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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
三十八章 蠢く狂気
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不死者の倒し方


 派手な炸裂音が響き渡るキッチン車両内。ガスマスクごとゾルタンの頭を吹き飛ばし、老婆の特殊メイクを脱ぎ去った狐顔の男は、首を回しながら伸びをすると、羽織っていた柄物の貫頭衣を脱ぎ捨てる。貫頭衣の下には連合国軍少佐を示す軍服を着用しており、ショウよりも長身なその姿は、小柄な老婆の印象を完全に消し去っていた。


「あー、肩凝った」


 そう言いながら咳払いをして声を調整した狐顔の男は、這いつくばるショウを見て、やれやれとわざとらしく両手を広げる。


「本当にあなたは世話が焼けますねぇ、ハイ」

「ヨダ?」


 目を見開き、分りやすく困惑するショウを見て、元少年兵部隊に所属していたヨダ・ソウ少佐はニヒルな笑みを浮かべる。


「こうやってあなたを見下ろすのも悪くないですが、積もる話やあれこれは後です」


 自然とショウの元まで歩み寄り、ヨダはショウへ拳銃を差し出す。


「手ぶらよりマシでしょう?」


 そう言って、半ば強制的にショウへ拳銃を押し付けたヨダの目は、いつの間にか分裂していた敵に向けられていた。

 紙袋を被ったものと、ガスマスクをつけた裸の男。分裂の仕組みが身体の切り離しだと理解したショウは、加勢したヨダに状況を伝えようと声を絞り出す。


「ヨダ。アイツは不死身で――」


 呼吸する度に四苦八苦するショウの言葉を、ヨダは手で制する。


「ババアだと思ったら男かよ。どういう仕組みだぁ?」


 ナイフを構えながら首を傾げる裸のゾルタンを、ヨダは鼻で笑う。


「明らかな特徴を作ったり失くしたりするのは、変装の初歩ですよ。知らないんですか? 無知ですねぇ」

「そんなのが初歩な訳ねぇだろうが! 質量保存の法則を知らねぇのか!?」


 どう考えても体格が違うと怒鳴るゾルタンに、ヨダは肩を竦める。


「いやいや、その言葉はそっくりそのままあなたにお返ししますよ。そもそも、私を本当の老婆だと思っていたのは、あなたがそういう認識錯誤をしていたからですよ。要はただの思い込み。あなたの驕りと狭い視野が生み出した虚像です」

「はぁ?」

「つまり、あなたが馬鹿だから騙されたってことです。あ、もしかして別個体でも脳の損傷って伝播するモノなんです?」

「ははーん、なるほど。お前、嫌な奴だな? みんなに嫌われるだろ?」

「ええ。まぁ、でもあなたほどではないですよ、ハイ」

「いうねぇ。でも、嫌な奴ほどいいもんだ。殺しても、ちっとも心が痛まないもんなぁ!」


 そう言って、裸でナイフを構え、一足飛びで肉迫するゾルタンに対し、ヨダは電気コンロに置かれたままのスープ鍋を掴みとる。


「あなたみたいな変質者に心があることに驚きです」


 ガスマスクだけ被った裸装備のゾルタンに、ヨダは口撃を添えて煮えたぎるスープを勢いよく浴びせかける。ゾルタンは咄嗟に腕で防御姿勢を取ったものの、全身に熱湯を浴びたゾルタンは、悲鳴を上げて崩れ落ちる。熱湯を浴びたところから身体がドロドロに溶けだし、それに付随して全身が白色に変色していくと、ゾルタンの身体はみるみるうちに縮んでいく。硬直し、倒れたゾルタンは人の形を保てず、平たくなってピクリとも動かなくなった。


