北緯四十度線戦
第二次化学戦争が始まってからというもの、大陸を二分し、北のS派、南のA派と別れている。
現在、S派の勢いに押され、A派は戦線を北緯四十度地点まで引き下げることを余儀なくされていた。そのため、海面上昇と地殻変動によって、五大湖とミシシッピ川がつながったミシシッピ湾北部での戦闘は激化。防衛戦に人員を回した結果、ロッキー山脈地帯では人員不足が仇となり、コロラド地帯は地図の半分まで攻め込まれる事態となった。
今まで山脈と太平洋を味方に優勢を保ってきた第一師団は、長期戦により消耗し、ついには砦は陥落。まさに虫の息となっていた。
このことから、少年兵制度が導入されて四ヶ月、ついにA派は少年達を最前線へと送り出すことを決定した。
「第一部隊と第二部隊の衛生兵は西側の負傷者を救護しろ! 第三部隊と第四部隊の衛生兵は東側だ!」
「「サー・イエス・サー」」
「こっちにも負傷兵がいるぞ! トリアージ早くしろガキども!!」
「突っ立ってると、お前らも戦場に叩き出すぞ!」
初めて嗅ぐ血と硝煙の匂い、四方八方から聞こえてくる嗚咽と苦痛に歪む声に、初めて戦場に出た少年達は、不安と恐怖で固まってしまう。
「この人は軽傷なのでクラークが応急処置を! ネイサンはこの人の止血をしてください! こっちに止血帯持ってきてください! カールさんは縫合セット持ってきて!」
まだ声変わりのしていない声を野戦病院のテントに響かせ、少年兵第三部隊衛生兵長を務めるコナーは、陸軍第七連隊の衛生兵長、パウルス・リドナー軍曹から受けた指導を活かし、部下に的確な指示を出し、自分達でできる範囲の処置を行っていた。
「コナーちゃん! こっちは大丈夫よ!」
「応急処置終わったっす!」
「縫合セット持ってきたよぉ~!」
「ネイサンとカールさんはこのまま重傷患者を奥の処置室に運んでください! ここでの処置は僕たちではできません! クラークはこの人に鎮痛剤と傷の縫合をお願いします! 僕は第四部隊の方を見てきます!」
コナーはそれだけ言い残し、急いで第四部隊の方へと走って行った。
「コナーは凄いな~。僕もうダメだよ~」
「本当に凄いっすよ、コナーは。オイラももう心折れそうっす……」
弱音を吐く二人に、ネイサンが声をかける。
「コナーちゃんだって、不安だし、怖いのよ」
「そうっすか? いつも通りに見えるっすけど……」
「そういう風に装ってるのよ。きっと、前線で戦ってるみんなが頑張っているのに、自分だけ立ち止まっていられないから、無理してるのよ」
ネイサンはコナーの手が震えているのを見ていた。
「ほら! わかったら早く縫合しちゃいなさい! カールも行くわよ!」
――全く、あんたがそんなに頑張っているんだもの。私達も立ち止まってなんていられないじゃない!
「は、はいっす!」
「あ~、ネイサン待ってよぉ~」
ネイサンはコナーの様子を横目で見ながら、要救護者を処置室となっているテントへ運び始めた。
第四部隊の方へ手伝いに行ったコナーは、混沌とした状況に顔を歪めた。どこから手をつけていいか分からないのか、全てが中途半端となっていて、コナーにも焦りが出てくる。
バタバタと動く第四部隊の衛生兵長のヤコブ・ウェーダー二等兵を見つけ、状況を確認しようと声をかける。
「あ、あの! 今こちらはどういう状況に――」
「俺に聞くな! って、お前第三部隊だろ? 俺に指示を仰ぎにくるなよ」
ジト目のヤコブは、焦りから状況把握どころか、混乱していた。
「俺に聞くなって……。あなたが状況を理解できなくてどうするんですか!」
コナーは、自分より背の高いヤコブの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
「な、なんだよ!」
「みんな不安なんです! どうしていいか分からないんです! 僕たちが冷静にならないといけないんです! 僕ら衛生兵だけじゃない! 負傷兵だって生と死の間で不安なんだ! 少し落ち着いてください!」
「あ、お、おう……」
普段怒鳴ることなど一切しないコナーに気圧され、ヤコブは落ち着きを取り戻す。
