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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
四章 解語の花は夢を見る
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平穏と動乱

 食堂に着き、各々好きなものを注文しはじめる。


 席に着いて食べ始まると、レイチェルはキョトンとしながら、コナーは頭を抱えながらソルクスとショウの様子を見ていた。


「ちょっとソルさん! ショウさんまで! 今はレイチェルさんも一緒なんですよ!? 食べ方なんとかしてください!」

「ん?」「んあ?」


 顔を上げた二人は、口の周りに食べ物をつけ、口の中いっぱいに詰め込みながら食べていた。


「あにあわういんあよ?」

「もう! ソルさん! 口にものを詰め込んだまま喋らないでくださいよ!」

「いつもより綺麗に食べてるつもりだが?」

「そんな澄ました顔しても全然できてませんよ! ショウさん!」

「おかしいな……」

「うふふ。あはは。変なの!」


 レイチェルが笑うと、ショウが何かハッとした様子で顔を少し赤らめながら、口の周りを拭き始める。


「今更いい子ちゃんぶったっておせーぞ?」


 ソルクスがショウを白い目で見ながら食べ物を口に放り込む。ショウは表情を変えずにソルクスの足の甲を思い切り踏みつけた。


「ぶふー!!」

「うわあ!! ちょっ、何するんですか!!」


 痛みに驚いた拍子に、ソルクスの口の中にあった物が思いっきりコナーの顔面に直撃した。


「あ、悪りぃ……」

「……ソルさん」

「いや、俺、俺のせいじゃないからな! ショウが急に俺の足踏むから!!」

「そうやって人のせいにするんですか?」

「ちが、ちょっ、コナー? 怒ってんの?」

「これが怒らずにどうしろと言うんですか!? いいですか!? だいたいソルさんはいつも――」

「あっはははは! おっかしい! こんなに笑った食事は初めてよ!!」


 食事中にもかかわらず、ソルクスに説教を始めるコナーを尻目に、レイチェルは楽しそうに笑った。


 その笑顔を見て、ショウはコナーに対する謝罪の気持ちより、レイチェルに気が向いていた。


「……楽しい、か?」

「ええ! こんなに楽しいことはないわ! 私今すっごく幸せよ!」


 天真爛漫に笑う少女の顔を見て、ショウはまた自分の胸がギュッと熱くなるのを感じた。ショウはその感情が何なのかわからず、なんだかじっとしていられなくなっていく。


 取り敢えず落ち着こうとソルクス達を見ると、コナーの説教はまだ終わりそうにない。そんな二人を見て、少し罪悪感が湧き、ショウはコナーを宥めに行った。


 その様子を側で見ながら、レイチェルはポケットからピルケースを取り出し、大量の薬を口に放り込んだ。


 リチャードが心配そうにレイチェルを見ると、彼女は静かに笑いかけた。




     *     *     *




 食事を終え、一通り研究所の中を四人と二頭で周り、レイチェルから研究所の説明を受けていると、外はすっかり暗くなっていた。


「あら、もうこんな時間なのね。嫌だわ。楽しいとすぐに時間が過ぎてしまうんだもの」

「騒がしかっただろう?」

「いいえ! 全然! 賑やかなのは好きよ! ずっと静かなよりいいわ!」


 ショウの問いかけに、レイチェルは屈託のない笑みを浮かべる。


「なーなー! 明日も探検しようぜ!」

「遊びに来てるんじゃないんですよ? それに僕もソルさんもレイチェルさんの護衛ではないんですから! また明日から自分の仕事に戻るんですよ!」

「えー……なんでショウばっかりー」


 コナーに注意され、ソルクスは口を尖らせる。


「ふふ、またみんなでお話ししま――」

「レイチェル!!」


 突然大きな声がして振り返ると、白衣を着たややくたびれた男が立っていた。


「あ! お父さん!」


 レイチェルは嬉しそうに駆け寄ると、レイチェルの父デニスは、狼狽した表情で叱り始める。


「レイチェル! どこに行っていたんだ! あれほど外に出るなと言ったのに!」

