大戦の亡霊
先頭車両での戦闘が始まった頃、上級客室にてクルード一家の警護に当たっていたショウは、耳に装着していた小型無線機に入った通信にいち早く反応した。
『ポイントCからHQへ。一般車両で民間人の混乱を確認。over』
「HQ了解。コンディレッド。各員セーフティ解除。スタンバイ」
報告を受けてすぐに無線と上級客室にいるクルード兵を武装化させたショウは、クルード家へ水を向ける。
「襲撃です。現在対処に動いていますが、安全の為すぐに動ける用意を。私の指示に従ってください。いいですね?」
「わ、わかりました」
ショウの言葉に、ダニエル達の顔に恐怖心から緊張が走る。ダニエルは頻りに腰に提げているホルスターを触り、プリシラは子供たちを抱き寄せる。母に抱かれたドロシアは恐怖から身体を震わせ、弟のデレクは何か決意に満ちた目をしていた。
一家の様子に一抹の不安を抱きながらも、ショウは一人考えを巡らせる。
――乗客の混乱状況から、先頭車両での戦闘が推測される。ケイレブの反応は無し。とすれば……
「交戦しているのはあいつらか」
思い立った途端、足を向けたくなったショウは、視界の端に映る一家の存在に踏みとどまる。彼らの隣に控えるロンの視線に、ショウは部下への過保護さを指摘されているようで気まずさを覚える。改めて待機の指示を出そうとしたところで、ロンの表情が変化したのをショウは見逃さなかった。
「伏せろ!」
ショウが指示を出すのと同時に、上級客室の扉が吹き飛んだ。爆風から一家を守るように覆いかぶさっていたショウの耳は、耳鳴りで蓋をされている様だった。眩暈を覚えながらも、ショウは直ぐに拳銃を構える。扉があった場所は空虚な大穴となっており、上から飛び込んで来たものに対して、ショウは容赦なく引鉄をひいた。対象は回転しながら身体を捻り、射線から逃れる様に上級客室の椅子の裏へと飛び込んでいく。
――外したか
「マクレイア大佐!」
「退避を!」
敵影とみられる相手の肩と脇腹へ銃弾を浴びせたものの、どちらも致命傷ではないとし、ショウはその場にいたクルード兵に後方車両への退避を命ずる。
ショウの指示に従い、すぐに行動を起こしたクルード兵とダニエルは、警護対象を連れて安全が確認されている後方へと動き出す。その気配を背中で感じていたショウは、遮蔽物の影から飛び出したガスマスクの男の胸部目掛け引鉄を引く。しかし、男の判断は先を行っていた。
即座にしゃがみ込み、初撃を交わした男は、一気にショウの懐まで肉迫してみせる。突き出されたナイフの切っ先を鼻先寸前で避けたショウは、大腿部に装備していた軍用ナイフを引き抜く勢いで攻撃を仕掛ける。
流れ弾を警戒し、白兵戦に切り替えたショウの切り結ぶ音が響く中、クルード兵は急ぎ後方車両へ続く扉を開く。
「やぁ、ごきげんよう」
扉を開いた先に立っていたガスマスクの男の陽気な挨拶に反応する間もなく、銃口を向けようとしたクルード兵の顔面にナイフが突きたてられる。
「そして、永遠にさようなら」
蹴り飛ばされたクルード兵の死体を前に慄きながらも、ダニエルは歯を食いしばって銃口を向ける。しかし、視界の端に捉えた影に、思わず声を上げた。
「ダメだ、デレク!」
懐から取り出したナイフを手に、敵に飛び込んでいくデレクの背中を、ダニエルは捕まえることができなかった。
決死の特攻を仕掛けたデレクの刃は、他愛なくガスマスクの男の腹に沈みこむ。手元から体の芯まで駆け巡る、肉を貫く不快感に、デレクは思わずぎゅっと目を瞑った。
「げはっ……なんちゃって! そんなんじゃ、俺は殺せないぜ? 坊主」
愕然とするデレクに、ガスマスクの男はけひっと不気味に笑う。そして、少年の勇気をあざ笑うかのように、細い首へと手を伸ばす。男は自身に向けられている銃口を遮るために、少年の首を掴み上げて遮蔽物にしようと考えていた。しかし、男の目論見は空を切る。