「な……なぁ!? お、お前ぇ! お前、お前! 俺に何しやがったぁ!!」


 紙袋を被ったゾルタンは、目の前で自分の分裂体が文字通りの死を迎えたのを見て、吃音気味に叫ぶ。


「言ったでしょう? 私はスープを貰いに来たんです。こうやって使うために、ね」


 熱湯の中に沈む平たい死体を踏みつぶしながら、ヨダは傍らに持っていた杖の握りを変える。杖の持ち手から機械音がしたのを確認し、ヨダは徐にそれを引き抜く。

 杖の中から現れた橙色の短剣。その切っ先が動く度にゆらりと空気が揺蕩うのを見て、ショウはその仕込み杖への違和感を覚える。


「はん! ちょっとカッコ良さそうな武器見せびらかしていい気になるなよ! 武器は使い手によるんだからなぁ!」


 ナイフ対短剣。近接格闘であることに変わりはない。しかし、異様な様相の橙色に生理的な危機感を覚えたゾルタンは、ナイフ術における致命的部位(ターゲットポイント)を基にした、あらゆる短剣の軌道を予測する。


 ――二丁目の銃はあっても懐。重心からして右利き。短剣は受けずに確実に避けるか、腕を止める!


 やることは変わらない。そうして瞬く間もなく思考を巡らせたゾルタンは、予測していた短剣の一撃を躱し、得物をヨダに向け勢いよく突き出そうとした。しかし、ゾルタンの腕が突き出されるよりも速く、ヨダが握っていた仕込み杖の鞘が胸部に押し当てられていた。

 瞬間、轟く炸裂音。血反吐を撒き散らすゾルタンは、膝を折りながら眼前の敵を睨みつける。


 ――仕込み銃、だとぉ?


 ごぼごぼと血の(あぶく)で頭に被せた紙袋を汚しながら、文句を垂れるゾルタンに、ヨダは変わらずニヒルな笑みを浮かべる。


「言ったでしょう? 思い込こみはよくないと。仕込み杖の仕込みが一つだと誰が言いました?」


 そう言うと、ヨダは躊躇なく橙色の短剣を脳天に突き立てる。刺突部からは肉が焼け、水分が蒸発するような音と煙を立てる。それと同時にゾルタンの身体は痙攣し、身体が白く変色していく。


「やっぱり、彼女の見立ては正しかったですねぇ」


 そう言いながら、ヨダは振り向きざまに橙色の短剣を投擲する。痛みに耐えながら身体を起こしたショウの頬を掠め、飛んでいった短剣は首なしで動き始めたゾルタンの心臓部に突き刺さる。

 肉の焼ける匂いと、白く縮んでいくゾルタンの最期に、ショウは目を細める。


「炎熱武器……」

「ご明察です。異形体(バリアント)を相手取るなら、炎熱武器は標準装備にしたほうがいいのでは?」


 装備の見直しを進言するヨダに、ショウは大きく溜息をつく。


「それはさんざん、言っている。なぁ、敵の情報を持っていたなら、どうしてもっと速く、報せて、くれなかったんだ? ヨダ。お前ならもっと、スマートにできただろ」


 痛みに呻きながら言葉を紡ぐショウに対し、ヨダは肩をすくめる。


「すみません。まさかあのマクレイア大佐が、私のようなものの手を借りたいほど困っているとは思わなかったもので」

「俺が困ってない時が、あったか?」

「あー……」


 口を一文字に閉じ、ニヒルな笑みを浮かべるヨダに、ショウは手をついたまま未だに立ち上がることができない自身の状態を見せる。


「手が必要ですか?」

「ああ、そうだな」


 仕方がないと手を差し出すヨダの手を、ショウは確かに掴み取る。呻きながら立ち上がったショウは、胸部を抱えて浅く息をしながら呼吸を整える。


「それで?」

「なんです?」

「あれは、本当に死んだのか?」


 視線で三体の縮んだ白色死体を指すショウに、ヨダは確信をもって頷く。


「ええ、死んでいます。白色に細胞が変色し、縮み、活動を停止している。リタさんの仮説通りです」

「何?」

「何です?」

「確証があって、やったんじゃないのか?」


 眉根を寄せて訝しむショウに、ヨダは肩を竦める。


「確証はありましたが、試す時間はありませんでしたからね。何分、私もプラナリア型異形体と対峙するのは初めてですし、異形体との戦闘も五年ぶりなもので」

「それにしては、随分、動けていたようだが? まぁ、俺にわざわざ、拳銃押し付けて、わざとらしく炎熱武器を、見せびらかした時は、冗談かと思ったけどな。長い杖から出て来る仕込み剣が、なんで長剣じゃなくて短剣、なんだよ。違和感ありすぎるだろ」