「いいじゃない! 少しくらい! ずっと部屋で籠っていたら気分が滅入るわ! ”病は気から”ってお父さんも言ってたじゃない!」

「それもそうかもしれないが……」


 デニスの言葉に、レイチェルは頬を膨らませる。


「ねぇ、お母さんにはいつになったら会えるの?」

「そ、それは……」


 デニスはレイチェルの目線まで屈むと、少し言葉に困ってから口を開く。


「お母さんには……まだ会えないんだ……。お父さんも頑張っているから、あんまりわがままを言わないでくれ。それと、あんまりA派の軍人と話すんじゃない」

「A派とかS派なんて関係ないわ! 元々は同じ国の人じゃない! 軍人さんたちはいい人よ!」


 声を張り張り上げたレイチェルの言葉に、デニスは下唇をかみしめ、静かに呟いた。


「いいかレイチェル……。人を殺す奴に、いい奴なんていないんだぞ?」


 それを聞いたレイチェルは、デニスを突き飛ばした。


「軍人さんたちは好きで人を殺してるわけじゃないわ! みんな話したらいい人なのに! お父さんの分からず屋!」

「親に向かってその態度はなんだ! ほら! もう部屋に戻るぞ!」


 デニスは無理やりレイチェルを引っ張り、連れて行こうとする。


「放して! 自分の部屋くらい自分で帰れるわ! 行きましょ! ヴォルフスブルク! リチャード!」

「待ちなさいレイチェル!」


 デニスの手を振り払うと、レイチェルはさっさと一人で歩いて行ってしまう。


「失礼します」

「しっつれいしまーす」

「し、失礼します」


 残された三人は各々デニスに一言掛けてから、レイチェルたちを追い始める。


「レイチェル、待てって――」


 ショウがレイチェルの腕をつかむと、振り返ったレイチェルの目から涙がこぼれていた。


 ショウは、驚いて思わず手を放した。


「ショウ、何泣かしてんだよ」


 ソルクスの言葉に一瞬本気で焦ったショウだったが、レイチェルは静かに首を振った。


「お父さんを突き飛ばしちゃったわ……。お父さんが私のために頑張ってることも、一杯一杯なのも知ってるのに……」

「レイチェルの父さんなんだろ? 許してくれるさ」

「そーそー。家族ってそういうもんなんだろ?」

「元気出してください。話せばきっと分かってもらえますよ」


 三人はレイチェルの気持ちをくんで元気づける。


「みんなごめんね……。お父さんは普段あんなこと言う人じゃないのよ? 怒ってない?」


 ショウは舎密に言われたことを思い出す。


「大丈夫だ。もっと酷い奴もいる」

「まぁ、実際僕たちはまだ実戦に出てないので、まだ……ですけどね……」

「んー? あー……」

「……そうだな」


 コナーの言葉に、ショウとソルクスは少し答えづらそうにしていた。


 重い空気が流れ、暫く沈黙に包まれた四人は、レイチェルに与えられている部屋の前で立ち止まる。


「今日はありがとう。また、明日ね。軍人さん!」

「あ、ああ」

「じゃーな」

「また明日です」


 ヴォルフスブルクとリチャードが先に部屋に入って行き、レイチェルも後に続く。完全に扉が閉まる前に、レイチェルは手を止めた。


「あ、そうだ軍人さん! 明日またあの場所で集合しない?」

「いや、俺が朝迎えに――」

「大丈夫よ! じゃ! そう言うことで!」


 そう言ってレイチェルは、ゆっくり扉を閉めた。


「なんだなんだ? だいびきか?」

「なんだよ、だいびきって」

「それを言うなら逢い引きですよ。……って、ええ!?」

「馬鹿、違う」

「でもまんざらでも無いよなぁ〜」

「うるさい。もう喋るな」


 ショウは足早に歩き始める。


「シ、ショウさん! だ、ダメですよ!? 護衛対象に手を出しちゃ――」

「だから違うって言ってるだろ?」

「あらあら、必死ですわよ? これは絶対白ですわよ、コナー」

「ソルさん、何ですかその喋り方。あと白だったら何も無いじゃ無いですか。それを言うなら黒ですよ」


 ニヤニヤと面白がりながら、頓珍漢(とんちんかん)なことを言うソルクスに、コナーは呆れかえってしまう。


「うるせー! 細けぇーことはいいんだよ! てか夜は護衛だっけ? しなくていいのか?」

