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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
三十八章 蠢く狂気
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獅子のプライド


 連合国の南部にあるクルード領は、海を隔ててはいるものの、同盟を結ぶセレスト大国の隣に位置している。元々商業国家であることにも加え、港を多く持つクルード領は、連合国の物流の要になっている。ここ、パナマ港もクルード領の貴族が管理する港の一つである。


「随分栄えているんだねー」

「パナマ港は輸出入や隣国との外交で使われることが多い場所ではありますが、漁港の一つでもありますから。一般漁港に近い場所では、こうやって朝市が開かれているんです。というか、少尉。今は任務中ですよ? 何してるんですか!」


 いつの間にか市場で購入していた魚の姿焼きを頬張りながら、話に耳を傾けるユアンを見て、ケイレブは明らかな嘆息を見せる。


「珍しかったから。君も食べる?」

「警邏中でもあるので、市場の犯罪の抑止力にもなりますけど……」

「偉い人との話は僕ら聞けないし、周辺の調査しろって言ったのはあの人なんだから、これくらい何も言わないと思うよ。あの人だって今頃高級なモノ食べてるでしょ」


 そう言って、ユアンは目に付いた屋台で買った揚げ物をケイレブに差し出す。差し出されたものを断ることはできず、ケイレブは認められている事でもあるからと、甘んじてそれを受け取る。


「……ありがとうございます。珍しいですね。少尉が俺に差し入れくれるなんて」

「まぁ、僕のお金じゃないからね」

「んえ?」


 かぶりついたまま固まるケイレブに構わず、ユアンは次の屋台を物色し、小麦生地で巻かれた食べ物を購入している。


「じゃ、じゃあ、誰の……?」

「あの人の財布から拝借したお金だけど?」


 何か悪いかと小首を傾げるユアンに対し、ケイレブは青い顔をして自分の手の中にある揚げ物を見たのち、真っ赤になってユアンを睨みつけた。


「少尉、まさか……大佐の、財布から……?」

「? そうだけど?

「少尉! それは窃盗ですよ!?」


 怒鳴りつけるケイレブに、ユアンは片耳を抑えながら買ったものを頬張る。


「大丈夫だよ。あの人気づいてるけど何も言わないし、お金に無頓着みたいだから」

「ダメなものはダメです!! ちょっと、もう何も買わないでください!」

「えー」

「少しは真面目に仕事してくださいよ!」


 声を荒げるケイレブを歯牙にもかけず、ユアンは人混みの中に点在する異質な気配を感じ取っていた。




     *    *     *




 市場から近い海辺の高級レストラン。海産物を使った高級料理が並ぶテーブルに着き、糊のきいた礼服を纏ったショウは、慣れた手つきで海老にナイフを通し、食事を終える。


「口に合いましたかな? マクレイア大佐」

「ええ、勿論です。ダニエル様」


 そう言って、ショウは眼前に座すダニエル・クルード侯爵に目を向ける。兄であるダミアン・クルード中将とは違い、丸みのある体系をもつ彼は、以前のような弱気な姿勢はなく、寧ろ柔らかな人の好い笑みを浮かべる様になっていた。


「息災で何よりです」

「ダミアン様も。侯爵になられたとお聞きしております。遅ればせながら、祝福申し上げます」

「いえいえ。これもエスペル鉄道が軌道に乗ったおかげ。妻の実家であるペンフォード家の支えあってこそ。私一人ではここまでには成れませんでした。それもこれも、マクレイア大佐に我々一家の命を救っていただいたのが始まりです。本当に、大佐殿には礼を尽くしても足りない位です」


 そう言うと、ダニエルは改めて深々と頭を下げる。


「ダニエル様! いけません」

「いいんですよ。ここにはあなたと、ベック大尉しかおりませんから」


 そう言って、慌てるショウを諫めたのち、ダミアンの部下であるアンソニー・ベック大尉に視線を向ける。


「礼も兼ねてお呼び立て致しましたが、そろそろ本題に入らせていただきましょう。ここからは、きちんと貴族として振る舞わせていただきます」


 ダニエルがそう言うと、ベックは人を招き入れる。一人は凛とした佇まいで高級なドレスを着こなす婦女と、二人の年の離れた姉弟。子供たちは明らかに貴族の子女、子息然とした佇まいで、母である婦女についている。


「こちらは、兄上の妻で、私の義姉上であるプリシラ・クルード公爵夫人。そして、私の甥姪。ドロシアとデレクです。義姉上、こちらが兄上の命でいらっしゃったショウ・マクレイア大佐だ」