デレクの首を掴もうとするガスマスクの男の手よりも速く、忠犬ロンはデレクを突き飛ばし、攻勢を仕掛けていた。低姿勢から後肢のバネを使って一気に男の喉元に食らいついたロンは、勢いそのままに牙を滑らせる。ナイフのように頸動脈を断ち切る動きを見せたロンは、首に食らいついたまま男の背中を足蹴にし、己の体重を使って押し崩す。その動きは、片側の前肢が義肢とは思えない程洗練されたものだった。
ロンが作った敵の隙を見逃さず、ダニエルは直ぐにデレクを抱え上げ、義姉と姪を連れてセーフティーエリアに駆けていく。
「ロン! 行け!」
ショウの指示にすぐに反応したロンは、セーフティーエリアへの扉が閉まる寸前に滑り込んでいく。完全に扉が閉まったのを確認したショウは、眼前の敵へと集中を向ける。
互いにナイフを避け、切り結ぶ中、唐突に向けられた銃口に反応したショウは、相手が引鉄を引くよりも速く、拳銃のスライド部分を引き抜いた。
「あ?」
目にも留まらぬ速さで分解された拳銃を前に、男は頓狂な声を漏らす。その隙をみのがさず、ショウはそのままの勢いでスライド部分を男の喉元に突き立てた。
肉を引き裂く感覚に続き、がっしりと抑え込まれる手元に、ショウは舌打ちを溢す。喉を貫いたと思われたそれは、寸前で男の手に阻まれていた。スライド部が掌を貫通しているのにもかかわらず、男はそのままショウの手を掴み止めている。
ショウは直ぐにホルスターから拳銃を抜くも、使えなくなった銃を捨てた男の無手に抑え込まれ、天上に向けて引鉄を引かされる。そして、体格差のある男との競り合いに力負けしたショウは、そのまま壁に叩きつけられる。
「やっぱりなぁ! その顔! 見覚えがあるぜぇ?」
興奮して上ずる男の言葉を歯牙にもかけず、ショウは男の鳩尾に膝蹴りを見舞って、頭突きを食らわせる。よろける男をさらに蹴り上げると、ショウは引鉄を引く。しかし、弾詰まりを起こした拳銃からは弾丸は発射されず、咄嗟にショウはグリップ部分で男の顎を勢いよく殴りつけた。
脳震盪を起こし、ふらつきながら距離を取った男は、嬉々として笑い声をあげていた。
「けひっ! マクレイア。ショウ・マクレイア! 俺はついてるぜぇ!!」
「生憎だが、俺はお前を知らん」
「そうかぁ? そうだろうなぁ。それじゃあフェアじゃない。俺はゾルタン・ムーア元少尉。お前にとっては、気にもならない路傍の礫ってやつだ。だが、お前は俺たちの間でも有名だったぜ? あのバロウズ大佐の気に入りだってなぁ!」
バロウズ大佐。その名を聞いたショウは、眉根を寄せる。同じ恩師を持ち、かつてショウが尊敬していた元精鋭部隊隊長。その名を示し、連合国軍旧戦闘服を着た男を見据えたショウは、改めてナイフを握りなおす。
「ゲリラ部隊の戦闘服。なるほど、大戦の亡霊か……」
「何? 俺たちってそんな風に呼ばれてんの?」
「黙って死んでいれば、少なくとも英雄扱いはされてただろうな」
「死んでいれば、ねぇ。確かにそうだなぁー」
ぐっと低くなったゾルタンの声から、ショウは死ねなかったことへの執着を感じ取る。
「死んだと言えば! そういや、タオも目をかけてやがったなぁ。あの銃撃オタク、お前の事、狙撃の素質があるすげぇやつだって褒めてたらしいじゃん? 他部隊の俺の耳に入るくらいだからよぉ。さっきの早業しかり、銃に関しては本当にすげぇ才能があったんだろうなぁ? まぁ、ここではお得意の狙撃も披露できねぇし、頼みの銃は壊れちまったけどなぁ? けひっ!」
そう言って、ゾルタンは嘲るように指をさす。
「つまり、お前は俺にとっての高級デザート! 美味しく頂いちゃうもんね!」
「よく口が回る。弱い犬程なんとやら、だ」
「あ?」
大戦経験者を制圧するのは骨が折れると口溢しながら、ショウは弾詰まりの拳銃を捨て、ナイフ一本で構えを取る。
「来い。相手してやる」
ふざけてはいるが、訓練され、動き一つ一つが洗練された敵兵との白兵戦。少しも気を緩められない手練れとの交戦に、ショウはかつての相棒との組手を想起していた。
どうも、朝日龍弥です。
先頭車両で戦うユアンたち。その一方でのお話。
基本的に銃撃戦をすることが多かった、ショウの貴重な白兵戦を楽しんでいただければ嬉しいです。
次回更新は、4/8(水)となります。




