価値観の齟齬
足元から揺れを感じながら、あっという間に過ぎ去る景色を車窓から見やる。上級客室から見えるそれを眺めていたショウは、眼前に座るダミアンの子息たちに目を向ける。
姉であるドロシアは黙々と刺繍をし、弟のデレクは分厚い本を読みふけっている。等の母親は子供達から離れ、自身が携わっている事業の事務作業を続けている。広い上級客室の中で起こる不干渉の間に、ショウは警備をしている精鋭部隊にその場を任せ、徐に上級客室を後にする。
重たい空気感から解放されたショウは、出口付近で伏臥姿勢を取っていたオルギーシェパード――ロンが顔を上げたのを見て、そっと頭を撫でる。心地よさそうに目を細めるロンの顔を見て顔を綻ばせたショウは、その流れで自然と懐に手を入れるも、煙草を置いてきた事を思い出し、大きく溜息をついた。
「どうかされましたか?」
ショウを追って上級客室から出てきたダニエルは、ロンにも軽く笑顔を向けた後、声を潜めて問いかける。
「いえ。ああいう場は慣れていないもので」
列車の中であるものの、貴族それも公爵一家が身を置く場所ということもあり、さながらホテルのような造りをしている客室に、ショウは居心地の悪さを覚えていた。
「それよりも、ダミアン様のご子息は四人だと聞いていましたが、今回中央に向かうのは二人だけなのですね」
「ああ、ええ。次女のビビアンと長男のディーンは、留学中ですので領内にはいないのですよ」
「留学? セレスト大国にですか……」
「ええ。あちらはこちらより広大な大地を治めている国であり、こちらには無い制度がありますから」
「なるほど……」
ダニエルの言から、暗い目をしたまま一言も言葉を発しない二人の子供の様子に、ショウは合点がいった気がした。
「ご子息はいつもあのような感じなのですか?」
「あのような、とは?」
「必要なことだけに応え、プリシラ様だけでなく、互いにも声をかける様子すらないので」
「ああ、それは……兄上は実力主義ですから……」
言いづらそうに言葉を紡ぐダニエルは、自身の若かりし頃を思い返し、僅かに身体を震わせた。その姿を見るだけで、ショウには十分だった。
――二人は侯爵家内で冷遇されている。
「プリシラ様も、ですか?」
「義姉上は良くも悪くも、古式ゆかしいリーコック家の息女ですから。侯爵夫人としてのお役目を果たすことを第一としていますゆえ……」
教育はするが、干渉は最低限。家族の形はそれぞれだと理解はしているものの、正反対の価値観を目の当たりにしたショウは、オルグレン家がイレギュラーなんだと言った旧友の声が頭に響いた気がした。
「そう言えば、大佐の部下の方々は?」
「部下には一般車両の警邏を任せています。敵が入り込む可能性が高いですからね。貨物車輛はロンに調べさせましたが、不審物は探知されていません。異形体も探知されていないので、問題ないとは思います」
「そうでしたか……。ロンくんには、私も個人的に信頼を寄せていますし、大佐殿の部下の方々は優秀な方が多いので、一安心です」
ほっと胸を撫でおろすダニエルに、ショウは目を細める。
「勿論、我々は変わらず全力を尽くします。ですが、何事にも絶対はありません」
「そ、そうですよね。有事の際は、必ず大佐の指示に従いますゆえ。私も元士官候補生ですからね。勿論、現役のアドリアナのようにはいきませんがね。ははは……」
苦笑いを浮かべるダニエルに、ショウは疑問を口にする。
「ダニエル様は何故同道を? 今回の任務はあくまでも公爵一家の護衛です。勿論お守りしますが、厳密に言えば、ダニエル様は護衛対象に含まれておりません。閣下の指示ですか?」
ショウの言葉に、ダニエルは目を伏せる。
「いいえ。私の意志です。私にはエスペル鉄道を運営している責任もありますし、安全を確保するのは私の仕事のうちです。それに、兄上にとって、私の命にはそれほどの価値はありませんから……」
乾いた笑みを浮かべたダニエルは、不意に口を閉ざすと、口元を歪ませる。
「ですが、クルード家の次期領主筆頭は、長男のディーン、次点で私なのです。この意味が分かりますか?」
「閣下の子息であるデレク様ではないのですか?」
「そう、そうなのですよ……」
喉奥から絞り出す様に声を漏らしながら、ダニエルはぎゅっと下唇を噛み締める。
