大丈夫だよ、マクレイア大佐。それよりも、変に気を遣わせてしまってすまないね。少佐が迷惑をかけていないかい?』
「いえ、そんな。ペトロフ准将がお気になさることでは……」
そこまで言って、ショウはふと湧き上がる疑問に硬直し、徐にヨダへ目を向ける。
「何故、准将が謝るのですか?」
『部下の怠慢は上官の責任だからね。君だってそうするじゃないか』
恐る恐る口にしたショウの問いに、ペトロフは当然のように返答する。その答えが示す事実に、ショウは愕然としていた。
「部下? ヨダが准将の……?」
『あれ? 聞いてないのかい?』
衝撃をもろに受け、思わず言葉を失くすショウの様子に、ヨダは吹き出した。
『では、マクレイア大佐。すまないが後で私のもとまで届けてくれないか? 彼では不安なものでね』
「勿論です、准将。必ずお届けします」
電話が切れたのを見計らい、ヨダは流れる様にショウの手から電話を回収する。その状態でも、ヨダの笑いは留まることを知らない。
「おま、お前。ペトロフ准将の下で動いてるのか?」
ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら恨めしそうに睨みつけるショウを、ヨダは顔を背けながら嘲笑うように高らかな笑みを溢す。
「イヒヒヒヒ! ええ、まぁ。私としては大変不服なのですがねぇ! ハイ」
「不服?? 何でだよ。おい、今すぐその席変われ」
「変りたいのは山々なのですがねー、いやほんとほんと!」
納得いかないと拳を震わせるショウを見る度、ヨダは込み上げる笑いを止められない。
「いやー、最っ高ですねぇー! 笑いが止まりませんよ。イーヒヒヒヒ!」
「良い性格してるよ、ほんと」
舌打ちをしながら、ヨダを睨みつけていたショウは、慌てた様子で駆け寄ってくるケイレブを視界の端で捉える。
「どうした? ユアンと一緒にいただろう?」
「少尉は返り血まみれなので着替え中です。すぐきますから大丈夫です。それよりもこれ見てください!」
そう言って、ケイレブは一枚の号外を差し出す。その号外の見出しには、「エスペル鉄道襲撃か」と、一見してわかるほど大きく書かれていた。
「これは……」
「最近巷で流行っているトラスト・タイムズの号外ですねぇ、ハイ」
号外を覗き込むヨダの言葉に、ショウは眉根を寄せる。号外の内容には、襲撃者はもと連合国軍兵である可能性が示唆されており、政府の陰謀についてつらつらと書き連ねられている。
「ぱっと見は、相変わらずの陰謀論掲載記事ですが……これは……」
「いくらなんでも速すぎる……」
困惑するケイレブに対し、ショウは眉根を寄せる。情報の出どころはどこかと思考を巡らせながら、ショウはデモ行進の時に現れた平凡な記者であったライリー・トラウトの姿を思い出していた。
どうも、朝日龍弥です。
これにて38章は終幕となります。
久々のヨダの登場に筆が乗った後半でした!
次回から39章! あ、その前に周年記念小説が上がる予定でございます! そちらもお楽しみにです!
次回更新は、4/29(水)となります。