「ああ。第七連隊の人達と夜は変わる。レイチェルも寝てるだろうし、ウロチョロする事もないだろう」

「僕たちもペトロフ准尉のところに戻りましょう」

「そうだな」


 ペトロフの元へ向かうために、三人はレイチェルの部屋を後にした。




     *     *     *




 ショウたちが第四研究所に来て、一週間が経った。


 コナーは衛生兵としての知識と行動力を身につけ始め、リドナーの下で学びを深めている。


 ソルクスは相変わらずだが、彼なりに真面目にケスラーに言われたことをこなしている。しかし、ソルクスはいつも物足りない様子だった。


 ショウはというと、いつも早朝にレイチェルの部屋へ行くが、いつも空振りで、溜息を漏らしながら、彼女と自分だけが知っている秘密の花園へと足を運ぶ毎日だった。


 今日も今日とて、ショウは秘密の花園へと向かう。林を抜け、ひらけた場所にある一面の花畑はここが研究所の敷地内なのかと誰もが疑うほど美しい。そんな中で(たたず)む少女の姿を思い浮かべると、ショウは胸が熱くなる。


 考えを巡らせながら暗い林の中を歩いていると、林の奥から光が見えてくる。それが見えたら花園はもうすぐそこだ。


 右手で目に入る光を遮りながら林を抜けると、そこにはいつものように二頭のG-ウルフに囲まれた一人の少女の姿が確認できる。レイチェルはこちらに気づき、ショウに微笑みかける。


「おはよう軍人さん! 今日もいい天気ね!」

「おはよう、レイチェル。いつも言うが、部屋にいてもらわないと困るんだが?」

「やーね、軍人さんもそんなこと言うの?」

「一応そう言う決まりだし、俺がいない間に何かあったらどうするつもりだ?」

「大丈夫よ! 私にはこの子達がいるわ!」


 定着したお決まりの挨拶をした後、ショウはレイチェルの隣に腰掛ける。


「それにしてもよく抜け出して来れるな……。一応実践経験を経ている軍人相手なのに――」

「ああ、ケスラー曹長には見つかってるわよ?」

「は?」

「でもいつも内緒で通してくれるわ! 気分転換は大事だって!」


 ショウは衝撃の事実に困惑する。


「……気分転換て、たまにするもんじゃないのか?」

「そんな事ないわよ! 私は常に気分転換が必要なの!」

「はぁ……」


 あまりにも楽観的なレイチェルに、ショウは思わず溜息が出てしまう。


 ――今まで何もないからと言って、今日何が起こるかはわからない。それはスラムでも、軍でも同じ。そして此処も例外ではない。それにしても……


 ショウはこの花園が二人だけの秘密の場所ではないことに少なからずショックを受けていた。


 ――何を期待しているんだ俺は……


 そんな事を考えていると、何か軽いものが頭に乗った感じがした。


「ん? これは?」

「花冠よ! コナーちゃんに習ったの! コナーちゃんて本当に手先が器用よね!」

「ああ、この間コナーと二人で何やってるのかと思ったら……」

「似合ってるわよ! 軍人さん! ふふふ」


 レイチェルはいつもの笑顔とは違う、からかうような笑みを浮かべる。


「心にもない事を言うなよ。似合ってないって顔に書いてあるぞ」


 ショウは少し困ったような顔をする。


「そんな事ないわよ! ふふ。それに、軍人さんていつも難しい顔しているんだもの。そんなに眉間に(しわ)を寄せてないで、もうちょっと笑ったら?」

「寄せてない。そんなに難しい顔してないぞ」

「してるわよ! こーんな風にギュッと寄せて!」


 自分の顔真似をしてみせるレイチェルを見て、ショウは一瞬吹き出すように笑い、身体を丸めて小刻みに肩を震わせた。


「な、何よ!」

「い、いや、俺はそんな顔してたのか? なんと言うか、ははっ! レイチェルの顔がおかしくて」

「それは私の顔じゃなくて、軍人さんの顔が変だからそういう顔になったのよ!」

「わかった、わかったから!」

「もう! ……ふふふ、軍人さんも笑えるじゃない! 私は笑ってる顔の方が好きよ!」

「!?」


 思わぬ不意打ちにショウは顔をそらし、赤面する。


「ん? どうしたの? 軍人さん?」


 ――考えて言ってないよな? 天然か? 天然なのか?


