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おばさん神官の孤児院経営記 ~無双もチートもありませんが、ハーフエルフ院長の「知恵と準備」で今日も日銭を稼ぎます~  作者: さく


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はじめての冒険

「いいこと、よく聞きなさい。冒険者の死因の第一位は、ドラゴンでも魔王でもないわ。『油断』と『準備不足』よ」

レムリアの街の西に広がる森。木漏れ日が差し込む街道を外れた草むらで、マーサは低く澄んだ声で言い放った。

この森は薬草の材料になる草が生えていることもあり、採取目的で駆け出し冒険者がよく訪れる。ゴブリンが巣を作ることもあるが決して大きな危険があるとは言えない森だ。


しかし、マーサは油断をしていない。彼女の装いは、孤児院でのエプロン姿とは一変している。

古びているが手入れの行き届いた革の胸当てに、腰には大きなメイスと聖印。ハーフエルフらしく背筋はピンと伸びているが、その歩幅は狭い。体力が低いため、長距離の移動でも息が上がらないよう、徹底して効率的な歩き方をしているのだ。


「ダグ! 盾の位置が下がってる! 藪から針毛トカゲが飛び出してきたら、真っ先に喉笛を突かれるわよ!」

「ぐっ……はいっ!」

前衛を務めるダグは、全身から汗を吹き出させながら、丸盾を構え直した。

革の甲冑に身を包み、片手剣を差した姿はそれなりに見えるが、緊張で肩に力が入りまくっている。

そのすぐ後ろで、コレットが木製杖をギュッと握りしめながら呟いた。

「ねえ院長、さっきから『薬草採取』なのに、なんでこんなにジリジリ進むの? パパッと森に入って、サクッと採って帰ればいいじゃない」

「バカ言んじゃないよ」

マーサは足を止めず、耳をぴくぴくと動かしながら振り返った。

「森はね、魔物の家なの。あたしたちはそこに足踏み入れる泥棒みたいなものよ。敵の家で騒ぐバカがどこにいるの? キース、説明してあげなさい」

「了解」

パーティの最後尾、周囲の足跡や木の枝の折れ具合を観察していたキースが、淡々と口を開く。

「この付近は比較的安全なエリアだけど、ゴブリンの徘徊ルートと被ってる。風下からアプローチしないと、僕たちの匂いで集団に囲まれる危険があるんだ。それと、目的の『銀嶺草』は、日陰の湿った岩場にしか生えない。やみくもに探しても時間の無駄だよ」

「うぐ……知ってるわよ、それくらい!」

コレットが悔しそうに顔を赤くする。

キースはシーフとしての観察眼と、セージとしての知識を完璧に連動させていた。マーサの書庫にあった図鑑や地理書を暗記しているおかげで、すでに駆け出し冒険者の頭脳としては破格のレベルに達している。


「よし、全員ストップ」

マーサが手を挙げると、三人は示し合わせたようにピタリと足を止めた。

マーサが指さしたのは、小さな沢の近くにある苔むした岩場だ。そこには、日光を反射してかすかに銀色に輝く、三つ葉の薬草が群生していた。

「あった! 銀嶺草だ!」

ダグが声を上げて駆け寄ろうとした瞬間――

「動くな、ダグ!!」

マーサの怒号が飛んだ。ダグはビクッと足を止める。

「足元を見なさい! 岩の根元、草が不自然に覆いかぶさっているでしょう!」

ダグが冷や汗をかきながら足元を凝視すると、そこには小さな穴が掘られ、尖った木切れが刺さった泥臭い『落とし穴』が仕掛けられていた。足を踏み入れれば、確実にすねを貫かれて動けなくなっていたはずだ。

「ゴブリンの仕掛け罠(トラップ)ね……。奴ら、銀嶺草を餌にして、人間の駆け出しを釣る気よ」

マーサが吐き捨てるように言うと、草むらの奥から「ギギッ!」「グララ!」という不快な濁声が響いた。

茂みをかき分けて現れたのは、小柄で醜悪な緑色の皮膚を持つ魔物――ゴブリンが三体。手に錆びた小刀やクラブを握り、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべている。


「出たわね! あたしの炎魔法で一網打尽にしてやる――」

「待ちなさい、コレット!」

興奮して杖を構えるコレットを、マーサが制した。

「三体程度に全力の魔法を使うんじゃないよ! 魔力の無駄遣い! キース、相手の武器と状態は!?」

「左の個体は右足を引きずってる。真ん中がリーダー格、ナイフ持ち。右は遠距離攻撃の石投げに注意」

キースが即座に分析を言い投げる。

「ダグ! 逃げる必要はない、前に出なさい! ただし、倒そうとするな! 盾で真ん中の攻撃を受け止めて! コレット、精霊魔法で左の引きずってるやつの足元に【微風(ウィンド)】をぶつけて転ばせなさい!」

「えっ!? 攻撃魔法じゃないの!?」

「風の精霊(シルフ)にお願いして足をすくうのよ! 威力を絞った足止めのほうが、魔力の消費は少ないわ!さっさと言われた通りにしなさい!」

「くっそ……分かったよ! 来い、緑チビども!!」

ダグが意を決して前に出ると、真ん中のゴブリンが飛びかかってきた。

ガァン!!

