砦奪還作戦(前編)
作戦決行を待つ司令部では、クルードとハミルトンの顔合わせが行われていた。
「いやぁ、ダドリーよ。貴様も、大佐となったか。いやはやそれにしても、お互いもういい年になって来たものだな」
「いえいえ、中々閣下のようには行きますまい。軍に入ったのが多少遅れたとはいえ、私が今の閣下の地位に行くにはまだまだ先が長い」
口元を緩め、クルードは満更でもないように高笑いをする。
「はっはっは! もうすでに貴族での地位はあるが、軍での地位もあるというのは気持ちのいいものよ!」
「それはそれは。軍での地位を築くのに、一体どれ程の金が動いたのでしょうな」
ハミルトンの狡からい目に、クルードは口角を引き上げる。
「ふん。何事も所詮は金よ! 貴様も、もう少し包んだらどうだ?」
「ははは! それも悪くないですなぁ!」
クルードに付き従う各少年兵部隊の教官たちは、今まさに軍への賄賂話を聞いて、呆れかえっていた。その中でもペトロフは憤りを感じずにはいられなかった。
――今、少年達が戦場に出て行くというのに、この人達は……
ペトロフは後ろ手に組んでいた拳を力強く握りしめた。
――すまないみんな。不甲斐ない私を許してくれ。死んではならないよ
ペトロフはゆっくりと目を閉じた。
* * *
死体を貪るカラスの鳴き声と、それから漂う腐乱臭を感じながら、少年たちはパーシーの号令を待つ。初めての戦場で、作戦内容を聞いた少年兵達の士気は下がる一方だった。
目の前に広がる惨憺たる光景を見て、自分達もああなるのだと見せつけられているようで、恐怖に呑まれ始める。
緊張感で息を荒くする者、今にも泣きそうな者など、目の前に転がる死という現実に逃げ出したくて仕方がなかった。
「いいか! ガキども! 俺の言った通りの陣形を保ちながら突っ込め! お前らの足りないオツムでもわかりやすいだろう?」
「足りないのはどっちだか……」
その言葉を聞いてショウは悪態を吐く。パーシーの言う陣形とは、第三部隊を横列に展開し、その後ろに第一、第二、第四部隊を縦列に並べ、その後ろにパーシーの指揮する中隊を置いたものだ。完全に自分たちを肉壁にされる事となり、ショウは溜息しか出ない。
『こちら後方班。思ったより準備に時間がかかってます、夜明けまでに間に合うかどうかギリギリですねぇ、ハイ』
ドローンと共に、新しく導入された小型無線機から声がし、ショウは耳につけたそれに手を当て応答する。
「なんとか間に合わせてほしいんだが、なんとかならないか?」
『なんとかしたいのは山々なんですが、こっちにカールがいないので、全て起動させるのは無理かと……』
ううんと唸るヨダに、ショウは頷く。
「カールは夜戦病院に駆り出されている、いないのは仕方がない。出来れば全機出撃せたいが、なんなら半分でもいい。ラウリの方の準備はどうだ?」
『アテはいつでもいけるが!』
頼もしい声が聞こえ、ショウは思わず笑みをこぼす。
『他にも人員を貰ってますから、調整が終わり次第出撃します。なんとかやってみますよ、ハイ』
「頼んだ。第三部隊の命運はお前らにかかっているからな」
『えー、今それ言っちゃいます? プレッシャーにならないかとか、考えませんかねぇ、ハイ?』
いつものペースを崩さないヨダを、ショウは鼻で笑った。
「お前がプレッシャーを感じるような玉かよ?」
『酷いですねぇ、私の事なんだと思ってます? まぁいいですけど、上手くいくといいですがねぇ、ハイ』
「パーシー少尉の号令で俺達は動き出す。お前らの準備が整うまで、俺たちはどうにか敵の砲撃から逃れるしかないな。開戦したら準備が出来次第出撃させろ。敵に俺達を撃たせるな」
『承知しました。なんとかしますよ、ハイ。out』
ヨダとの通信を終え、ショウは小型無線機の性能に舌を巻いた。
「……ほんとに、こういう物を作るのは得意なんだな」
