初仕事は入れ歯!?(後編)
夜気が冷たく肌を刺すころ、スラム街のはずれに建つトタン屋根の廃屋の周囲は、不気味な静けさに包まれていた。
窓の隙間から、ぼんやりとしたランプの灯りが漏れている。中からは「だからどうやってこれを換金すんだよ!」「うるせえ、俺が思いついたんだから山分けだ!」と、ゴルバたち小悪党の言い争う声が低く響いていた。
「……見張りは、入口に一人だけだな」
キースが消音加工された革靴で足音を完全に殺し、廃屋の壁伝いに影のように忍び寄る。いつもの魔法のナイフは殺傷能力が高すぎるため、今回の潜入では安全を考慮して非殺傷用の「訓練用ダガー」に持ち替えている。
ダグは新調した中型盾を左腕に構え、いつでも突撃できるように息を整えた。コレットは右手の『精神集中の指輪』を握りしめ、二人の後ろで慎重に魔力を研ぎ澄ませている。
前回の「野盗との死闘」で味わったトラウマと恐怖が、三人の胸の奥をチクリと刺した。しかし、だからこそ今回は違う。
無駄に怯えず、命を奪わずに、正確に敵を無力化する。マーサから叩き込まれた教訓を胸に、キースはそっと訓練用ダガーの柄を握り直した。
「よし……一気にいくぞ」
キースの合図とともに、ダグが跳ね起きた。
「おりゃああっ!!」
ガシャァァンッ!!
廃屋の粗末な木戸を、ダグが中型盾の質量で盛大に蹴破った。突然の強襲に、入口で居眠り半分になっていた見張りの男が椅子ごとひっくり返る。
「な、なんだぁっ!? ぐぇっ!?」
ダグは盾のフラットな面を使い、男のみね打ちの要領で鳩尾を正確に叩き潰した。男は声にならない悲鳴を上げ、そのまま白目を剥いて意識を失う。
「おい、何の音だ!? 踏み込まれたぞ!!」
奥の部屋から、入れ歯泥棒であるゴルバを含めた二人組が、慌てて錆びた短剣や鉄パイプを掴んで飛び出してきた。
「ちっ、ガキどもか……! 痛い目見せてやらぁ、殺せっ!」
ゴルバが血走った目で怒声を上げ、錆びた短剣を振り回して突っ込んできた。
だが、今のダグとキースは、恐怖に足がすくむ素人ではない。
「通さねえよ……!」
ダグは一歩も引かず、中型盾の曲面でゴルバの荒い突きを綺麗に流した。武器の軌道が大きく逸れ、バランスを崩したゴルバの脇腹の筋肉の筋を、ダグは正確に剣の柄頭で強打した。
「がはっ……! 」
激しい痺れと激痛に襲われ、ゴルバの腕の力が完全に抜ける。武器が床へとカラカラと音を立てて落ちた。
さらに、もう一人の男が背後からキースへ飛びかかろうとした瞬間、コレットが静かに一歩前へ出た。
「――さあ眠りなさい、『スリープ』!!」
コレットの右手の指輪が淡い青光を放ち、新しく習得した古代魔法『眠り(スリープ)』の術式が発動した。
目に見えない心地よい魔力の波が波紋のように広がり、飛びかかろうとしていた男の動きがぴたりと止まる。
「なっ……急に、まぶたが……重く……ぐぅ……」
男は武器を取り落とし、カックンと頭を垂れると、そのままの体制でスヤスヤと床に突っ伏して深い眠りに落ちていった。
「すげえ……コレットの魔法が一瞬で決まった!」
「ぐ、うう……いてて……」
奇襲でゴルバたちを制圧した三人。。
だが、ここで油断して反撃を許しては、前回の教訓が活きない。
「キース、まだ動かれると危ないよ。しっかり縛ろう!」
コレットがバックパックから丈夫な麻ロープを取り出し、キースへ手渡した。
キースは頷くと、素早く手際の良い手つきでゴルバと手下たちの両手を背中合わせにし、ほどけないようにきっちりと固く縄で縛り上げた。
「おい、待てよ! いてえよ、きついって!」
「動くな。反撃されないための当然の処置だ。おとなしくしてろ」
キースが冷たく言い放つと、ゴルバたちは観念したように肩を落とした。
これで、隙を突かれて反撃される心配は完全に消え去った。
完全に無力化され、縄でぐるぐる巻きにされたゴルバは、床にへたり込んでガタガタと震えていた。
「ひ、ひぃっ……! なんだお前ら……ガキのくせに、容赦がねえうえに慎重すぎんだろ……っ!」
