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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
四章 解語の花は夢を見る
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顔合わせ

 第四研究所の広場に差し掛かると、第七連隊の衛生兵たちの訓練する声が聞こえてくる。


 その声の中に、まだ声変わりしていない幼い少年の声が際立って聞こえてくる。


「次! 要救護者移送訓練!」

「はい!」

「コナー二等兵! それでは救護者を助けるまでに自分が倒れてしまうぞ!」

「はい!」

「トリアージはもっと迅速にしろ!」

「……はい!」

「一瞬の判断で救護者の生死が決まるんだぞ!? そんなんでどうする!」

「はいぃ……」

「返事が小さい!」

「はいぃ!!」


 第四研究所のだだっ広い広場では、今まさに第七連隊の衛生兵が実践を模した訓練を行っていた。


 その中でコナーは少年兵としてではなく、一軍人として第七連隊の一般兵と同等と言える訓練を行っていた。その訓練には学ぶことが多く、コナーも積極的に取り組んだ。


 そんな中、コナーが打ちひしがれたのは自分の体力の無さだった。


 少年兵として訓練をし始めて二ヶ月半、彼の体は入隊当時よりも多少はたくましくなったと言えるだろうが、所詮は十歳の少年である。体が完全に出来上がっている大人と肩を並べるには、あまりにも無理があった。


 リドナー軍曹が不在の間、衛生兵を任された上等兵階級の中年の男は、自分より若い上官がいないことをいいことに、やりたい放題である。


「はぁ……はぁ……」

「どうしたぁー!? もう立てんのかぁー!?」

「は……い……、すみま……せん……」

「この軟弱者が!!」


 へたり込んでしまったコナーに喝を入れようとしたのか、膝をついたまま拳を振りあげた。だが、上等兵は自分の腕が何かに引っかかったような感覚を感じ、ふと自分の振り上げた拳の方に目を向ける。


 視線の先には、左腕を三角巾で吊った黒髪の少年が立っていた。その後ろには大きな犬に跨った少女が見える。


「な、なんだ!? 貴様!!」

「シ、ショウさん!?」

「……失礼。上等兵殿。あなたの訓練に水を差す真似は出来ればしたくなかったのですが、あなたの行動はあまりにも目に余る」

「さてはペトロフ准尉が連れてきたガキだな? 上官に対する態度かそれは!? 身の程をわきまえろ! 部外者が口を挟むな! ランドルフ嬢を連れてなんの真似だ!?」

「失礼な人ね! 軍人さんは――」


 ショウはレイチェルに目配せすると、レイチェルは思わず口をつぐんだ。


 上等兵に向き直ったショウは表情一つ変えないが、コナーには溢れ出んばかりのショウの殺気が感じ取れた。


「お言葉ですが上等兵殿。あなたと私は同じ階級です」

「なっ!? 貴様みたいなガキがだと!?」


 なお見下してくる上等兵の腕を掴んでいるショウの右手にだんだん力が入り、ミシミシと音を立てていく。


「だから、お前と俺は対等な立場であって、俺の上官ではない。コナーは俺の部下だ。部外者じゃない。それにお前の訓練方針はなんだ? 衛生兵が兵を潰してどうするんだよ。少しはそいつに見合った訓練をやれよ。そんなんだからいつまで経っても上等兵から上がれないんじゃないのか?」

「貴様ぁ!!」


 図星を突かれた上等兵は目を見開き、完全に怒りに呑まれた様子でショウに摑みかかる。


「はーい。そこまでー」


 何処かで聞いたことあるテンポの三拍子を鳴らして二人の仲裁に入ったのは、会議を終え戻ってきたリドナーだった。


「二人とも落ち着いてください。軍規で私闘は厳禁って書いてありますよね? まさか上等兵にまでなっているお二方がそんなことも知らなかったなんて、言わせませんからね」


 微笑んではいるが、目の笑っていないリドナーの表情を見て、組み合っていた二人は静かに離れた。


「も、申し訳ありません……」


 上等兵の男は、自分よりも年下の上官に頭を下げる。


「上等兵、階級はマクレイア上等兵と同じであっても、あなたは大人だ。くだらない挑発に乗らないでいただきたい。あと、誰も兵を潰せなんて訓練内容は言ってないはずですが?」


