墓場の不死者(中編)
足の痛みを抱えるエドワードにマーサが軽症治癒の魔法をかけ、一行はなんとか夕暮れ時の農村へと足を踏み入れた。
村全体は不気味なほどの静けさに包まれており、家々の窓という窓には分厚い木戸がしっかりと閉ざされ、外を歩く人間の姿は一切ない。
一行はまず、村の中心にある村長の家を訪ねた。事情を説明すると、初めはよそ者を警戒していた村長も、神殿の紋章を掲げた見習い神官であるエドワードと、落ち着いた物腰のマーサを見て、ようやく安堵したように家の中へと迎え入れてくれた。
「ようこそおいでくだすった……! 神殿の皆様、どうかあの気味の悪い死人どもを何とかしてください!」
村長は家に墓場で何かを目撃した村人を集め始めた。
村長の家を拠点として寝泊まりさせてもらえることになり、ひとまずの安全を確保した一行は、石造りの暖炉から伝わる柔らかな暖かさを背にしながら、村人たちから詳しい話を聞き出すことになった。
「夜になると、決まって村外れの古い墓場から、腐臭を漂わせた死人がフラフラと這い出てくるんです」
「一目見ただけじゃありません。私も畑の向こうを青白い顔をした男が横切るのを見たし、隣の家の農夫なんかも、夜中に呻き声を上げて歩く死人とすれ違って気絶しかけたって真っ青になって帰ってきたんです」
村人たちの証言は複数存在し、どれも一致して「夜な夜な墓場から死人が徘徊している」というものだった。
単なる一人の見間違いや気のせいではなく、実際に何者かが村を脅かしているのは確実だった。
「……なるほどね。複数の人間が目撃しているとなれば、ガセネタとは言い切れないわね」
マーサが腕を組みながら呟くと、エドワードは不安そうに眉を寄せた。
「あの、マーサ様。不死者の気配というのは、私たち神官や精霊魔法を使う者には感じ取れるものなのですか?」
「ええ、そうよ。近くに強力な負の魔力や不死者の精霊力が漂っていれば、神聖魔法の使い手や精霊魔法の使い手なら肌でピリピリとした違和感を覚えるわ」
マーサは少し険しい顔をして、窓の外の暗い夜空を見つめた。
「この中では私とコレットが感じることができるでしょうね。コレット、今までに無い精霊力を感じたらすぐにみんなに伝えるのよ」
マーサに言われ、コレットは緊張した面持ちで頷いた。
「私も見習い神官として感じ取ってみせます!」
エドワードが力強く言った。
「でもエドワード、まだ神聖魔法が使えないんだよね?それでも感じ取れるものなのかい?」
キースが素朴な疑問を呈する。
「あのね、エドワード。」
優しげな口調でマーサが説明した。
「神聖魔法が使えるということは神様の声を聞くことができる、ということなの。その恩寵を受け不死者の負の魔力を感じ取ることができるようになるのよ。だから、まだあなたには無理だと思うわ」
冒険者にとってお互いの能略を知っておくことはとても大切だ。マーサは冷徹に事実を告げた。
「だけどね、死線をくぐるような経験をすると神様を身近に感じることがあるわ。だから、神殿で祈りを続けるより旅の経験が神様を近くに感じさせてくれることもあるの。この旅であなたも何か得られるといいわね」
翌日の昼下がり。一行は村長に案内され、村外れの古い墓場へと足を踏み入れた。
周囲は雑草が生い茂り、風化した古びた墓石が無数に並んでいる。一見すると、どこにでもある寂れた静かな墓地にしか見えない。
しかし、墓場の中に足を踏み入れたとたん、マーサとコレットは強い不快感を感じた。不死者を不死者たらんとしているの負の魔力、そして、不死者の精霊力だ。コレットは強く眉をしかめ、思わずマーサにしがみついた。
「この感じ!この嫌な感じが不死者の精霊力なんですか!!?」
マーサは警戒しつつ答えた。
「そうよ!……どうやらこのお墓には不死者がいるようね。再び眠りにつかせてあげないと」
キースたちが墓石の間を注意深く見ていくと、いくつかの墓の足元で異変に気づいた。新しく土が掘り起こされたような跡があり、埋葬されているはずの下から土が押し上げられている。
「これだ……。この墓石の土が掘り起こされている。ここから、死体が墓の下から這い出してきたんだ」
キースが指し示すと、マーサは静かにうなずいた。
「お墓のなかに戻ったゾンビもいるでしょうし、もしかしたらこれからゾンビとして目覚めさせられる遺体もあるかもしれないわね。お墓全体に鎮魂の祈りを捧げましょう」
