孤児院の赤字を救え! 三人の新米冒険者とハーフエルフの院長
「はあぁぁぁ……」
古い木造建築の孤児院。その一番奥にある小さな書斎兼寝室で、ハーフエルフのマーサは深いため息を吐き出した。
机の上に広げられているのは、年季の入った大福帳と、カチカチと音を立てる木製の算盤。
ハーフエルフ特有のしなやかで整った容姿、尖った耳、そして透き通るような肌を持ちながらも、眉間に刻まれた深いシワと頭を抱える仕草は、どこからどう見ても苦労性のお母さん――いや、おばさんそのものである。
「小麦粉があと三日分。薪は来週までもつかどうか……。それに、小さい子たちの靴も買い替えてあげなきゃいけないのに……」
マーサは頭を抱え、薄い胸を叩いた。
彼女はかつて、この街『レムリア』の周囲でそれなりに名を馳せた冒険者だった。神聖魔法の遣い手として、死線を幾度も潜り抜けてきた過去がある。
だが、華奢なハーフエルフで腕力も体力も恵まれず、前線でガンガン戦えるような「最強の英雄」にはなれなかった。街の平和を守る「街勇者」程度の立ち位置で現役を退き、今は身寄りのない子供たちを引き取ってこの孤児院を切り盛りしている。
知性と精神力には自信がある。だが、知性で空腹は満たせないし、精神力で麦粉は増えない。
レムリアは豊かな街だ。近くに古代遺跡があるため冒険者が集まるし、その冒険者をあてにした商売も盛んである。彼女が仕える神の神殿も決して貧しくはない。孤児院を作る位の豊かさはある。
しかし、孤児院への援助は微々たるものだ。
「あーあ、どこかに金貨が詰まった壺でも落ちてないかしら……」
そう呟いた瞬間、書斎の重い扉がバァン!と勢いよく開かれた。
「院長! 大変だ!!」
「大変なのはあたしの頭の中よ! 入る時はノックしなさいって千回言ったでしょ、ダグ!」
飛び込んできたのは、十四歳になる人間の少年、ダグだった。
ボサボサの茶髪に、元気だけが取り柄と言わんばかりのギラギラとした眼光。手には使い古された木剣を握りしめている。
「ノックなんてしてる場合じゃないって! 俺、決めたんだ!」
「なにをよ」
「俺、冒険者になる! ギルドに登録して、ガンガン魔物を倒して、ガッポリ稼いでくる! そうすれば院長にうまいもん食わせてやれるし、このボロ家だってデカくできるだろ!?」
ダグが鼻息荒く言い放つと、その背後から小柄な少女が割り込んできた。
「ちょっとダグ、ずるい! あたしも一緒に行くんだから!」
赤髪をツインテールに結った少女、コレットだ。彼女は大事そうに抱えた安物の木製杖を突き出し、胸を張った。
「あたしの古代魔法と精霊魔法があれば、ゴブリンなんて一網打尽よ! ドカンと一発で吹き飛ばして、お宝山分けなんだから!」
熱血漢の二人が、狭い書斎で拳を突き合わせて盛り上がっている。
マーサはこめかみを指で押さえ、本日何回目かわからない溜め息を呑み込んだ。
「……はぁ。あんたたちねぇ、冒険者をなんだと思ってるの? 泥水をすすり、毒虫に刺され、いつ死んでもおかしくないならず者の集まりよ? 一攫千金なんて夢見て突っ込んだ奴から順番に、ゴブリンの餌になるんだから」
冷ややかな目とため息を投げかけたのは、二人の後ろからやれやれと入ってきた黒髪の少年、キースだった。
手には何冊かの古書と、ギルドの掲示板から剥がしてきたと思われる依頼書が握られている。
「キース! お前、日和ってんのかよ!?」
「日和ってない。現実を見ろって言ってるんだ、ダグ。院長、これ」
キースはダグの頭を軽くなで肩で押し退けると、マーサの机の上に一枚の羊皮紙を置いた。
「ギルドが出してる、初心者向けの『銀嶺草の採取』の依頼書。場所は街から徒歩二時間の西の森。報酬は銀貨五枚。これなら、僕たちの今の装備でも安全にこなせるし、今週の食費くらいにはなる」
「なにそれ地味! もっとこう、ドラゴン退治とかないの!?」と叫ぶコレットを、キースは冷たい目で見下ろす。
「あるわけないだろ、バカコレット。無理をすれば全滅する」
「なによー! バカって言ったほうがバカなのよ!」
ギャーギャーと騒ぎ始めるダグとコレット。それを冷ややかにあしらうキース。
マーサは、机の上の依頼書と、目の前の三人を見つめた。
(……いつの間にか、こんなに大きくなって……)
引き取った時は、みんな泣き虫で、小さくて、いつ死んでしまうかとヒヤヒヤしていた。
それが今や、自分たちの足で立ち、この貧乏な孤児院を救おうと知恵と勇気を振り絞っている。
マーサは算盤を脇に置くと、ゆっくりと立ち上がった。
ハーフエルフとしての華奢な体躯。しかし、その背中から立ち上る威圧感に、騒いでいた三人がピタリと動きを止める。
「……ダグ。さっき『ガンガン倒す』って言ったわね?」
「え、あ、うん……」
「前衛の仕事はね、敵を倒すことじゃないの。『後ろの二人を守る盾になること』よ。自分が目立とうとして突撃する前衛から、真っ先に死んでいくの。分かった?」
「ひっ……は、はい!」
ダグが直立不動になる。マーサの鋭い視線が、次はコレットに向いた。
「コレット。『ドカンと一発』と言ったわね?」
「あ、はい……」
「魔法使いの魔力切れはね、『即、死』を意味するの。派手な魔法でスカッとしたいなら、劇場で役者でもやりなさい。戦場では、最小限の魔力で最大の足止めをするのが本物の魔法使いよ」
「うぐぐ……はい……」
二人がすっかり縮み上がったところで、マーサはキースに向き直った。
「キース。あんたは合格。事前に相手と場所を調べ、自分の丈に合った依頼を選ぶ。セージ(学者)とシーフ(野伏)の基本ができてわね」
「どうも。院長の書庫の本を全部読んだ甲斐があったよ」
キースが少し得意げに鼻を鳴らす。
マーサは腰の革ベルトに、年季の入った銀の聖印と、小ぶりのメイスを装着した。
「よし。全員、仕度をしなさい」
「えっ……院長も来るの!?」
ダグが目を丸くする。マーサはニヤリと、元・冒険者らしい意地悪で頼もしい笑みを浮かべた。
「当たり前でしょ。あんたたちみたいなヒヨッコだけで森に行かせたら、一分でゴブリンのオヤツになるわ。あたしは体が弱いし、腕力もないから前線では戦えない。でもね……『絶対に死なない泥臭い生き残り方』なら、耳にタコができるまで教え込んであげる!」
それに、何かあったらあたしの神聖魔法で守ってあげられるしね。そんな気持ちは表に出さす、マーサは手持ちの小さな革袋を叩いた。チリン、と寂しい音が鳴る。
「今夜の夕飯に肉を入れるわよ! 腹が減っては冒険はできないからね! 元・冒険者のスパルタ教育、覚悟しなさい!」
「「「おー!!!」」」
熱血な二人と、冷静な一人。そして、資金難に頭を痛めるハーフエルフのおばさん神官。
孤児院の明日をかけた、泥臭くも賑やかな冒険が、今ここから始まった。