「ですが、敵の注意を反らすには十分だったでしょう?」


 結果を見ろと言わんばかりに、平たい三体の死体を見やるヨダに、ショウは確かにと頷いた。


「面倒な敵、複雑な連合国の政治事情。全く、あなたの回りにはどうしてこうも厄介事が付きまとうんでしょうねぇ、ハイ。ほんとに驚きです」

「俺は、未だにお前が、軍にいた事に驚いてるよ。所属はどこだ?」

「それは後にしましょう。プラナリアの分裂体はこれだけじゃありません」


 そう言って、一般車両を指し示すヨダに、ショウは顔を顰める。


「お前がなんとかして、来たんじゃないのか?」

「ええ。私は分裂できませんからね」

「初めて知ったよ」


 思わず溜め息を吐いたショウは、肋骨の痛みに耐えながら拳銃を握りなおす。


「お前も来い。ここまで手を出したんだ。最後まで付き合え」

「イエッサー。隊長の仰せのままに」


 ゾルタンの死体から炎熱部隊を拾い上げたヨダは、ニヒルな笑みを浮かべながら、先行するショウの後へと続いた。




     *    *     *




 ゾルタンとの戦闘が始まり、一般人が我先にと逃げ出した先頭車両。四体の分裂体と交戦していたケイレブは、拳銃を片手に立ち尽くしていた。


 ――邪魔だから座っていていいよ


 そう言って一人、足を踏み出したユアンの言葉を思い起こしながら、ケイレブは眼前に滴る血を追って、列車の天井を仰ぐ。視線の先には頭蓋を銃で撃ち抜かれ、身体ごと心臓を長剣に貫かれたゾルタンが天井に固定されている。もう何度も見たその光景と、腕時計を交互に見やり、ケイレブは溜息を吐きながら死体の頭部に向けて引鉄を引く。何度も撃ち抜かれ、原形もないガスマスクに、ケイレブは嫌気がさしていた。


「少尉。仰る通り、脳を破壊されると、修復に三分はかかるみたいです」

「そう」


 うんざりしながら弾倉を変え、同じように壁に磔にされた状態の分裂体の頭を撃ち抜くケイレブに、ユアンはにべなく答える。

 淡白な返事をしたユアンは、眼前に横たわる二体のゾルタンを見下ろす。一体は頭を殴打で潰され、心臓を一突きにされている。そしてもう一体は、両手をナイフで貫かれ、生きたまま教科書の解剖図のように内臓を引き出された状態で置かれている。


「三分だって。知ってた?」

「知ってるさ。俺の事だからなぁ」


 内臓を弄られ、血反吐を吐きながら喋るゾルタンに、ユアンは小さく唸る。


「あんたのこれは死んでるって言うか、一時的に眠ってる感じか。なるほど、確かに殺せないっていうのは本当みたいだね。内臓は人間と変わらないのに、変なの」


 そう言いながら、内臓の一つ一つを確認していたユアンは、小首を傾げながらケイレブを見やる。


「これって、あの人に報告した方がいい?」

「報告したくてもできないんですよ少尉。コレに無線機を壊されたので」

「そっか。わざわざ報告しに行くのは面倒なんだよな」

「俺が行きましょうか?」

「どうかな。他の車両にもこいつがいたから。君、一人じゃ死んじゃうでしょ」

「なっ!」


 溜息をつくユアンに対し、ケイレブは異議を唱える。


「俺だって軍人です! 敵の対処くらい一人でできま――」


 目にも留まらぬ速さで頬を掠めていくナイフに、ケイレブは言葉を詰まらせる。思わず振り返ったケイレブは、背後で頽れたガスマスクの男に目を丸くする。


「脇甘すぎ。さっき言ったばかりでしょ。まだ他にもいるって」

「ぐっ……すみません」

「ほら、そいつもさっさと磔にしといて」

「はい、少尉……」


 渋い顔をするケイレブと淡白なユアンのやり取りに、内臓を弄られているゾルタンは失笑した。


「いい意味で頭がぶっ飛んでいる奴と、自分が正常だと思いこんでるぶっ飛んだ奴。こんなガキどもにしてやられるとはなぁ……。おい、モツを弄るな。マジで、最悪な気分になんだよぉ」