マーサは墓場のほぼ中心へと歩みを進めると、持っていた神官杖を地面にしっかりと突き立てた。
彼女が使おうとしているのは、神聖魔法としてはごく基本的な鎮魂の魔法だ。
初級の魔法ではあるがその威力は絶大だ。効果範囲内の不死者はよほど強力な存在でなければ浄化することができる。しかしこの魔法の行使には膨大な精神力と緻密な儀式、そして途切れない集中が必要となる。そのため、一瞬を争う戦闘中にはとても使えない代物だった。しかし今回のような場面では使い勝手が良いと言える。範囲を墓場全体という広大な空間にまで拡大させているため、多大な精神力を使うという欠点にさえ目をつむれば、だが。
「エドワード。あなたも神官の端くれなら、私の補助をしなさい。一緒に聖句を紡ぎ、儀式を執り行うわよ」
「は、はいっ!」
エドワードはゴクリと唾を飲み込み、震える手で自分の神官用の短杖をしっかりと握り締めた。
マーサが低く荘厳な声で聖句を唱え始めると同時に、エドワードもそれに倣って必死に声を合わせる。
——おおいなる調和の光よ、さまよう魂に安らかなる眠りを……
マーサの主導する鎮魂の魔法に合わせるように、エドワードの持つ魔力も引き出され、消費されていく。しかし、それはエドワード自身の深い祈りや信仰が奇跡を起こしたというものではなく、あくまでマーサの巨大な術式に彼の魔力が歯車のように組み込まれ、引きずられるようにして消費されているに過ぎなかった。それでも、エドワードは額に汗を浮かべながら、最後まで必死に役割をやり遂げた。
儀式が終わると、墓場を包んでいた微かな負の魔力がすーっと薄れていく。
「ふう……これで、しばらくは墓の中の者たちも安らかに眠るはずよ。エドワード、大丈夫?」
多大な精神力を消耗したマーサは、ふうっと小さく息を吐き出しつつエドワードに優しく声をかけた。
エドワードはやりとげた!とばかりに微笑み、そして、気絶した。
気絶したエドワードを放ってはおけない。魔力のほとんどを使い果たしたマーサも休憩が必要だ。一同はいったん村長宅へと戻って夜の様子を待つことにした。
夜の帳が下りる頃。村人たちは恐怖から全員が家の中に固く扉を閉ざし、外に出る者は誰もいなかった。
マーサたちは松明を手に取り、再び静まり返った墓場へと足を踏み入れた。
しかし、墓場の中心付近に差し掛かった瞬間、凍てつくような不死者の精霊力とともに、土を引っ掻く不気味な音が響いた。
「……待って、囲まれている! 土の中から、何かが這い上がってくる……!」
キースが鋭い声を上げ、魔法のナイフを構える。
霧の立ち込める墓場の奥から現れたのは、土まみれで肉体が腐敗し、異臭を放ちながら関節を不気味に鳴らすゾンビたちだった。
「なっ……昼間に鎮魂の儀式を行ったというのに、なぜまだゾンビが動くの!?」
コレットが青ざめた顔で後じさる。
エドワードは一歩前に進み出た。
「ぼ、僕が……!僕だってやれるんだ!調和の神よ、ご加護を!! 不死者退散……っ!」
エドワードは恐怖に震えながらも神官杖を掲げ、懸命に聖句を紡ぎ始めた。邪悪を追い払うための神聖魔法を発動させようとするが、何も起きない。
「っ……、発動しない……!?神よなぜですか……」
いざとなったら神聖魔法が使えるはず、そんな楽観的に考えていたエドワードは目の前にゾンビが迫っているにも関わらずがっくりと膝をついた。
「危ない、エドワード!!」
腐臭を放つゾンビの一体が、うめき声を上げながらエドワードの喉元メがけて飛びかかった。
絶体絶命のピンチ。その瞬間、ダグが素早く踏み込み、中型盾でゾンビの突撃を受け止めた。
「ぐっ……おらあっ、よそ見してんじゃねえよ!」
ダグが盾の側面でゾンビを力任せに弾き飛ばし、キースがすかさずその足の関節をナイフで正確に叩き潰して地面に崩れさせた。
さらに、コレットが素早く前へ出る。
「私に任せて! 火の矢!!」
コレットは手にした松明の炎に狙いを定め、そこから一直線に伸びる灼熱の火の矢を放った。
コレットの使う『火の矢』の魔法は術者の手から火を生み出すものではなく、周囲の火元から一直線に的に向かって火矢を飛ばす魔法だ。近くに火元がなければ発動すらできないし、火元から敵へと向かう動線が確保できなければ狙いが定まらない。今回は自分たちが掲げる松明があったため、辛うじて一直線の軌道を確保することができた。
ズシュッ!