 落ち着いた声色だが、どこか鋭さのあるリドナーの物言いは、どことなくペトロフを思わせる。


「そ、それは……」

「あなたに任せた私にも責任がありますけどね。しかしながら、上等兵。この衛生兵部隊には他にもあなたと同じ階級の方がいます。私の言っている意味、わかりますね?」

「はい……」

「いいでしょう。では、コナー二等兵以外の衛生兵を連れて訓練に戻りなさい」

「……サー・イエス・サー」


 そう言って上等兵は自分の本来の場所に戻って行った。


「ふー。あれはきっと更年期ですね。傍観しているだけの人もどうかと思いますが……。あっ! 大丈夫ですか? コナー二等兵、怪我はありませんか?」


 コナーに歩み寄り、リドナーは手を差し伸べる。


「は、はい!!」

「上等兵も悪い人ではないのです。きっと、一時の気の迷いだと思います。許してやってください。それにしてもマクレイア上等兵。私が止めなければどうするつもりだったのですか? 怪我をしているのですから、無理してはいけませんよ?」


 リドナーは困ったような顔をしてショウを見る。


「別に無理はしていません。もし殴られたとしても、こちらがやり返さなければ、上等兵になんらかの罰が下るでしょう。証人もいますし」

「そうよ! リドナー軍曹がいないからって好き放題しすぎなのよ!」


 同調するレイチェルを見て、リドナーは苦笑いを浮かべる。


「私闘を行った二人に罰が下ると思いますが……まぁ、いいでしょう。何事も起こらなかったわけですしね。それにしてもランドルフ嬢、今日はまたどこまでお出かけになったんです? マクレイア上等兵が大変探していたそうですが?」

「内緒!」

「そうですか。御加減も良さそうで良かったです」


 無邪気に笑うレイチェルの顔色を確認し、頷いて見せる。


「あ、そうだ。コナー二等兵」

「は、はい!」

「今日はもういいですよ。あなたに課したノルマはとうに過ぎていますから」

「わ、わかりました……」

「そんなにがっかりしないでください。君が足手まといだから外すわけじゃありません。もう自分の限界を超えて、立っているのもキツイでしょう? こんなところで優秀な人材を潰すほど、私は馬鹿ではありませんから。それに、ペトロフ先生にも怒られちゃいますしね」