「で、でも、どうしたらいいか……」
「僕も手伝いますから。今は僕たちにできることをしましょう」
ヤコブの手を取り、コナーはすべきことに目を向かせる。
「わかった……」
「うん。まずはトリアージです!」
コナーは肺一杯に空気を吸い込んだ。
「皆さん! 慌てないで! 僕とヤコブ二等兵の指示に従ってください! もう一度そちらからトリアージを! 止血帯と縫合セットをもっと持ってきてください! あと鎮痛剤と抗生剤も!」
コナーは休まずに手を動かし、指示を飛ばし続けた。
動いていないと、止まってしまうと、テントに立ち込める生臭い血と硝煙の匂いに気が狂ってしまいそうで。
――前線は今どうなっているんだろう……。ショウさん、ソルさん、みんな……
前線で戦っている第三部隊がどうなっているか、不安で一杯になる気持ちを押し殺し、コナーは手を動かし続けた。
* * *
血と硝煙の匂いは、衛生兵のいる後方の野戦病院のテントの中にだけ立ち込めているわけではない。最前線ではより濃く、より密度の高い死臭が立ち込めている。
一度奪われた山脈沿いにある砦を落とすには、それ相応の労力と兵力を必要とし、砦を奪ったS派の勢いは増すばかりだ。頭上から降り注ぐ砲弾と銃弾の雨に、A派は苦戦を強いられ、砦の奪還が出来ずにいた。
ショウ達、少年兵部隊は高所順応の影響もあり進行が遅れ、到着した頃には既に陽が落ち、戦場は膠着状態となっていた。
「今回の我々の目標は砦を奪還することだ! 諸君ら少年兵は、初の戦場になるだろう! 教官らに預かったその命! 私が有効に使わせてもらう! よいか! 何としてもあの砦を奪還せねば、この山脈はS派に奪われることとなるだろう! これ以上野蛮な科学の徒やらに侵攻を許してはならない!」
師団長のダドリー・ハミルトン大佐が、集められた少年兵達の前で演説を始めていた。
「諸君らの命を有効に使うって、何言ってんだあいつ」
「そもそもその砦、本当に奪還する価値があるんですかねぇ、ハイ」
ソルクスとヨダは、ショウの隣で悪態をついていた。
「静かにしてろ。ここの指揮官はハミルトン大佐だ。ペトロフ准尉達より位が高い。従うしかないだろう」
「マジか……」
ソルクスはあからさまに肩を落とし、大きく溜息をついた。
「それに、こんな演説してる余裕あるんですかねぇ? 早速、私達のお先は真っ暗というわけですかねぇ、ハイ」
「良いから黙ってろ。下手すると――」
「そこ! 私語を慎め!!」
少年兵が整列している周りを周回し、監視していた第一師団の一人に目をつけられた。
「何事だ? パーシー少尉」
「申し訳ありません大佐! 大佐の演説中だというのに、この者達が私語を!」
「ほう?」
ハミルトン大佐は台座から降りてソルクスとヨダの前に立つと、二人を上から見下ろした。
「何か、言いたいことでもあるのかね? 童よ」
ソルクスは口をへの字に曲げて、ハミルトンの視線に喧嘩腰の目つきで視線をぶつけ返し、ヨダはいつものようにニヒルに笑う。
「いえ、何もありません」
ショウが二人の代わりに答える。
「ほう? お前がこの部隊の小隊長か?」
「はい。小官は少年兵第三部隊小隊長、ショウ・マクレイア上等兵であります」
ショウは敬礼をして、二人の前に立つ。
「そうか、マクレイア上等兵。君の部隊は随分と元気が良さそうだな。そこでどうだろうか、元気のあり余っている君達に、取って置きの遊び場を用意してやろう」
ハミルトンの言葉に、ショウは眉を動かす。
「それは、我々に最前線に出ろということでよろしいのですか?」
「当たり前だ。その為に君らを呼んだのだからな。わかりきった事を聞くな。特に君ら第三部隊には我々の前に立ち、先陣を切ってもらいたい」
やはりこうなるかと、ショウは眉を寄せた。
「返事はどうした?」
「サー・イエス・サー」
ショウがソルクスとヨダを睨むと、二人は柄にもなく申し訳なさそうな顔をしていた。
「よろしい。では、トール・パーシー少尉に、君達少年兵と一個中隊を預けよう。私はここから君達一個大隊相当を後方支援するとするかな。パーシー少尉、昇進のチャンスだぞ。この子犬どもを上手く使えよ?」
