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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
三十八章 蠢く狂気
423/429

混戦

 

 昼時のキッチン車両。クルード家の昼食を用意していた従業員たちは、上級客室から轟く爆発音に手を止める。


「なんだ?」

「上級客室からだ」


 続いて聞こえてくる銃声に思わず姿勢を低くし始めた従業員たちは、速やかに戦闘音から距離を置き始める。最後の銃声が鳴り響いてからは、轟く様な音は聞こえてこず、従業員たちの耳には足元から響くレールと車輪の衝撃音のみが届いていた。その音に慣れ親しんだ従業員たちにすれば、ただの生活音であり、無音ともいえる。

 束の間の静寂。揺れ動く視界の中、盛大な音を立ててキッチン車の扉が破られた。


 扉ごと蹴り飛ばされ、派手に転がり込むゾルタンの姿に、キッチン車にはどよめきが走る。


「退避!」


 ゾルタンを追って飛び込んできたショウの言葉に、従業員たちは蜘蛛の子を散らすように慌ててキッチン車を飛び出していった。懸念事項を減らしたショウは、彼らが逃げた先が一般車両の最後尾であることに目を細める。


「巻き添え被害を減らす努力がみえるなぁ、おい」


 人一人分の通路であおむけに倒れていたゾルタンは、何事もなかったかのように跳ね起きると、親指で自分を指し示す。


「俺に集中しろ、マクレイア」

「集中している。お前も、一般人に水を差されたくないだろう?」

「それは同意! だが根本的には違う。俺は一般人が交戦中に死のうとどうでもいいからなぁ!」


 ナイフを弄ぶように回していたゾルタンは、一足飛びで間合いを詰めてくる。ショウは突きの一撃を紙一重で避け、続く薙ぎ払いを潜り抜けると、逆手に握ったナイフを切り上げる。

 一撃、二撃と刃を振るう中で、互いの攻守は瞬く間もなく入れ替わり続ける。軍人として対人訓練を積み、実戦経験も豊富な二人は、視線と挙動、フェイントも込みで行われる致命傷部位(ターゲットポイント)の読み合い、そしてそれぞれの経験から導かれる反射的攻防。近接格闘術で生き残ってきた自負のあるゾルタンは、全く引けを取らない動きをするショウに、心の底から込み上げる歓喜に身震いした。


「最っ高だなぁ!!」


 高揚を抑えきれず、飛び込んで来たゾルタンの喉元に、ショウのナイフが吸い込まれる。その攻撃を、ゾルタンは左腕を盾にして甘んじて受け止める。その掌には拳銃のスライド部が貫いており、ショウのナイフは前腕の橈尺骨で留まる。

 左腕を捨てたゾルタンの行動に舌打ちをしたショウは、自分の得物から手を放し、突き出された刃を辛うじて屈みこみながら躱す。


「あ?」


 渾身の攻撃を躱され、武器すらも手放したショウに、ゾルタンは頓狂な声を漏らした。その一瞬の隙も見逃さず、ショウは飛び上がる勢いで、ゾルタンの喉元めがけて肘をめり込ませる。軟骨が軋む感覚が腕に響くのを感じながら、ショウは容赦なく追撃を浴びせる。

 一瞬の衝撃と呼吸困難で手からこぼれたゾルタンのナイフを奪い、ショウは鳩尾、胸、最後に喉から後頭部を貫く勢いで、素早く刃を突き立てる。

 深々と突き刺さったナイフに、ゾルタンは力なく吊るされる。鼻と口からとめどなく流れ出る血をそのままに、動かなくなったゾルタンを見据えながら、ショウは徹底してナイフを捻りあげる。


「マジかよ――」


 背後から聞こえた声に反応したショウは、ゾルタンの装備からナイフを引き抜くと、一瞥もせずそれを投じる。


「あっぶねぇー! 銃撃だけじゃなく近接格闘術も行けるクチなのかよ。俺負けてるし。けひっ!」


 なんなく投げナイフを避けた男は、物言わぬゾルタンを見て、面白おかしく笑っていた。

 同じ声と所作を持つガスマスクの男の登場に、ショウは徐に目を細める。男の首元に出血痕があるのを見とめたショウは、なるほどと一人肯いた。


「昨今クルード領で暴れていたのはお前だな? ついでに言えば、領境にあるハミルトン基地を落したのも」

「ご名答! 流石、鷹の目の智将ってかぁ? ついでに聞くが、俺は強かったか?」

「まずまずだ」

「うーん、辛口だぁ」


 ――戦い方からして、やはりただの人ではなかったか。同じ個体だとすれば、分裂する異形体(バリアント)


 思考を回しながら、吊るし上げていた死体を放り捨てたショウは、新たな敵――ゾルタンに目を向ける。


 ――ロンは間違いなくこいつを噛み殺していた。こいつの異形体としての能力は戦闘力を引き出すことではなく、驚異的な回復力。条件なしで分裂できるなら、こいつは既に連合国を埋め尽くすほどに分裂していてもおかしくない。が、少数で攻めてきたところを見ても、そうじゃない。条件はなんだ?