ショウは白衣を着た幼い少年を思い浮かべ、チラつく少女の面影に目を瞑る。
複雑な感情を諫め、次は各小隊長に呼びかける。
「こちらマクレイアだ。思ったより準備に手間がかかっている。このまま開戦した場合、パターンBで行く。手筈通りに頼む」
『こちらエリック。了解した』
『こ、こちらティム。ほ、本当に大丈夫なんだろうな』
淡白に応答するエリックとは対照に、ティムは不安そうにしていた。
「上手くいくかの保証はできない。なんせ、準備が間に合ってないからな。でも、お前らはあれの脅威を、身を以て知っているんだろう? 死にたくなかったら俺の指示通り兵を動かせ」
『ッチ。お前の言うことを聞くのは癪だが、このままタダで死ぬのはごめんだ。今回はのってやるよ。クソ野郎が』
悪態をつきながらも、存外協力的なジャックに、ショウは目を丸くした。
『マクレイア、お前の指示で動く事に異論はない。しかし、その場合パーシー少尉の命令に背く事になるが――』
『おいおい、エリック。お前死にたいのか?』
『死ななくて済んだ後の話をしているんだぞ、ジャック』
ショウは、つくづく慎重な男だと小さく溜息をつく。
「安心しろ。お前らが責任追及されることはないだろう。全て俺の指示に従ったまでだとでも言えばいい」
『なら、俺は構わない。成功を祈る。out』
『第一部隊了解。out』
『キザ野郎が。out』
各小隊長との通信も終え、東の空を見る。間も無く夜が明ける。
「そろそろか……」
「ショウ、緊張してんのか?」
隣にいるソルクスがショウの顔を覗き込む。
「事はそう上手く運ばないかもしれない。お前は緊張しないのか?」
「うーん。なんがゾワゾワする?」
武者震いをするソルクスを見て、ショウはどこかホッとした。
「そうかよ。なんか安心した」
「なんで?」
「お前みたいのでも緊張すんだな」
「うーん、これが緊張なんかな?」
ソルクスは首をかしげる。
「そういう事にしとけよ」
「ま、なんでもいいけどよ!」
「頼りにしてるぞ、遊撃隊長!」
「おう!」
ソルクスの後方から陽の光が差し込んでくる。それを合図にパーシーの号令がかかる。
「進めー!!」
パーシーの号令で、第三部隊から侵攻を開始する。
「始まっちまったのは仕方がない! 横列に陣形を保ちながら進め! ここに塹壕はないが、常に遮蔽物となる山岳の岩を意識しろ! 今は砲撃から身を守ることだけを考えろ!」
「イエッサー!」
ショウはすぐさま各小隊へ呼びかける。
「各小隊は陣形を縦列から横列に展開! 前方に遮蔽物を置きながら、第三部隊に続け!」
『『『了解!』』』
号令と共に、直ぐに予定している陣形を崩し、バラけながらも、それぞれ統率のある班に分かれ、横に広がっていく。
一つにまとまって砲撃と銃撃の的になるよりも、ある程度ばらけた方が相手も的を絞り辛いだろうと判断した結果だった。
陣形を崩していく少年兵部隊を見て、パーシーは困惑した。分厚く作った肉壁が見る見るうちに薄くなっていく。
「な、なんだ! どういう事だこれは!!」
「パーシー大隊長殿! こ、これではあまり肉壁の意味がありません!」
「あ、あのクソガキども!! 上官命令に逆らうとは!! 始まってしまったのは仕方がない! ガキどもを盾にしてなんとか進め!」
「だ、大隊長殿! 敵の砲撃が来ます!」
「なっ!」
砦に設置された砲台が火をふく。遮蔽物の岩を削り、少年兵を弾き飛ばし、中隊にも降り注ぐ。まさにその攻撃力は圧倒的なものだった。
「クソが! ばかすか撃ちやがって!」
「小回りの利かない砲台なのか。これだと後方にいる方が砲台の的になるな」
「ざまあねぇな! 今頃あの蛇みたいな顔した少尉、死んでたりしてな!」
「戦場に出て、安全な場所があるなんて思っていたんなら、あの少尉は相当だぞ」
いい気味だと言いうソルクスに同調しながら、ショウは小銃を握りしめる。