「勿論でございます! 必ず大佐のお役に立って見せましょう!」
「期待しているぞ」
「サー・イエス・サー! おら、お前ら! 各部隊の代表は俺のところに集まれ! 作戦を伝える! ちんたらすんな! とっとと動け! スラムの犬ども!」
パーシー少尉の声がA派の陣に響き渡る。
「悪りぃ……ショウ。面倒なことになっちまったか?」
「遅かれ早かれ、こうなっていたさ。こればかりはしょうがない。これから作戦会議だ。ヨダ、お前もついてこい」
「えー、私ですか?」
思いもしない指名に、ヨダは露骨に嫌そうな顔をする。
「お前には後で頼みたいことがあるから、お前も作戦の全貌は一応理解しておいてほしい」
「……わかりましたよ、ハイ」
ヨダの大きな溜息に呆れながらソルクスを見やると、ソルクスは落ち着かないのか、そわそわとしていた。
「なぁ、なぁ! 俺は?」
「ソルはリカルド率いる白兵部隊と待機してろ」
「えー……」
ショウは、駄々をこねそうなソルクスを宥めるように声をかける。
「聞いてたってわかんないだろ? ソルには後で俺が指示するから今は待ってろ」
「なんかバカにされた気がするけど、まぁいいや、了解! じゃあ、後でなー!」
そう言ってソルクスは第三部隊へ合流しに、後ろへ下がっていった。
「よし行くぞ」
「ハイハイ」
パーシー少尉がいる場所には既に机と周辺地図が用意され、少年兵を含む各部隊の代表者が集まり始めていた。
「おせーよ。ショウ・マクレイア。お前らのせいで最前線だってのによ」
第四部隊小隊長のジャックが、上からショウを威圧するように睨む。
「喚くなよジャック。どちらにしろ俺らは最前線だった。その中でも先陣切って弾除けになるのは、俺の部隊だって言う話だ」
「さすが第三部隊と言ったところか、問題を起こすのが特技だから仕方がないよな?」
相変わらず皮肉めいた言い方をする第二部隊小隊長のエリックに、ショウは返す言葉もないと言った様子で頭を掻いた。
「おい! それより何でヨダがここにいるんだよ! お前は小隊長じゃないだろうが!」
ヨダの顔を見た瞬間顔を真っ赤にして怒り出す第一部隊小隊長のティムを見て、ヨダはニヒルに笑い、答える。
「これはこれはティム小隊長殿。あなたのような方に私の名前を覚えていただけるなんて光栄ですねぇ、ハイ」
「貴様っ!」
「ヨダ、少し黙ってろ」
ショウが横目でヨダを睨むと、ヨダは人差し指と親指を使って口元を撫でると、休めの形で口を閉ざし、ニヒルに笑う。
「バカにしているのか!?」
「すまない、気を悪くしたなら謝る。ヨダは俺の考えで連れてきた。この通り、こいつは黙らせておく」
ショウは青筋を浮かべるティムを宥める。
「そいつに二度と口を開かせるな!」
「それは――」
「ヨダ」
ティムの言葉にいちいち反応するヨダを睨むと、ヨダはそれに答え、再び口元を撫でる。
「おいガキども! 何してやがる! 早く来い! このウスノロども!」
「申し訳ありません!」
パーシーの言葉に、ティムがいち早く反応し、そのまま全員が作戦会議に参加する。だが、パーシーの作戦を聞いて、ショウは呆れるばかりだった。
要約すると、ここよりも勾配の高い場所にある砦に向かって特攻しろと言っているだけだったからだ。
突撃する少年兵を弾除けにしながら、大人たちが砦にたどり着くことに何の意味があるのか。そもそも電撃戦に向かないこの地で、敢えてやる意味がわからなかった。
パーシーの筋書きには、特攻する少年兵に敵の目をくぎ付けにし、高所に配置した狙撃手に、砲兵を撃つという物があった。火力のある砲撃を止められるのであれば、悪い話ではないのかもしれない。だが、それはあくまでも敵兵が砦の中にのみいるという前提で話ができている。
先に砦を落としたのは敵の方であり、狙撃手の位置取りは相手もわかるはずである。
ショウはこの作戦でどう立ち回るべきかを考えていた。
「夜明けとともに攻め込むぞ! 各員戦闘準備だ!」
第一師団のパーシー少尉率いる中隊はバタバタと行動をし始める。各少年兵小隊長も嫌々ながらも、準備をするために自分の部隊へ戻っていく。
