指名依頼(4)
単眼の紅光が動けないダグをロックオンし、右腕の巨大な鉄槌が空気を激しく圧しながら上空へと持ち上げられた。
(逃げる……? どこへ……!? 俺が引いたら、後ろのコレットと院長が押し潰される……!!)
ダグの視界が、恐怖と麻痺毒の冷気で急速に狭まっていく。
頭上から視界を覆い尽くすように振り下ろされる、数千キロの質量の固まり。直撃すれば、頭骨も胸骨も一瞬で粉砕され、肉の塊へと変えられるだろう。
(死ぬ……のか……? こんな場所で……!?)
絶望の淵で、ダグの脳裏に激しく叩き込まれたガルムの怒号が蘇った。
『盾を持つ者はな、鉄の壁じゃねえ。正面から重さを受け止めるバカがどこにいる! 衝撃を逃がし、死線をずらす流転の支柱になれ! 力で勝てねえなら、相手の質量を利用しろ!』
「……誰が……死ぬかよ……っ!!」
ダグは血混じりの唾を石畳へ吐き捨てると、左手の丸盾を構え直した。
ゴーレムの鉄槌が、ダグの丸盾の表面を叩き潰さんと襲いかかった。
だが、叩きつけられるまさにその一瞬前——短杖を掲げたコレットの切実な叫びが回廊に轟いた。
「——守りの壁よ、今ここに! 『防御壁』!!」
オルランドから授かった魔導書に刻まれていた古代の防衛術式。コレットが必死で紡ぎ出した古代魔法が、ダグの前方に重厚な光の幾何学障壁を展開させた!
バリバリバリィィィッ!!!!
爆音とともにシールドに無数の亀裂が入る。コレットの古代魔法のシールドは、ゴーレムの莫大な物理破壊力を一瞬受け止め、その凶悪な威力を力強く削ぎ落とした。
「きゃあっ……!」
魔力の反動に耐えながらコレットが踏みとどまる。
その僅かな「溜め」と威力の減衰を、前衛のダグは見逃さなかった。
さらに即座に駆け寄ったマーサが、ダグの背中に向けて神官杖を突き出す。
「神よ、毒を払いし清浄なる光を! 『解毒』!!」
神聖な光がダグの全身を駆け巡り、脚を縛りつけていた冷たい麻痺毒がみるみるうちに打ち消されていく。
感覚を取り戻した右脚で力強く踏み込み、直撃のわずかコンマ数秒前、ダグは丸盾の縁を外側へ向けて激しく捻り、同時に膝を折りながら身体全体を左斜め後ろへと滑らせる『極限の受け流し(パリィ)』を繰り出した!
ガギギギギギィィィンッ!!!!
激しい火花が真昼の太陽のごとく散乱する。
コレットのシールドによって勢いを殺され、マーサの解毒で自由を取り戻したダグのパリィが合わさったことで、ゴーレムの重量攻撃は斜めに傾けられた丸盾の曲面をすべり、そのままダグの脇の石畳へと激しく叩きつけられた!
バギャァァンッ!!
衝撃で石畳が粉々に砕け飛び、大量の石片が爆ぜる。
殺しきれなかった凄まじい衝撃波と圧力がダグの左腕を襲った。
「ぐはぁっ……!?」
腕甲の下で腕骨が激しく軋み、激痛が脳天を突き抜ける。ダグの体躯が横へと吹っ飛ばされ、石壁へ激しく激突して血を吐いた。
しかし——コレットのシールド、マーサの解毒、そしてダグが命がけの行動は、ゴーレムの巨大な体勢を前かがみに大きく崩させることに成功していた。自重が重すぎるがゆえに、一度空振った鉄槌の勢いを止められず、右前傾のまま体勢が硬直したのだ。
「ダグっ!! マーサ院長っ!!」
「行かせない……っ! 『気配殺し(スニーク)』——!!」
影が走った。
ダグ、マーサ、コレットが繋いだ一瞬の隙を見逃さず、キースが身を低く沈め、風すら置き去りにする速度で滑り込んだのだ。
「ガ……ギギ……体勢再構築……敵標的を再検索……」
単眼の光を明滅させ、崩れた体勢を立て直そうとするアイアンゴーレム。
しかし、キースの動きはすでにその機巧の思考速度を上回っていた。
(外側の装甲はコレットの攻撃魔法も通さない完全レジスト。だが、からくりである以上、関節や可動部には必ず隙間が存在する! シルヴァさんの教え通りだ……どんな完璧な鎧にも、動くための繋ぎ目がある!)