「今頃逃げてたりして……って、あれ? そういや砲撃止んだか?」
「ソル! 頭をあげるな!」
「おわ!?」
不用意なソルクスの頭上を銃弾がかすめていく。
「あっぶねぇー! 助かったぜ!」
「砲撃が止んだ今、進みたい所ではあるが、銃撃兵が邪魔だな。砲撃もすぐ次弾装填して来る。クソ! ヨダはまだか!」
「隊長ー! ソルさん!」
「……」
銃撃から身を隠しながら、ロニーとレオンがショウ達に合流する。
「ロニー、レオ! 負傷者は!?」
「おわっと! あっぶなぁー! この状況じゃ分かりませんよー! 死人は確認してませんけど! 撤退できないですかー!?」
動きがある所に、敵兵から容赦なく鉛弾を撃ち込まれるため、少年兵部隊は動くに動けない状態でいた。
「撤退命令がない限り、俺たちは進むしかない! 退いたらパーシー少尉に撃ち抜かれるぞ!」
「進むも地獄! 退いても地獄! くっそー!! 絶対死ぬー! 死ぬ! 死ぬー!」
「喚くなよオットン!」
「オットンじゃないですよー!!」
飛び交う銃弾の雨に、ロニーは悲鳴を上げる。
「……隊長。このまま、もたない」
戦斧を握りながら、レオンはショウに指示を仰ぐ。
「ヨダ達が来るまで持ちこたえるしかない! それまで何とか耐えるんだ!」
「……諾」
* * *
「次弾装填急げ!! モタモタするな!」
「イエッサー!」
砦の上に展開する砲兵達は忙しなく、だか、余裕を持って作業を進めていた。
「しかし、あまり気分のいいものではないですね」
「なんだ、不満か?」
顔をしかめる砲兵に、S派の砲兵分隊長は、顔を見ずに尋ねる。
「い、いえ……ただ……」
「子供に砲撃を打ち込むというのは誰だって気が引けるさ」
砲撃を撃ち込んだ先を見て、分隊長は目を細める。
「分隊長殿もそうお考えになられるんですね」
「私の息子も、今年で十二になる。子を持つ親であれば、いや、そうでなくても、嫌になるさ。だが、敵として立ちはだかる者は何人たりとも撃ち砕かねばならん。非道なA派に鉄槌を下し、これ以上戦争を長引かせてはならん」
「分隊長殿……」
拳を握りしめる分隊長に、若い砲兵は唇をかみしめる。
「次弾装填完了しました!」
「よし! 砲撃用意!」
「撃たなければこちらが、か……。ん? なんだ? あれ? カラス?」
砲兵の一人は、砦の上空を旋回するカラスの群れを見て、何か違和感を覚えた。そして、それらから自分達に向けて何かが落ちて来るのに気づいた頃には、もう遅すぎた。
「放――」
砲兵分隊長の掛け声とともに、砲台ではなく、その周辺に爆煙が上がった。
「うわぁああああ!!」
「ぎゃああ!!」
「な、何が起きた!?」
吹き飛んだ自分の部下を前に、分隊長はたじろいだ。
「分かりません! て、敵の砲撃? い、いや! 爆撃です!!」
「何だと!?」
砲兵分隊長は辺りを見回すが、それらしきものは見当たらず、先ほどまで余裕を見せていた顔に焦りが見え始める。
「早く態勢を――」
次の指示を出そうとした時、自分の目の前に丸い鉄の塊のようなものが降って来たのが目に入った。瞬間、砲兵分隊長の頭は爆発で吹き飛ばされていた。
「うわぁああああ!!」
「ぎゃあ!!」
「分隊長殿ー!! ぐぁああ!」
上空から爆撃を受け、砲兵部隊は完全に混乱に陥っていった。
* * *
「ん? 火薬の量ちっと多すぎたかも知れね」
大隊の後方の大きな岩陰に、ヨダとラウリ率いるドローン班が砦の上を旋回するカラス型のドローンを操り、空爆を行っていた。
「良いんですよ、火薬が多い分には。あの催涙ガスもナイスですよ、ハイ」
「アレやれば混乱するべ。次のカラスさ飛ばすか?」
「どんどん行きましょう。今まさに隊長達が銃撃で足止めくらっていますから。それにラウリが作った爆弾も、たんまりとありますからねぇ、ハイ。正直ここが爆発しないかの方が私は不安ですけどねぇ、ハイ」
ヨダは用意された手榴弾の量を見て、顔を引きつらせる。
