飽和する狂気
陽気の良い昼下がり。列車の運転席まで巡回を終えたケイレブは、異常がない事に安堵しながら、ショウが待つ上級客室へと足を速めていた。
「なんの異常もない。一安心ですね、少尉」
そう声をかけたケイレブは、唐突に足を止めたユアンに首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「そもそも、どうして一般車両のある列車で移動しているの?」
声を潜める事もせずに話始めるユアンに、ケイレブは一つ咳払いをし、小声で耳打ちをする。
「お忍びで移動しているからですよ。僕たちの行動だって、普段はクルード派閥の下級兵がやっている事ですし、不自然さはないはずですよ」
「なるほどね。でも、そっちの方が面倒だと思うんだけどな」
「面倒、ですか?」
どういうことかと首を傾げるケイレブに対し、ユアンは右隣の座席に座っていた男の頭を一瞥もせず切り飛ばした。
突然の行動。辺りに飛び散る大量の鮮血。天井まで飛び散った血の生臭さが鼻を突く。
首を飛ばされた男の対面に座っていた女性は、状況が呑み込めず、身体に浴びた生温かい血を浴びながら、眼前で倒れ込む男を目で追って初めて悲鳴を上げた。
女性の鬼気迫る悲鳴と飛び散る大量の血の雨に、静寂が横たわっていた車両内は、一気に恐慌状態へとなり替わる。我先にと後部車両へとなだれ込み始める乗客たちの混乱は、他者を押しのけ、踏みつぶし、恐怖と焦燥で正に地獄絵図と言えるようなものだった。
「な、にやってんだ! あんた!!」
気が触れたのかとユアンの襟首を掴み上げ、ケイレブは怒鳴り声を上げる。
「敵を見つけたら殺る。当然でしょ?」
「敵? どこがだよ!」
首が無くなり、座席に力なく倒れ込む男を指し示し、ケイレブは憤怒の形相でユアンを睨みつける。
「人である僕たち軍人が、守るべき善なる人を殺すなど、あってはならない行為です! 見ろ! この混乱を! それなのに、あんたは――」
掴みかかり、怒鳴りつけるケイレブを歯牙にもかけず、彼の足を払い、身体を容易に転がしたユアンは、瞬目の間にも腰に提げた剣を抜き払う。ケイレブの鼻先を掠めて振るわれたその剣は、飛び込んで来たガスマスクの男のナイフを、容易に受け止める。
「マジかよ! やるねぇ!」
嬉々とした男の声は、ガスマスクの中で反響し、小躍りするかのように上ずっていた。競り合いになった攻撃を弾く勢いで後方へ飛んだガスマスクの男は、身体を捻りながら距離を取って、華麗な着地をきめる。そして、男はフード付きの外套を脱ぎ去り、連合国軍の旧戦闘服を纏った姿を顕にする。
「その戦闘服は……」
明らかな驚きを見せるケイレブに対し、ガスマスクの男は逆に首を傾げる。
「なぁんでバレたかなぁ? 俺たちの潜伏は完ぺきだったはずだ。事実、そこの坊っちゃんは、ちーっとも気づいてない。一目見た時から思ったが、お前さぁー、何?」
拳銃を向けるケイレブに目もくれず、ユアンにナイフを向けたまま、男は目を離さない。
「良く言うよ。物色するような目向けて来てさ。さっきからずっと気持ち悪かったんだよね」
「へぇーそうか。殺意もちゃんとしまってたってのに。いいなぁ、お前。涼しい顔してさぁ。俺はゾルタンだ。名を名乗れ坊主」
「なんで?」
「はぁ? 名乗られたら名乗るもんだろぉ? どんな教育されてんだよ、今どきの子は――あ?」
回る視界と、見下ろすユアンに、ゾルタンは頓狂な声を漏らしていた。
「殺す相手に話すことなんてないよ。少なくとも僕はね」
迸る返り血を拭いながら、ユアンはにべなく血だまりを歩く。
「何してるの?」
ユアンの姿に息を呑んでいたケイレブは、呆然と構えていた拳銃をおろし、力が抜けそうになる己の足に抗うように立ち上がる。
「こういうことをするなら、事前に相談してほしかったですよ、少尉」
苦々しい顔をするケイレブに対し、ユアンはただ首を傾げる。
「敵前で相談?」
「少尉に聞いた俺がバカでした。とにかく、一般人を巻き込むような手段は辞めて下さい! 少尉ならもっとうまくできたでしょう?」
「だから言ったじゃん。面倒だって」
「面倒って、そういう……」
心外だという顔をするユアンに、ケイレブは眉根を寄せて口を曲げる。
「少尉は全てにおいて言葉が足りていません!」
一言抗議をした後、しんとする車両内の状況に我に返ったケイレブは、慌てて無線を起動する。
「今頃、乗客が後方車両になだれ込んで、パニックになっていてもおかしくありません! 大佐に報告をしないと」
「確かにそうだ。でもちょーっと行動を起こすのが遅いんじゃないの?」
「え?」
すぐ隣に顔を出すガスマスクの男の存在に、ケイレブの反応が遅れた。同時に首筋に感じる熱と、唐突に身体にかかる負重。瞬目の間に行われる命のやり取りに、ケイレブは何が起きているのか理解が及ばなかった。
――生きて、る?