 ショウは深呼吸を一度挟み、すぐに落ち着きを取り戻す。


「いや、大丈夫だ」

「ふふ、変な軍人さん」


 ショウはレイチェルの笑顔を見ていると、心が軽くなる気がした。


 ――ずっとこんな時間が続けばいいのに


 ショウは心からそう思った。


 レイチェルとショウがいつも通り、外の世界の話をし始める。


 そんな二人を囲む形で日向ぼっこを楽しんでいるヴォルフスブルクとリチャードは、片耳を動かし、(つむ)っていた目を開くと、素早く頭を起こす。


「ヴォルフスブルク? どうしたの?」


 静かに(うな)り始める二頭のG-ウルフは落ち着かない様子で、ショウとレイチェルの周りをクルクルと回り始める。


「二人ともどうしたの? 何か気になることでもあるの?」


 不穏な雰囲気が花園に広がる。


 ショウが立ち上がろうとしたレイチェルに声をかけようとした時、木々の隙間から、一瞬太陽の光で反射したスコープを見た。


「レイチェルっ!」

「きゃあ!!」


 ショウはレイチェルに覆いかぶさるような形で倒れ込む。


 その刹那、音のない一発の銃弾が、ショウの頭をかすめるようにして花冠を飛ばして行った。


 倒れ込んだ瞬間、ショウはすかさず右腕で拳銃を抜き、狙撃手がいると思われる林に撃ち込んだ。


 ――この距離じゃ当たらないか!


「え!? 何!? なんなの!?」

「狙撃だ! レイチェル! ヴォルフスブルクたちを連れて林に逃げ込むぞ! 更地のここじゃ、あっという間に狙撃の餌食になるぞ!」

「き、急にそんなこと言われても――きゃ!!」


 ヴォルフスブルクが素早くレイチェルを背中に乗せて、一気に花園を駆け抜け、林へと逃げ込む。リチャードもそのあとに続き、ショウは威嚇射撃をしながら林へと退く。


 林へ入ると、邪魔な三角巾を取り、すぐに銃弾を詰め替えて状況整理をする。


 ――今持っている拳銃では有効射程距離は精々数十メートル。他の装備はナイフ二本のみ。接近戦は避けられないな。敵の数もわからない。今レイチェルと離れるわけにはいかないし……


「ぐ、軍人さん。血が出てる……」


 ショウの頭から血が流れているのを見て、レイチェルの顔はみるみるうちに青ざめていく。


「ああ、銃弾が掠っただけだ。心配することじゃない。それより怪我はないか?」


 ショウは頭の血を拭いながら、レイチェルを気遣う。


「わ、私は大丈夫よ……」

「ならいい。レイチェル、敵は狙撃してきた奴一人とは限らない。俺の銃声で援軍が来るかもしれないが、すぐには期待できない。敵の数がわからない以上、俺のそばを離れるなよ」

「わ、わかったわ! そうだわ! リチャードにこの布をケスラー曹長に届けさせるようにするわ!」


 レイチェルは赤色の布をポケットから取り出し、リチャードに(くわ)えさせる。


「それは?」

「非常事態を知らせるために、私とケスラー曹長で考えたのよ! これを持ったリチャードを見たら、すぐに駆けつけてくれるわ! ケスラー曹長は私達が何処にいるかわかっているはずだから!」

「わかった」


 ショウは確実に援軍が来る手を増やし、助かる確率を上げることを優先する。


「リチャード、お願いね!」


 リチャードは小さく吠えると、林の外へ向けて走り出した。


 ――リチャードがもし届けられなかったことを考えて、援軍についてはそこまで期待はしないでおこう。銃声はこれ以上はだせない。遠い味方より、近くにいるだろう数もわからない敵に、居場所が割れる可能性の方が高い。こんな時、ソルがいたら楽なんだが、そうも言っていられないな……


 ショウはサイレンサーをつけ、準備を整える。


「よし。少しずつ頭を下げながら進むぞ。レイチェル。悪いが移動は徒歩だ。ヴォルフスブルクに乗っていたら目立ってしまうからな」

「わ、わかったわ。行きましょう」


 レイチェルはあくまでも気丈に振る舞おうとしているが、身体は小刻みに震え、顔は不安そうだった。


「大丈夫だ。レイチェルは必ず守るから」

「軍人さんは?」

「ん?」


 レイチェルの方へ振り返ると、泣きそうな顔でショウを見上げていた。


「死なないで……」


 ショウは、優しく微笑みながら、不安そうなレイチェルの頰をそっと撫でる。


「そんな顔するな。大丈夫だから」

「うん……」


 ショウはレイチェルの手を取り、林の中を進んだ。

どうも、朝日龍弥です。

色々な人の思惑、感情、願いが交錯してきた四章。

これからどうなっていくのか……。

次回もお楽しみに!


次回更新は、9/19(水)となります。

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