シルヴァから叩き込まれた急所狙いの極意。人型魔物だけでなく、からくり人形の構造すら見抜く盗賊の眼が、ゴーレムの右膝裏——可動を円滑にするための薄い潤滑構造と銅線の露出部を正確に捉えた。
キースは両手の小刀を逆手に構え直すと、躍進の勢いのまま、右膝裏の極小の隙間へ深々と刃を突き立てた!
ズバッ……ガチチチッ!!
「ギ……ガァッ!?」
精密に作られた双小刀の尖端が、関節内部の細い銅線と魔導触手を鋭く切り裂き、激しい紫色の火花が散った。右脚の動力を失ったゴーレムが、ガクリと片膝を床につく。
「コレット! 魔法を!光の矢の魔法だ!!」
キースは膝裏に小刀を刺したまま、全身の体重をかけて刃をねじ込み、装甲の隙間を強引に数センチ抉り開いた。
「キース! 無茶だよ、そんな近くにいたら……!」
「いいから撃て! 外側が駄目でも、内部なら魔法抵抗のコーティングはない! この隙間に叩き込むんだ!!」
キースの叫びに、コレットは涙を拭い、短杖を両手で固く握りしめた。
孤児院の居間でオルランドお師匠様から手渡された古い魔導書。そこに書かれていたオルランド直筆のメモが、コレットの頭の中に鮮明に蘇る。
『大きな威力の魔法を振り回すのは三流。真の術士は、魔力を針の穴を通すように、最も効果的な一点へ過不足なく流し込む』
(あたしは……足引っ張りじゃない! ダグと院長が命を張って、キースが道を開けてくれた……! ここで決めなきゃ、みんなの覚悟が無駄になる……!!)
コレットは深く息を吐き出し、乱れていた精神を極限まで静寂へと沈めた。
外へ漏れ出そうとする無駄な魔力を一切削ぎ落とし、針の先ほどに凝縮された高密度の光の概念。
「——穿て、『光の針』!!」
解き放たれたのは、爆発的な大魔法ではない。音もなく、光の線となって一直線に伸びる、指先ほどの極小の光弾だった。
光弾は、キースが小刀で強引にこじ開けた右膝裏の極小の隙間へ——吸い込まれるように滑り込んだ!
ドカンッ……!!
外側ではなく、ゴーレムの内部で小規模な魔力爆発が巻き起こった。
強大な魔法抵抗のコーティングは、内側からの物理的な衝撃と魔力膨張には無力だった。右脚の内部機関がズタズタに破壊され、内部から激しい黒煙と火花が噴き出す。
「ギ……ガガガッ……機能障害……左腕……掃滅行動……」
しかし、古代王国の殺戮兵器は止まらない。
右脚を破壊されながらも、ゴーレムは単眼の光をドス黒い赤へと変色させ、残された左腕の巨大な鉄槌を、すぐ足元にいるキースへ向けて横薙ぎに振り払った!
「しまっ……! 距離が近すぎる……!?」
小刀を深くねじ込んでいたキースは、反動で体勢を崩しており、とっさに後ろへ跳ぶことができない。目と鼻の先に迫る、質量数百キロの鉄の塊。
「——させるかぁぁぁっ!!」
ガシャァァンッ!!
横から飛び込んできたのは、左腕を無惨にだらりと垂らしたダグだった。
右腕一本でブロードソードを逆手に構え、柄頭をゴーレムの左肘の関節へ強引に割り込ませる!
ゴガッ!!