ショウも大きく溜息を吐いて、自分の部隊へと足を向けた。
「不毛だな」
ポツリと溢したショウの言葉に、ヨダはすぐに反応する。
「これだから貴族上がりのボンボンは嫌ですねぇ、ハイ。頭の中が花畑で。あれ? もう喋ってもいいですよね?」
ショウは能天気なヨダに呆れてしまうが、ぽんと出る情報に、目を丸くした。
「ん? 少尉殿は貴族なのか?」
「ハイ。パーシー家は代々グレンヴィル家と共に、五大貴族のハミルトンに仕える家柄ですからねぇ。もっとも、グレンヴィル家は没落しましたが、ハイ」
「五大貴族?」
聞き覚えのない単語に、ショウは首を傾げた。
「ええ。A派はいわば一つの連合軍ですから。それを取り持つ代表が五大貴族というわけです」
「ハミルトンがその一つってわけか……」
「我々は他にも五大貴族のうちの一つに、もう会っていますよ」
「え?」
「クルード中将が、その一つです」
伊達に中将まで上りつめていないというわけかと、ショウは納得したように頷いた。
「A派の燃料資源を牛耳り、金に物を言わせるクルード。多くの上流貴族をまとめる、狡猾なハミルトン。海を隔てた大陸を領土とし、食料資源と海軍を私兵に持つアルトワ。子爵の集まりで、成り上がり軍家系のオルグレン。そして、古くからこの地をまとめる、巨大宗教国家のヴィリアーズ。この五つが、誰もが知っている有名な五大貴族ですよ? 知らなかったんですか? 無知ですねぇ、ハイ」
饒舌に語るヨダに、ショウは顔をしかめる。
「本当にお前は人の神経逆撫でするのが得意だな。そもそも、スラム育ちでそんなことを気にする奴はそうそういないぞ」
「まぁ、そんなもんですよねぇ、ハイ」
ショウの正論に、ヨダはニヒルに笑う。
「つまり、私が言いたいのは、五大貴族の中のオルグレンとアルトワ以外は、軍事にはさほど関わったことのない、地位だけはやたらにある家柄ですから、ハミルトン大佐にもあまり期待しない方がいいという事ですよ、ハイ」
「どうりでな……ってか本当よく知ってるな、お前」
ヨダの情報網に、ショウは舌を巻いた。
「情報は武器ですよ、ハイ。でも隊長、このままでは私たち、本当に死にますよ?」
ヨダの言葉に、ショウは冷笑した。
「死ねと言われて死ねるほど、俺に軍への忠誠心はねぇよ」
「ほう? そんなこと言っていいんですかねぇ、ハイ。で、どうするおつもりで?」
「そのためにお前がここにいるんだろ」
「ハイ?」
何のことやらと首をひねるヨダに、ショウは続ける。
「ヨダ。アレは持ってきているんだろう?」
ショウの言葉に、ヨダは納得したかのように手を叩く。
「あー、そういうことですか。こちらに送る物資と一緒にレオさんに運んでもらいましたよ、ハイ」
「なら、問題ない。急いで準備しろ」
「全く、隊長殿は人使いが荒いですねぇ、ハイ。ラウリにも準備させましょう」
「ああ、頼むぞ」
「我らが隊長殿がご所望とあらば、すぐにでも準備しましょう、ハイ」
ヨダはすぐに第三部隊の待機場所へと戻り、ラウリを連れて、ショウの指示通り、何らや準備を始めた。その様子を確認した後、ショウは問題の砦の方ををじっと見つめていた。
「おーい、ショウ! 終わったのかー?」
いつまでたっても戻ってこないショウを気にかけて、ソルクスが様子を見にやってくる。
「ああ、ソルか。終わったよ」
「んで?」
「俺たちは最前線で横列に並んで、大人達の弾除けになって死ねとさ」
「やっぱそうなるかー。で、どうする?」
「夜に攻められるなら、夜に越したことはないんだがなぁ……」
ショウは頭を掻きながら、大きく溜息をついた。
「まぁ、仕方ないさ。砦を落とす方法は考えた。できるだけ犠牲者が出るのは避けたい。ソルにも頑張ってもらわないとな」
「任せとけって!」
「ああ、頼りにしてる」
「おう!」
ソルクスは歯を見せてニシシと笑う。その顔を見て、ショウは張り詰めた緊張感を少し緩め、顔を綻ばせた。
どうも、朝日龍弥です。
ついに戦線投入された少年兵部隊。
ショウの考えとは……。
次回から戦闘に入ります。
よろしくお願いします。
次回更新は12/26(水)となります。