キースは息を整えながら、ゴルバの足元に歩み寄り、冷ややかな視線を向けた。
「当たり前だ。お前が昨晩スリ取ったものがあるだろ。それを大人しく出せ」
「い、入れ歯か……? あ、あれか……っ!」
ゴルバは青ざめた顔で自分の懐を探り、縄で縛られていない自由な足先で小突くようにして、布に包まれたズッシリと重い物体を転がした。
キースがそれを拾い上げ、慎重に包みを開ける。
そこにあったのは、精巧な純銀の土台に、前歯から奥歯にかけてズラリと隙間なく嵌め込まれた、ギラギラと眩いばかりに輝く『純金の義歯(特製金歯入れ歯)』であった。
「……うわっ、すっげえ……。喋るたびに口の中でこれが光るのかよ。そりゃあ、ガリバー爺さんも全財産を注ぎ込んだって大泣きするわけだ……」
ダグが思わず引きつった顔で呟き、コレットもパチパチと目を瞬かせた。
「これなら、誰も口にいれようとは思わないね……。でも、まあ、無事に取り返せて本当によかった!」
キースは純金の入れ歯をしっかりと自分の革ポーチにしまい、満足そうに頷いた。
「よし、これで依頼の品は回収完了だ。衛兵を呼んでこの連れを引き渡すか、あるいはギルドにそのまま突き出すとするか」
キースが冷たく言い放つと、ゴルバたちは青い顔でぶんぶんとうなずき、その場で平身低頭に慈悲を乞うた。
こうして、キースのスカウトギルド初仕事は、眠りの魔法と的確な無力化、そして確実な縄による縛り上げによって、完璧な大成功で幕を閉じたのだった。
レムリアの下町。ガリバー老人の家で。
「わ、わしの金歯入れ歯じゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
カウンターの向こうで、ガリバー爺さんは両手で純金の入れ歯をしっかりと抱きしめ、子供のように大粒の涙を流して号泣していた。
入れ歯を口にはめ込むと、喋るたびに口元がガタガタと震え、総額数万Gの純金が店内のランプの光を浴びてギラギラと禍々しく、そしてどこか滑稽に輝いている。
「ありがたい……! 本当にありがたいぞ若者たち! わしの老後の蓄えが、全財産の純金が、無事に帰ってきたぁ……っ!」
爺さんは感極まってキースの手をめちゃくちゃに握りしめ、何度も何度も頭を下げた。
依頼の報酬として、「お礼だ! これで美味いものでも食いな!」と、爺さんはずっしりと重い銀貨の袋をキースの手に押し付けた。
無事に依頼を完遂し、孤児院へと戻ってきた三人。
居間のテーブルの上に報酬の銀貨袋をドンと置くと、キースは大きく伸びをした。
「はぁ〜っ、終わった終わった! スカウトとしての初仕事がまさかのおじいちゃんの入れ歯回収だったけどさ……無事に余計な血を流さず、全員縄で縛ってやり遂げたな!」
「おう! レオン兄ちゃんが噂を教えてくれたおかげでスムーズにいったし、コレットの『スリープ』の魔法もうまく決まったね」
コレットが嬉しそうに微笑み、ダグも革靴の泥を払いながら、どこか誇らしげな笑みを浮かべた。
「ああ。マーサ院長が教えてくれた冷静な無力化のやり方が、ちゃんと実践できた。……もう、前回みたいにパニックになって取り乱したりはしないさ」
キースのその言葉を聞き、部屋の隅で温かいスープの仕込みをしていたマーサは、優しく目を細めて微笑んだ。
「よく頑張ったわね、三人とも。命を奪わずに目的を果たすというのは、戦いの中で力任せに暴れるよりも何倍も難しいことよ。あなたたちは、また一つ立派な冒険者になったわ」
マーサの褒め言葉に、三人は照れくさそうにはにかんだ。
その日の孤児院の夕食は、レオンが青果市場から卸してくれた新鮮な野菜をふんだんに使った、温かいシチューだった。
前期の過酷な試練を乗り越え、命の重みを胸に刻んだ子どもたちの表情には、もう子供染みた甘さは微塵もない。
「「「いただきます!!」」」
元気いっぱいの明るい声が、温かな橙色の光に包まれた孤児院の食堂に響き渡る。
裏通りの影を一つ乗り越え、彼らの絆と冒険者としての歩みは、明日という新しい未来へ向かって、しっかりと力強く進んでいくのだった。