 ショウは紹介を経て、その場で立礼をする。すると、三人は手本のような美しいカーテシーと貴族の礼をして、再び黙してダニエルの言葉を待っていた。


「もう下がって良いですよ、義姉上」


 指示が出ると、プリシラは粛々と礼をし、二人の子供を一瞥もせず踵を返す。そんな母に倣い、二人の子供は一言も発せず礼をして後に続く。

 扉が重々しく閉じたのを確認し、ダニエルは緊張から解き放たれたようにほっと息をつく。


「では、話を戻しますが。単刀直入に言うと、マクレイア大佐には、義姉上たちの護衛を頼みたいのです」

「確かに、依頼には要人警護とありましたが……」


 異形体(バリアント)対策部隊への依頼として、陸軍元帥にクルードの要求が通ったことを鑑みて、何か異形体に関係することになるのかと、ショウは一人考えを巡らせる。


「昨今、クルード領ではハミルトン領のように、何度も襲撃がありましてね。先日、我が領との境にあったハミルトン領の基地が陥落したのはご存知か?」

「ええ。耳にしております」

「それがクルード領によるものだと、ハミルトンは躍起になっていましてね。そのことについて、兄上は歯牙にもかけていませんが……」

「それと今回の要人警護に関係が?」


 関係性の見えないダニエルの話に、ショウは疑問符を浮かべる。


「先ほども言いましたが、クルード領でも要人が襲撃を受けております。襲撃者は撃退しておりますが、そのどれもが姿を消していまして……」

「姿を消す?」

「いえ、その。どういえばいいか……」


 説明に困るダニエルに、ベックが代わりますと話を続ける。


「襲撃者は全て鎮圧、排除しましたが、死体がどれも消えているのです。その為、我が領内でも仲間内で不信感が募っておりまして」

「なるほど、それで小官の下に話が来たという事ですか」


 消える死体。敵の死体を何者かが目的をもって持ち去っている。その事実は、襲撃者の痕跡を残したくない確かな理由を感じる。

 襲撃者が異形体だったとしたなら、異質性からも一般兵が手に負える相手ではない。そうでなかったとしたなら、敵陣営が既に潜入している可能性もある。二つの可能性を鑑みての依頼とすれば、どれも納得できるものだと思いながら、ショウは家族の安全を第一に動いている様子のダミアンに意外性と感心を覚えた。


「複数の襲撃者はどれもガスマスクをつけており、それぞれ確認戦果として敵の死亡を確認しています。しかし、一瞬でも目を離すと、その死体は消えているのです。中には殉職者も出ています」

「確認戦果としているということは、遠目からも死亡が確認できるような状態ではあるということか?」

「はい。どれも頭を撃ち抜き、胸を撃ち抜いています。物によっては爆撃による死体の大幅な損壊も確認されております」


 ベックの話を聞き、その分なら死亡確認の甘さから起こるものではないと理解したショウは、眉根を寄せる。


「ハミルトン基地にも、同じような事象が見られると? 確か、調査はまだ完了していないはずですが……」

「ええ。シーザー・ハミルトン少佐は、情報開示を拒んでおりますから」


 にっこりと笑みを浮かべるダニエルの所作からは、どことなくクルードの系譜が感じられる。その様子から、ショウはクルード側が確信する情報を得ていると理解した。


「それで、ですが。兄上の奥方であられる義姉上と、甥姪たちも先日襲撃を受けましてね。幸い警戒を高めていたため、ベック大尉率いる精鋭部隊が撃退しましたが、クルード領では未だ異形体に関する対策は十分と言えません」

「中央区は異形体を探知する仕組みがあります。襲撃が頻繁に起こる領地から、中央区の別邸へご家族を安全にお連れするようにと、中将閣下から仰せつかっております」


 護衛任務を共にするベック大尉の言葉に頷きながら、ショウは依頼の全貌を把握する。これから起こりうる可能性を考えていたショウの耳に、エスペル鉄道の汽笛の音が不穏に響いた。


どうも、朝日龍弥です。

ダミアンは幼い頃からの婚約者と順当に結婚し、子供も四人。

対してダニエルは落ちぶれた事もあり、何名か婚約者を変えて、現在の奥さんに落ち着きました。第二部でショウ達が警護した時にいたように、娘が一人と息子が一人。これからも増える予定ではあるようです。

ダミアンを長としたプライドは、まだまだ広がっていくようです。


次回更新は、3/18(水)となります。

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