咄嗟に喉元に触れたケイレブは、遅れて来る痛みと流れ出る生温かさに、自分が切りつけられたことを知り、全身が粟立つ感覚を覚える。同時に、眼前には破壊された無線機が転がっており、無線を握っていた手に蹴り上げられた痛みが脈打っている事に気が付く。状況把握すら追いつかない状態で、ケイレブは慌てて目の前に立つユアンと死んだはずのゾルタンを見据える。
「随分なお荷物と一緒に行動してんだなぁ、坊主。庇うこたぁねぇだろ? 捨て置けよ」
「うるさいなぁ、なんで生きてるの? 首飛ばしたんだけど。こっちの人間て、首飛ばしても生きてるものなの?」
「そんなわけないだろ? こっちの人間て、あぁ? お前、セレスト出身か? でも連合国の戦闘服だよなぁ? 男だし。ますます気になるな」
饒舌に言葉を紡ぎながら的確に情報を整理するゾルタンに、ユアンは大きく溜息をつく。
「もういいよ。面倒だけど、付き合ってあげる。さっさと全員でかかってきたら?」
「なんだよ、気付いてんのかぁ。揶揄いがいの無いやつー」
ゾルタンがそう言うと、ガスマスクをした男がもう一人座席の中から顔を出す。それが新たなガスマスクをケイレブの遥か後方に投げると、いつの間にか立ち呆けていた首なし死体がそれを受けとる。生き物の如く蠢く切断面にガスマスクを被せると、その死体は大きく溜息をついた。
「全く、人の話は最後まで聞くって、親御さんに教わらなかったかぁ?」
「……嘘、だろ?」
ゾルタンと全く同じ声が響いてくる事実に、ケイレブは幽霊を見たかのように目を見開く。
「生憎、人の殺し方しか教わってないからね」
「はぁ? なんだよ、その家庭環境。最高に倫理観終わってんなぁ!」
そう言った四人目は、素っ裸のままガスマスクをかぶり、ボックス席の中でゲラゲラ笑っていた。
「増える、異形体……?」
「殺しても死なない男、か。姉さんたちが聞いたら喜びそうだなー」
愕然とするケイレブを他所に、ユアンは面白いものを見たと関心を向ける。
――はじめは二人、今は四人。確実に殺した二人の首と胴それぞれから身体が生えた。気配も消えたし、死んではいたはずだけど、あれは一時的な休眠状態ってことか。なら斬撃が効果ないわけじゃない。一番の悪手は、胴体の切り離し
状況を素早く分析したユアンは、徐に剣を収める。
「面倒だけど、色々試してあげるよ」
そう言って、ユアンは無手で緩く構えると、相手を煽るように指先を軽く動かして見せる。
「んんー良ぃ殺意だぁ……。ほれぼれするぜ。殺し方のフルコースってか? そりゃ楽しみだなぁ!」
ゾルタンたちはそれぞれナイフと拳銃を手に取り、全員が同じ構えを取る。
「「「「殺れるもんなら殺ってみなぁ!」」」」
嬉々として発せられた四つの叫声。増殖する異形。予想の範疇を越えたイレギュラーを前に、スカイグレーの目は少しも揺らぐことはなかった。
どうも、朝日龍弥です。
一人から二人、二人から四人。増殖する敵に、どう対処していくのが正解か……
試すと言ったユアンの考えはいかに。
次回更新は、4/1(水)となります。