鈍い金属音が響く。ダグは腕を痺れさせながらも、マーサに叩き込まれた通り、腰を低く落として盾の面で正しく衝撃を逃がした。

「よし、受け止めた! 姿勢は崩れてない!」

「コレット、今よ!」

「風の精霊よ、お願い!【微風(ウィンド)】」

コレットが短く呪文を唱えると、足を引きずっていた左のゴブリンの足元にだけ、小さな旋風が巻き起こった。体勢を崩していたゴブリンは、あっけなく横転して無防備な晒し身となる。

「キース!」

「任せて」

すばやく回り込んでいたキースが、腰の短剣を抜いて無防備なゴブリンの喉元を一突きにした。

息の根を止める手際の良さは、シーフそのものだ。

「残りは二体! ダグ、押し返しなさい!」

「おりゃーー!!」

ダグが熱血の叫びとともに盾でゴブリンを突き飛ばす。体勢を崩したところへ、キースとダグの連携で確実に仕留めていく。

派手な大魔法も、伝説の剣技もない。

だが、「正確な情報」「最小限の魔力消費」「泥臭い役割分担」によって、三人は無傷でゴブリン三体を完封してみせた。

「はぁ……はぁ……! 勝った……勝ったぞ!!」

剣を握りしめたダグが歓声を上げる。コレットも「あたしの魔法、効いたでしょ!?」と嬉しそうだ。

「二人とも、まだ終わりじゃないわよ」

マーサが歩み寄り、ゴブリンの死体を見下ろした。

「キース、耳を切り落としなさい。ギルドの討伐証明になるからね。それと、ダグ、コレット。ゴブリンのポケットを探るの」

「ええっ!? こいつらの服を探るの!? 汚いよ!」

「冒険者の基本は剥ぎ取りよ! 持ってる小銭を一銅貨たりとも残すんじゃないわよ!」

「うげぇぇ……」と悲鳴を上げながらも、三人はマーサの指示に従って地道な回収作業を進めた。


ゴブリンの『処理』をちらりと見ながら、マーサは腰のポーチから小さな小袋を取り出すと、銀嶺草の根元にサラサラと白い粉末を振りかけた。

「院長、それなに? 白い粉?」

「あたしが神殿で聖別しておいた、お祈り済みの小麦粉よ。こうやって薬草の根元に撒いて清めてから採取すると、瑞々しさが長持ちするの。土を痛めることもないしね」

「へぇ……! 本には『聖水で清める』って書いてあったけど、小麦粉でも効果があるんだ」

キースが感心したように頷く。

マーサは自慢げに胸を張り、株を痛めないよう丁寧に銀嶺草を摘み取った。

「聖水は高価でしょ? 小麦粉でも丁寧に神聖魔法をかければ、安上がりで効果も十分なのよ。知恵と節約は神官の嗜みね」

「さすが院長……しっかりしてる」


夕暮れ時。

ギルドの買取窓口で、職員の女性が目を見張っていた。

「……えっ。この銀嶺草、保存状態が完璧です……! それに、駆け出しの皆さんが怪我一つなくゴブリン三体を討伐してきたんですか!?」

「まあね! 俺たち、チームワークが抜群なんだよ!」と胸を張るダグ。

「ふふん、あたしの精霊魔法の使いどころが良かったのよ」とドヤ顔のコレット。

「院長の指示通りにしただけだよ」と冷静なキース。

窓口の奥から、ギルドのベテラン冒険者たちが「ほう……」「あの歳の新人が、余計な怪我もせず完璧に仕事をこなして帰ってきたか」と感心したような視線を投げかけてくる。


受け取った報酬は、依頼料の銀貨五枚に加え、状態の良い薬草のボーナスとゴブリンの討伐部位を合わせて、銀貨八枚。


孤児院への帰り道。

小さな革袋の中で、チャリン、と重みのある音が響いた。

「やったわね! これで今週の食費どころか、小さい子たちの靴代の足しにもなるわ!」

マーサが声を弾ませると、ダグが腹を鳴らしながらニカッと笑った。

「院長! 今夜は約束通り、肉鍋だな!」

「ええ、奮発して大きな肉を入れてあげるわよ! ただし、食後は今日の戦闘の反省会だからね! コレット、【微風】の詠唱速度が遅かったわ!」

「ええ〜っ!? スパルタすぎるよ院長〜!」

夕日に照らされる街道を、四人の賑やかな影が伸びていく。

危険と隣り合わせの冒険者稼業。けれど、頼もしいハーフエルフのおばさん神官と、すくすくと育つ子どもたちの「経営記」は、確かな一歩を踏み出したのだった。

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