指名依頼(5)
激闘の末にアイアンゴーレムを沈め、ポーションを分け合って最低限の体力を回復させた四人は、倒れ伏した巨体を跨ぎ越して回廊の最奥へと足を進めた。
重厚な石扉の先——そこは、かつて古代王国が貴重な魔導具や重要な資材を厳重に格納していたと思われる円形の魔導保管庫であった。
「……あ……これ、は……?」
コレットが持っていた『ライト』の明かりを部屋の奥へ向けると、期待に満ちていた表情が呆然としたものへと変わった。
円形の室内は無惨な有様だった。石製の棚や木箱は力任せに叩き壊されて床に散乱し、埃と泥が分厚く堆積している。破れた革袋や価値のなさそうな古い破片が乱雑に転がり、さらに部屋の最奥の岩壁には、後からタガネか何かで強引に削り開けられたような大きな亀裂——山の反対側へと繋がる自然洞窟の抜け穴がぽっかりと黒い口を開けていた。
「……はぁ。やっぱり先客が入っていたのね」
マーサが神官杖を床につき、心底呆れ果てたような溜息をついた。
「えっ、先客……!? 昔の冒険者ってこと?」
コレットが目を丸くすると、マーサは苦笑しながら散らばる破片を足先でちょんと突いた。
「そうよ。山の反対側から偶然あの抜け穴を見つけた冒険者パーティが、目ぼしいお宝を根こそぎ持っていった痕跡だわ。……まったく、こういう先客がいるのは冒険者稼業じゃよくあることだけど、苦労してゴーレムを倒した後にこれだと、流石に骨折り損のくたびれ儲けってぼやきたくもなるわね」
「マジかよ……苦労してゴーレム倒したのに、空っぽかよ……」
ダグがブロードソードの柄に手を置いたまま、ガックリと肩を落とした。全身の打撲と毒の痛みに耐えて勝利を掴んだだけに、徒労感はひとしおだった。
しかし——スカウトとしての訓練を受けてきたキースの眼は誤魔化せなかった。
「……待って。まだ諦めるのは早いよ、院長」
キースは傷つく身体を忍ばせながら部屋の中央へ歩み寄り、崩れた石製の台座の前にかがみ込んだ。シルヴァから徹底的に叩き込まれた「絶対に見落とす隠し構造」の観察眼。
キースは細い指先で、埃にまみれた台座の側面にある微細な模様のズレとなぞった。
「大雑把に荒らしていった先客たちなら、目につく棚の箱だけで満足したはず……ほら、この台座の側面に、古代の文字が刻まれた四つの回転リングと、中央に小さな窪みがある」
「えっ、仕掛けがあるのか?」
ダグが身を乗り出す。キースはポケットから『ピックセット』を取り出し、台座の隙間に細い金属ツールを差し込もうとした。しかし、数秒もしないうちに眉をひそめて手を止めた。
「……ダメだ。僕のピックセットじゃ、物理的に手出しができる構造じゃない。回転リングの内部に細い歯車が組み合わさっていて、四つのリングを正しい記号の順序に揃えないと、内部の鍵金が物理的に解除されない仕組みだ。無理にこじ開けようとしたら内部の仕掛けが壊れて、二度と開かなくなる」
「物理的な鍵じゃなくて、試練の『謎解き』ってこと?」
マーサが近寄り、台座に刻まれた彫刻を検分する。
台座の正面には、古代文字でこう刻まれていた。
『始まりは天の眼。夜の女王が満ち、北を指す不変の星が導く。四つの刻印を揃え、天の光を注ぎ込め』
「天の眼……夜の女王……不変の星? なんだよそれ、サッパリ分かんねえぞ」
ダグが腕を組んで首をひねる。キースも回転リングに刻まれた何十もの不気味な記号を見つめ、力不足に唇を噛んだ。
「ダメだ……僕の知識じゃ、この古代の比喩と記号の対応が分からない……。悔しいけど、開けられない……」
「待って。この文章と記号の並び、見覚えがあるよ!」
後ろから覗き込んでいたコレットが、ポンと手を叩いた。鞄から大切に抱えていた革装丁の古い本——オルランドから譲り受けた魔導書を取り出し、夢中でページをめくり始める。
「ほら、これ! 天体魔法と補助術式の章の余白に、お師匠様の字で注釈が書いてあったの! 『古代王国の天体神話における象徴』についての解説!」
「本当か、コレット!?」