 愉悦に浸りながら会話を楽しむゾルタンを他所に、分析を進めていたショウは現時点で分裂する不死者を前に、ナイフを握りなおす。


「厄介だな」

「お? 俺とも遊んでくれるってか? いいねぇ、やろうか!」


 そう言って、今まで以上に殺意を込めて突貫してくるゾルタンに対し、ショウは口を引き結ぶ。

 自身の負傷を厭わず、相手を殺すためだけに振るわれる特攻。少年兵時代に対峙した、驚異的な回復力を持つバーサーカーたちとの戦いを想起させる戦闘。凶悪といえる力技に、ショウはその厄介さを改めて噛み締める。


 ――殺せないとしても、致命傷からの復帰には時間がかかるはず。よく見ろ


 無理な戦いをしながらも、致命傷は避けようとするゾルタンの動きから、ショウはそう判断した。


 白刃を避け、切り結ぶ中で、相手との膂力差を感じ、ショウは奥歯を噛み締める。しかしそれも、赤い悪魔と恐れられたかつての相棒を想えば、難しい相手ではないようにも思えた。

 無理に受けずに受け流す。よく見れば初動の癖がわかる。懐にある三枚目のドッグタグの擦れる音が耳朶を打つ。存外動けるものだと、ショウは頬に掠る刃を見送りながら、得物を握るゾルタンの腕にナイフを滑らせる。


「げっ!?」


 腕の腱を切られ、ゾルタンは意図せずナイフを取り落とす。痛みに鈍く、自身の回復力に驕りを持っているものへの対処を、ショウは良く知っていた。


 ――取った


 ゾルタンの喉元に向けてナイフを突き出そうと踏み込んだショウは、足を取られる感覚に背筋が凍える。一瞥もせずに、先ほど念入りに致命傷を負わせたゾルタンが動いたと理解したショウは、咄嗟に未だ転がったままの男の頭を蹴り抜く。派手に首が折れた鈍い音が響く、その僅かな時間。眼前の敵から気が逸れていたショウは、胸に衝撃を受けて吹き飛んだ。


「かっ……」


 一瞬飛びかけた意識を何とかつなぎ止め、脈打つ激痛で思考を回す。要人警護の任という事もあり、軍服の下に防弾チョッキを着ていたことが命をつなぎ止めたと、ショウは激痛に顔を歪ませる。


「派手に吹っ飛んだな! 中々のビッグマグナムなんだぜぇ? 効くだろ?」


 呼吸することもままならず、肩で息をしたまま身動きが取れない。身体を起こすにしても、肘をつくことで精一杯の状態でなお、ショウはゾルタンを睨みつける。


「んー、挑戦的な目だ。そうでなくっちゃなぁ!! 楽しくない」


 そう言って、腱を切られた腕を何回か振ったあと、ゾルタンは落としたナイフを拾い上げる。


「しっかし、酷ぇことするなぁ。折角起きたとこだったのによぉ。あらぁ、首がエレェ方向いてらぁ」


 よっこいしょと口ずさみながら、ゾルタンは自分の死体の首を更に捻じり、解体するようにナイフを入れる。とめどなく首と胴から流れ出る血を見ながら、ゾルタンはキッチン車内を見渡し、紙袋を見つけると、首なし死体にそれを丁寧に被せた。


「これでよし。あとは」


 そう言って、未だ立ち上がれず、武器もないショウを見下ろしながら、ゾルタンは不気味に笑う。


「お前の首は良い土産になりそうだ」


 ショウの胸部を蹴り飛ばし、起き上がれないよう銃創部を踏みつけにする。痛みをこらえるショウに向け、ゾルタンは無慈悲にナイフを振り上げる。


「ごめんください」


 場違いで奇妙な挨拶に振り下ろそうとした切っ先を止めたゾルタンは、従業員が逃げ出した扉から、何事もなかったかのように入ってくる腰の曲がった老婆に目を向ける。


「あ?」

「お取込み中の所ごめんなさいねぇ。外にいる人が震えていて、少し寒いのかしら。温かいスープを頂けますか?」


 戦闘を行い、混沌としたキッチン車を見て、なお訪ねて来る杖突きの老婆に、ゾルタンは興がそがれたように嘆息する。


「なぁ、ボケてんのかぁ? 生憎と今は営業中止だ。見りゃわかるだろ? ババア!」

「ダメだっ、逃げろ!」


 ゾルタンの殺意が老婆に向かった事に気が付いたショウは、今出せるありったけの力で声を絞り出す。


「まぁ、なんてこと……」


 組み敷かれるショウと殺意を向けて来るガスマスクの男に目を見開く老婆に、ゾルタンは不気味な笑い声を漏らす。


「自分の頭の悪さを恨みな、ババア」

「やめろ!」


 焦るショウの様子に高揚を覚えたゾルタンは、老婆に肉迫し、容赦なくナイフを振り下ろす。悲鳴を上げる老婆は、突いていた杖を斜めに構え、ゾルタンのナイフの軌道をずらすと、何処からともなく拳銃を取り出した。


「は?」


 眉間に向けて据えられた銃口に、気の抜けた声を漏らしたゾルタンの頭は、炸裂音と共に破裂した。飛び散る脳漿と、膝から頽れるゾルタンを見下ろしながら、老婆は顔色一つ変えずに、転がるゾルタンの無残な死体を見据える。


「いやぁー、なってないですねぇ。ダメじゃないですか。お年寄りには優しくするものですよ?」


 およそ先ほどの老婆のものとは思えない奇妙な男の声色に、ショウは目を見開く。


「その声……」

「老人を見たら生き残りと思え。これは鉄則ですよ、ハイ」


 そう言いながら、皮をはぐように老婆の特殊メイクを脱ぎ去った狐顔の男は、ニヒルな笑みを浮かべていた。


どうも、朝日龍弥です。

実力が拮抗しているか、少し上の相手との多対一。流石のショウも銃器無しでは難しかったようです。

しかし、そこに現れた無害な老婆に扮した狐顔の男……。一体誰なんだ!


次回更新は、4/15(水)となります。

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