「無価値とされてきた私よりも、兄上に価値を見出されていないデレクが、どうも不憫で……。以前の私は横暴に振る舞う事で自分を保っていましたが、あの子は違う。言葉数は少ないですが、とても繊細で優しい。まだ九つだというのに、出来の良い兄を持ってしまった故に、自分には価値がなく、自己を犠牲にすることに価値を見出してしまっている」
「なぜ、そうだと?」
「以前、襲撃があった際、私たち家族も一緒にいましてね。あの時、自分の身体を盾に、ドロシアを守っていました。幸い誰も怪我はありませんでしたが。私があの子くらいの子供だったなら恐怖が勝って動けない。何故そうしたのかと聞いた時、あの子、何と言ったと思います?」
悲し気に語るダニエルの言葉を、ショウは黙して待つ。
「いくら公爵家とはいえ、身体に傷がついてしまったら価値が下がってしまう。嫁ぎ先で軽んじられてはいけないから、と。兄上に自分より“価値”として認められている姉を守ることが、自分の価値だと思っているのです。それを聞いて、私は思わず黙ってしまいました」
目を伏せながら、拳を握るダニエルの言葉には、懊悩が滲んでいた。
「褒めてしまったら、認めてしまったら、あの子は本当に自分の価値をそれしかないと思ってしまうんじゃないかと。怖くなってしまいまして。兄上なら、褒めていたのでしょうか……」
「閣下はなんと?」
「家族の無事を確認次第、そうか、と。本当に兄上らしいといえば、そうなのですが……」
予想通りの反応に溜息すら出ないショウは、小さくなるダニエルに水を向ける。
「事情は分かりましたが、ダニエル様はご自身も顧みてください」
「え?」
「ダニエル様も一家の主。エスペル鉄道の運営を任された侯爵です。社員とのやり取りも見ていましたが、少なくとも私からは慕われている様に見えました。それは間違いなく貴方様が努力して勝ち取った地位です。愛妻家で家族にも同様の愛を注がれているダニエル様は、十分価値ある人だと思いますよ」
ショウの言葉に目を丸くしていたダニエルは、ほどなくして柔らかな笑みを浮かべた。
「価値が無いと決めつけていたのは、私自身という事ですか……」
「そもそも、価値のない人などいないというのが、小官の考えです。生きているだけで価値がある。そこにどう付加価値を張るかは、自分次第ですがね」
「生きているだけで……ははは、耳が痛いですな」
そう言ったダニエルの表情は、先ほどより晴れやかな顔をしていた。
* * *
上級客室からキッチン車両を経て置かれている一般車両。ボックス席が均等に並ぶ車両にて、ユアンとケイレブは定期巡回を行っていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまないねぇ」
席を立っていた老婆が、車両の揺れに足を取られて倒れそうになったところを、ケイレブはすかさず助けに入っていた。
「私ったら、兵隊さんの手を煩わせるなんて……」
「いえいえ、お気になさらず。荷物はこちらで大丈夫ですか?」
「あらまぁ、ご親切に。ありがとうございます」
柔和な笑みを浮かべる老婆へ、甲斐甲斐しく手を貸すケイレブに、ユアンはうんざりそうに眉根を寄せていた。
「なんですか、少尉」
笑顔で手を振り、老婆と別れたケイレブは、変な目で見てくるユアンに水を向ける。
「なんであんなことするのかなって」
「なんでって。人として当然の行いですよ、少尉」
「そうなの? 変わってるね」
「変っているのは少尉です。少尉の国ではないんですか、こういうこと」
「多分、ないかな。ほんと、面倒だよね。ここって」
辟易するユアンの言葉に、ケイレブは引き気味に顔を渋らせる。
「少尉、俺は度々少尉の人間性に疑問があります」
「これが文化の違いかぁ」
そう言いながら立ち止まったユアンは、改めて車両内をぐるりと見渡す。顎を抱えて首を傾げるユアンに、ケイレブは大きく溜息をつく。
「早く行きますよ、少尉」
急かすケイレブに、ユアンは黙したまま踵を返した。
どうも、朝日龍弥です。
家族愛、仲間との絆を強固にして生きてきたショウと対照的な貴族の姿。
そして、根本的にどことなくズレているユアンとケイレブ。
培われたものはそれぞれ違う。
次回更新は、3/25(水)となります。