 リドナーは項垂れるコナーの頭に手を置き、優しく微笑んだ。


「は、はい! で、では、お言葉に甘えて暇をいただきます!」

「うん。行ってらっしゃい。またあとで」


 リドナーはそういうと、衛生兵部隊の方へ足を運んだ。


「コナー歩けるか?」


 ショウが声をかけると、無理に動かしていたコナーの足は、膝が笑って力が入らない様子だった。


「ちょっと待ってください。もう少ししたら歩けますから」

「軍人さん、軍人さん。コナーちゃんをリチャードに乗せられないかしら? それだったら動けると思うわ。リチャード、伏せよ!」


 レイチェルの指示通り、リチャードはコナーの前で伏せの姿勢になる。


「それなら大丈夫か……。いや、でも落ちないか?」

「私でも乗れるんだもの、大丈夫よ!」

「えっと……あの……」


 ショウはコナーに有無を言わせずに担ぎ上げて、リチャードの上に乗せる。


「うわ! 改めてわかりますが大きいですね」

「でしょう? G-ウルフって言うのよ!」


 ヴォルフスブルク達の紹介を与り、コナーはそれに答える。


「えっと……申し遅れました、コナー・ウェーダー二等兵であります。レイチェル様、お気遣いありがとうございます」

「嫌だわ、様付けなんて……。私そんな身分じゃないもの! レイチェルって呼んで! でも意外だったわ! コナーちゃんて、とっても可愛い人なのね!」


 レイチェルは様付けする呼び方に不満げな顔をするが、コナーも不思議そうに首をかしげていた。


「あの……どうして”ちゃん”付けなんですか? 僕もコナーでいいですよ?」

「え? あんまり好きじゃなかった? 私、女の子のお友達とか初めてでよく分からなくて……あれ? どうしたの?」


 目の前のコナーは落胆し、ショウはなんとも言えない表情を浮かべていた。


「レイチェル……。コナーは男だ」


 ショウの言葉を聞いて、レイチェルの動きが一瞬止まる。


「……え? やだ! ごめんなさい!!」

「女の子にまで……女の子に間違えられるなんて……。僕は……」

「あー、えっと……気にするな」


 ショウが何とかフォローしようとするが、コナーは悲しそうに笑った。


「もういいですよ。それにしても、ここにソルさんがいなくて良かったです。絶対弄られますもん……」

「呼んだか?」

「うわあ!! ソルさん! 気配消して後ろにつくのやめてください!!」


 突然自分の背後に現れたソルクスに、コナーは上ずった声を上げる。


「へへーん。俺も慣れてきたろー? しっかしからかいやすいよなコナー”ちゃん”は。」

「そうやってすぐ人をからかうのやめません?」


 コナーは少々頬を膨らませてソルクスを見る。


「でもコナー。気配を消して近づいてくる相手に気づく訓練にはなるぞ?」

「ショウさんはそこで訓練にしないでくださいよ! 今ソルさんの行動を肯定したらもっと好き放題するじゃないですか!」

「まぁ、遊びの中でもって感じでいいと思ったんだがな。行き過ぎたら止めればいいし」

「好き放題するようになったソルさんを、一体誰が止めるっていうんですか……」

「……確かに俺以外のやつは大体無理だな。やめよう」

「なーなーもっと俺がわかるように喋ってくんない?」


 三人の会話を見ていたレイチェルはクスッと笑った。


「ん? どうした?」

「ああ、ごめんなさい。なんだか楽しくなっちゃって。本当に仲がいいのね!」


 するとどこからともなく気の抜けた腹の音が鳴り響く。


「あーもう、腹減ったぁー。俺らさー全然飯食ってないじゃん! 力でねぇーよ……」

「確かにこちらにきてバタバタしていたので、昼食、食べていませんでしたね」

「何か食うにしたってな……」


 悩んでいた三人に、レイチェルが提案を出す。


「それなら、ここには食堂があるからそっちで食べましょうよ!」

「マジで!? やっりー!」

「でも勝手に食べちゃまずいんじゃ……」

「大丈夫よ。私のわがままで連れ回したってことにすれば! 食堂の人とは仲がいいからうまく取り繕ってくれるわよ」

「ダメですよ! そうですよね?」


 ショウの方へ向き直ったコナーの空になった胃袋からは、くぐもった音が鳴り始める。コナーは顔を赤くしながら腹を抱え、場の空気には沈黙が流れる。


「ち、違います! ソルさんがお腹の音鳴らすから!」

「俺のせいかよ! お前も素直になれよー。腹、減ってんだろ?」

「減っていたって食べていいわけじゃ――」

「行ってきなさいな」


 三人は馴染み深い声のした方に注目した。


「ペトロフ准尉!」


 コナーの頓狂な声に、ペトロフは思わず苦笑いをした。


「いやー、悪かったねぇ。食べさせておかなかった私のミスでもあるから。行ってきなさい」

「そういうことなら……。准尉から許可が出たことだし。四人で行こうか」


 ショウの言葉を皮切りに、他三人は飛び上がって喜んだ。


「よっしゃー!! 飯ー!」

「これで心置き無く食べれますね!」

「そうと決まれば行きましょ! ヴォルフスブルク達もお腹減ったもんね!」


 嬉しそうに喋りかけるレイチェルに、二頭のG-ウルフは一度だけ高く、大きく吠えた。


「じゃあ決まりね!」


 我先にとレイチェルがヴォルフスブルクを走らせる。それにつられてリチャードが走り出したことで、コナーは落ちないように目を瞑りながら、しがみついて行ってしまう。


「あー! 先に行くなよ!! 俺が一番に食べんだからな!」

「食堂は逃げないだろ……」


 ショウとソルクスもG-ウルフに乗った二人を追いかける。


 ペトロフはその様子を見て微笑ましく目を細め、彼らを見送った。



どうも、朝日龍弥です。

切りのいい場所を探して迷走する毎日です。

こうして四人が仲良くなっていく様子を書くのはとても楽しいです。

次回もこんな感じで続いていきますので、よろしくお願いします。


次回更新は、9/12(水)となります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 映画のようで、よんでてハラハラします。レイチェル、かわいい……やっぱ女の子はいいもんだ
2019/11/27 09:11 退会済み
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