鋭い破裂音とともに、松明の火から放たれた火の矢がゾンビの肉体を正確に貫き、激しい炎が巻き起こる。
「グアァァ……ッ!」
ゾンビたちは熱さに悶え、その場で焼き尽くされるように動きを止めた。
あの連携、熟練の冒険者みたいね。マーサは子どもたちの成長に頬をわずかにほころばせながら自身の神聖魔法の使いどころを考えていた。昼間の鎮魂の魔法で彼女の魔力はほとんど使い果たしている。短い詠唱で使える不死者退散の魔法の心得もあるが、これを使ってしまうと万が一の時の回復が心もとない。マーサは魔力を温存することにして、聖水の瓶ををゾンビたちに投げつけた。
戦闘が終わった後、静まり返った墓場で、ダグは荒い息を整えながら疑問を口にした。
「おかしいぜ……。昼にあんなに大掛かりな鎮魂の魔法を使ったのに…夜になってまたゾンビが湧き出るなんて。それに、そもそもこんな小さな農村で、どうやって村人たちに怪しまれずにこんな真似ができたんだ?」
「……そこが問題よ」
マーサは煤けた墓石を睨みつけながら頷いた。
「この村は小さく、外部の人間が来ればすぐに噂になる。それなのに、誰も不審者を目撃していない。ということは……この村の住民の誰か、あるいは村にとって怪しまれない立場にいる人間が、黒幕として裏で手を引いているからよ」
村人として溶け込み、誰も疑わないような顔をして生活している何者かが、夜な夜な墓場で死体を操っているのだ。
「どうする? 今すぐ村中の家を叩き起こして調べるか?」ダグが問う。
「いいえ、今夜それをやると村中が大パニックになって、黒幕に証拠を隠滅されるか逃げられてしまうわ。今夜のうちに、まずは怪しい人物の足取りだけでも掴んでおきましょう」
そこで、足音を忍ばせて活動できるキースを中心に、夜の村の探索を行うことになった。
農村の夜は早く、酒場のような賑やかな場所もない。不自然に明かりが漏れている家や、隠れてコソコソ動いている不審者は比較的絞りやすい。
キースは消音加工された革靴の感触を頼りに、村の裏通りや納屋の並ぶ一帯をまるで影のように静かに進んでいく。
しばらく進むと、村のはずれにある古びた納屋の裏手で、何やら薬品の臭いを漂わせた人物が、不気味な呪術具を片付けながら作業している姿を発見した。
(あいつは……! 間違いなく、あの男がゾンビを操っている黒幕だ……!)
キースは息を殺し、物陰からじっとその男の様子を観察した。
しかし、決定的な証拠が足りない。怪しいは怪しい姿だか、怪しいだけで手を上げたら冤罪の可能性も無くはない。しかもここで下手に突撃して取り逃がしたり、村人たちを巻き込んだ騒ぎになっては元も子もないのだ。
「……明日、明るくなってから村長やみんなと協力して、詳しく証拠を探りながら追い詰めるんだ」
キースは慎重に身を引き、仲間たちの待つ村長宅へと音もなく戻った。
村長宅に戻ったキースから報告を受けたマーサたちは、事態の深刻さを改めて共有した。
「そうか……やっぱり、この村の中に悪党がいるんだな」
ダグが拳を握りしめ、エドワードも自分の無力さに悔し涙を拭いながら、しっかりと頷いた。
「ぼ、僕は……今日の戦闘で何もできなかったけれど、明日こそは皆の役に立ってみせるよ!」
夜更けの村長宅。万が一の夜襲や不測の事態に備え、ダグとキースが交代で見張りを立てることになった。
石造りの暖炉の残り火を背に、子どもたちはそれぞれの武器と心を整え、来るべき決戦の朝へと静かに備えるのだった——。
(中編・おわり / 後編へ続く)