「ダグ!?」
「へっ……片腕でもな……軸を逸らすくらいは……できるんだよ……っ!!」
ダグの執念の割り込みにより、左鉄槌の軌道がわずかに上へと跳ね上がった。キースの頭上数センチを風圧がかすめ、背後の石壁を激しく砕く。
「キース! 首だ! 首の関節にも隙間がある!!」
ダグが右腕一本でゴーレムの左腕を押さえつけ、血を吐きながら叫んだ。
「ダグ……分かった!!」
キースはダグの肩を踏み台にし、空中へと高く跳躍した。
眼下に捉えたのは、頭部単眼の真下——首と胴体を繋ぐ、太い円柱状の回転関節。そこにも、頭部を旋回させるための僅かな隙間が存在していた。
キースは空中から、もう一本の小刀をゴーレムの首の隙間へ目一杯の力で突き立てた!
ズスッ……!!
「コレットッ! 首の根っこだ!! 内部を焼き切れ!!」
「——これで、終わりっ!! 『光の針』!!」
後方から放たれた二筋目の光の針が、キースの刺した小刀の柄を伝うようにして、ゴーレムの首の内部機関へ直撃した。
ドカァァァンッ!!!!
首の内部で二度目の魔力爆発が炸裂する。
単眼の赤い光がパチパチと激しく明滅し、やがてぷつりと途絶えた。三メートルを超える鉄の巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ち、石畳の上へ凄まじい地響きとともに倒れ伏した。
ズドォォォォン……!!
静寂。
回廊に充満していた激しい焦げ臭さと、黒煙だけがゆっくりと天井へ上っていく。
「ハァ……ハァ……ハァ……っ」
ゴーレムの巨体の上から飛び降りたキースは、そのまま力尽きたように膝から崩れ落ちた。両手の指は激しいショックで痺れ、小刀を握る力すら残っていない。
そして——ゴーレムの左腕を押さえ続けていたダグが、だらりとブロードソードを落とし、仰向けに倒れ込んだ。
「ダグっ!!」
マーサとコレットがなりふり構わず駆け寄った。
ダグの体状は酷かった。左腕は折れてこそいないものの、激しい打撲と捻挫で紫色に跳ね上がり、右肩の傷口からは再び血が滲んでいる。だが、マーサが即座に解毒を行っていたおかげで、最悪の毒の周りは食い止められていた。
「ダグ……ダグ……っ!」
マーサは膝をつき、ダグの頭を自分の膝の上に抱え上げた。その手は震えていた。マーサは迷うことなく神官杖をかざした。
「神よ……『軽傷治癒』!!」
マーサの神官杖から緑の光が溢れ出し、ダグの傷ついた身体を包み込んだ。
荒かったダグの呼吸が少しずつ落ち着いていく。だが、連戦と治癒魔法の連続行使により、マーサ自身の額からも大量の冷や汗が流れていた。
「院長……」
ダグが重い瞼をうっすらと開け、血の混じった唇で力なく笑った。
「へへ……勝ったぜ、院長……。俺たちの……勝ちだ……」
「……バカ者」
マーサの目から、大きな涙の粒がポロポロとこぼれ落ち、ダグの頬を濡らした。
「バカ者……! 無茶をして……こんなになるまで……!」
「だって……院長やコレットを守るのが……前衛の仕事だろ……? ガルムの親父に……怒られちまうよ……仲間を庇えなかったって……」
ダグの言葉に、キースも傷ついた身体を這わせるようにして寄り添ってきた。
「院長……ダグを責めないでください。僕を庇って……ダグとコレット、院長が一番厳しい場所で踏みとどまってくれたんです。みんながいなかったら、僕も死んでました」
「キース……あなただって全身傷だらけじゃない……」
コレットも二人の傍らで、涙を拭いながら二人を抱きしめた。
「ありがとう……ダグ、キース! 院長! あたし、みんなのおかげで魔法を撃てたよ……! ありがとう……っ!」
マーサは涙を拭うと、二人の少年と一人の少女を、その華奢な腕で力いっぱい抱きしめた。
かつて、元冒険者として幾多の修羅場を潜り抜けてきたマーサ。けれど、今目の前にいるのは、自分が温かいスープを与え、服を縫い、成長を見守ってきた愛おしい子どもたちだ。彼らはいつの間にか、自分を護るために命を張れる、立派で頼もしい『冒険者』へと成長していた。
「……よく頑張ったわね。ええ、あなたたちの勝ちよ。最高の……前衛だったわ」
マーサの温かな温もりに包まれ、ダグとキースは疲切った顔に安堵の笑みを浮かべたのだった。