「ヨーさんは案外心配性だでな。ほのぐれの事はさすけねぇよ」
「たまにラウリの言っている事分からないのが、辛いとこですねぇ、ハイ」
「何が言ったがか?」
「いえ、何も。さて、皆さん。そろそろ中枢部にも取って置きのを落としましょうかねぇ。イヒヒヒヒヒ。第二爆撃開始ですよ!」
* * *
今まさに砲撃が来ると思った瞬間、敵の砲台が置いてある箇所から次々と爆発が起き始めたのを見て、中隊に撤退命令を出していたパーシー少尉は、目を見開いたまま固まっていた。
「な、なんだ? 何が起きている!?」
パーシー率いる中隊で、砦の上を旋回しているカラスに気付くものはいなかった。
「ヨダ! 良いタイミングだ!」
砲台の近くで爆発が起こり、続いて催涙性の煙幕が起こったのを見て、ショウは勝利を確信する。ショウの目論見通り、敵兵は何が起きたのかわからず混乱に陥っていた。
「よし! 今だ! 駆け抜けろ!」
「「うぉおおおおお!!」」
第三部隊を筆頭に、各小隊も侵攻する。砦の前まで来ると、砲台は機能せず、銃撃のみが飛んで来る。ショウ達は上手く山岳の岩陰を遮蔽物とし、攻撃をいなす。
「次の空爆を待て! それまで前に出るのは許さん!」
「「イエッサー!!」」
ドローン班が次々と爆弾を投下し、砦の門を爆撃したのを見計らい、ショウは指示を出す。
「総員着剣! 抜刀! 突撃準備!」
ショウの指示で、銃撃兵は小銃に短剣を装着、白兵は長剣を抜刀する。
「ソル! レオ! 遊撃は任せた! 砲台付近にいる連中を黙らせろ!」
「了解! 待ってたぜ!」
「諾!」
合図を受けたソルクスは、銃弾の雨を颯爽と駆け抜けながら砦内部へと向かう。ソルクスに続くように、レオンも戦斧を抜き、砦に斬り込んでいく。
砦の上から銃撃を行なっていた敵兵は、頭上から降って来る爆撃で無惨にも飛び散っていった。中枢部も爆撃を受け、砦内は混沌としていた。ドローン班はソルクスの砦侵入を確認すると、爆撃投下をやめ、撤退する。
砦内に侵攻したソルクスは、素早い動きで敵の首をナイフで次々と撫でていく。
「己、ここの敵倒す。砲台、任せた」
「言われなくてもな!」
レオンに門付近の敵を任せ、ソルクスは一人、砲台を目指す。
「な、なん――がっ!」
「こ、子供!?」
「躊躇するな! 敵だ! 撃ち殺――」
ソルクスは躊躇なく指揮官と思われる者の首を掻き切っていく。返り血を浴び、全身を赤く染める。
子供だと躊躇した者、迷いなく殺意を向けた者、どれも等しく首を切られ、ソルクスの前に倒れていった。
――何だろうな……。何か頭がスッキリした気がする
「うわぁああ!」
「ぐぇっ!」
「がぁっ!」
「このガキ!」
敵兵の一人が小銃を構えると、ソルクスはすぐに近くの敵兵の後ろに回り込み、盾にして銃弾を退ける。
「ぎゃあっ!」
「馬鹿野郎! こんな所で撃つな!」
「そんなこと言ったって!」
「く、来るぞ! ――がっ!」
「クソ! クソ!」
――こういう感情なんていうんだっけなぁ……
予め出ていたショウの指示で、砲台付近にいる敵兵を襲撃し、まず砲台を制圧する。
「ぎゃ!」
「ぐげっ!」
「うげっ!」
「く、くそ! なんで! 君みたいな……子供が!!」
振り向いたソルクスの顔を見た砲兵の顔はみるみる青ざめて行く。
「あ、悪……魔……」
ソルクスは最後の一人の首を掻き切ると、少し荒くなった息を整える。
「……なんだよ、もう終わりかよ」
ふと、ソルクスは自分の顔に手を当てる。
――あれ? 何で俺、笑ってんだろ?
「……まぁ、いっか」
ソルクスは首を傾げながら、砦の中枢へと進んでいった。
どうも、朝日龍弥です。
ついに始まりましたね。
パーシー少尉はドローンは偵察にしか使えないと思っていたので、本当に何が起きているのかわかっていない状態です。
ヨダの発想の勝利。
次回更新は、1/2(水)となります。