「そう? 僕と殺し合ってる時は、少なくとも楽しそうだったけど?」

「けひっ! そりゃあもう最高だったぜ。俺は死んだら神の下には行けねぇが、あの時死ねたら、きっと神よりも天上に行けたはずだぁ」

「へぇ……あんた、死にたいんだ」


 ユアンの指摘に一瞬口を閉ざしたゾルタンは、ごぼごぼと血の泡を吐きながら不気味に笑う。


「そうだが、そうじゃねぇ。俺はただ、最高の命の取り合いをして死にてぇんだ。俺みたいな異常者が夢見る最高の最期だ」

「……それは、そうかもね」

「だから、それは今日じゃない」


 そう言い切ったゾルタンは、深々とナイフで貫かれた両手を膂力だけで引き抜くと、腹を裂かれた状態でユアンに掴みかかる。


 ――油断しやがって馬鹿が!


 そう言葉にしようとしたゾルタンは、空気が漏れる様な音と血が口からこぼれるばかりだった。いつの間にか拳で喉を潰されていたことに気が付いたゾルタンは、咄嗟に車窓に向けて地を蹴った。

 逃走を予期したユアンは、正確に頭部に向け拳を叩きつける。上手く車窓を割ることなく、ユアンはゾルタンの頭部だけを破壊してみせる。


「少尉!」

「大丈夫だから見張ってて」


 駆け付けようと飛び出そうとするケイレブに、ユアンは大きく溜息をつく。


「死に場所を選ぼうなんて、ぜいたくな奴……」


 そう言って、ユアンは頭部を潰されて動かなくなったゾルタンを見下ろし、一つだけ無くなった彼の指を見据える。そして、上部が僅かに空いていた車窓へと視線を向ける。そこには確かに、ゾルタンの血がこびり付いていた。


「おい、無事か!?」

「大佐!」


 列車の扉を乱暴に開け、急ぎ飛び込んで来たショウに、ケイレブの表情が一層明るくなる。しかし、先頭車両の惨状を見たショウは、拳銃を構えながら顔を顰める。


「おっと、これは随分、派手な飾りつけですねぇ、ハイ。なんのパーティー会場です?」

「冗談言っている暇があるなら、止めをさせ」

「イエッサー」


 ショウの指示に従い、粛々と炎熱武器を振るうヨダを見て、ユアンはあっと声を上げる。


「あの時の。おばあさんの格好が趣味の人。あんたの仲間だったんだ」

「何だって?」


 思わず聞き返すショウに、ユアンは言葉を続ける。


「巡回途中で見かけた時、なんでおばあさんの格好をしてるのかケイレブに聞いたら、人として当然だって言ってたから」

「え? 俺は一言もそんな事……あ……」


 思い至るやり取りを思い出し、ケイレブは死体処理をするヨダを驚愕の目で見やる。そんなケイレブの状況を理解しながら、ショウは小さく溜息をつく。


「確かに、ヨダは潜伏・変装のスペシャリストだ。だが、ケイレブ。ユアンが連合国の常識を知らないからって、変なことを吹き込むな」

「えぇっ!? あ、いやっ! その……」


 手助けした老婆と似ても似つかないヨダを何度も見ながら、ケイレブは面目なさげに肩を落とした。


どうも、朝日龍弥です。

分裂する生物、普通なら死んでいる状態でも生きている生物と言えば、プラナリアですよね。

気づいた人は気づいていたのではないでしょうか。

人と混ざっていますので、熱耐性はプラナリアより上げっていますが、熱湯はひとたまりもありません。

(人間でもタダじゃすみませんが……)


次回更新は、4/22(水)となります。

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