「うん! えっとね……『天の眼』は、昼を司る『太陽の刻印』のこと! 一番目のリングは、丸に点のマークを合わせるの!」
コレットの指示に従い、キースが慎重に一番目のリングを回し、太陽の記号に合わせた。カチリと重い手応えが返ってくる。
「二番目の『夜の女王が満ちる』は……そうか、月だ! それも『満月の刻印』! 三番目の『北を指す不変の星』は、航海士が使う『極星の象徴』!」
二番目、三番目のリングを順に合わせると、台座の内部からガラガラと重厚な歯車が噛み合う音が響いた。
「すごいぞコレット! あと一つだ!」
だが、コレットの指が四つ目の文章のところで止まった。
「あ……でも、四つ目のヒントが台座の文章に書いてないよ……? 『四つの刻印を揃え、天の光を注ぎ込め』って書いてあるけど、四つ目のリングの記号が何なのか分からない……」
部屋に再び緊張が走る。
「落ち着いて、コレット。魔導書をもう一度よく見てごらん」
マーサが優しく膝を折り、コレットの肩に手を置いた。
コレットは深呼吸をし、目を擦りながら魔導書の注釈をくまなく読み直した。すると、ページの隅に描かれた小さな図形に目が留まった。
「あ……! 太陽と満月と極星が重なる時、中心に現れるのは『調和の星』……! 六角形の星の記号だ!」
「これか!」
キースが四つ目のリングを素早く回し、六角形の星の記号にカチリと合わせた。
ガコンッ……!!
しかし、台座はすぐには開かなかった。中央の小さな窪みが、青白くほのかに発光し始めただけだった。
「……最後の一手だ。『天の光を注ぎ込め』……!」
コレットは自分の短杖を掲げると、魔導書で学んだ光魔法を紡いだ。
「——灯れ、『光』!!」
短杖の先から生み出された純白の光球を、台座中央の窪みへそっと押し当てる。窪みが光を吸い込むと同時に、台座全体が眩い輝きを放った!
ズズズズズ……ガコンッ!!
重厚な石の噛み合い音が響き、台座の表面が滑らかに四方へ分割された。その内側から、二層目の重厚な金属の小箱がしずしずと競り上がってきたのだった!
「開いた……! コレット、完璧だ!!」
「やったぁぁっ!!」
ダグとキースが歓声を上げ、コレットも安心と達成感で胸をいっぱいに膨らませた。
競り上がってきた小箱の中には、長年誰の目にも触れず、冒険者たちの目すら盗んで守られ続けていた二つの宝が収められていた。
キースは慎重に一つ目のアイテムを手にとった。細身で美しい流線型の鞘に納められた、一握りほどの小ぶりなナイフだ。
「……これは、魔法のナイフだね」
キースは鞘から刃をすっと抜き放ち、慎重に鑑定を始めた。
「刃先がわずかに青く微振動している。……刃に魔力を流さなくても、物理的な硬度を無視して硬い甲冑や肉を切り裂く切れ味の魔法が付与されている品だ。……これなら、僕の技術でも前衛としてもっと敵の装甲を削れる」
「すごいじゃない、キース! あなたにぴったりの武器ね」
マーサが温かく目を細める。
そして、コレットがもう一つのアイテム——てのひらに収まるほどの、美しくカットされた漆黒の宝石を手に取り、首をかしげた。
「これは……なんだろう? キース、わかる?」
「ううん……ただの黒い宝石に見えるけど、微かに魔力の波動があるね。何の石かは僕には鑑定できないや」
「あたしの本に載ってないかな……」
コレットが再び魔導書をめくると、巻末の雑記欄に同じ形状のイラストを見つけ出し、ポンと手を打った。
「あった! これ、『光石』っていう古代の魔導具だよ! コマンドワードを唱えると、魔力を使わずにすごく強い光を放つんだって!」
「へえ、松明代わりになるのか。便利だな!」
ダグが覗き込むが、コレットは本を読み進めながら表情を改めた。
「ううん、ただの明かりじゃないみたい。……でも、この本によると『内部に蓄えられた古代の魔力には限界があり、数回から十数回ほど強い光を放つと、魔力が枯渇して綺麗な石になる』って書いてあるの」
「回数制限があるのね……」
マーサが光石を優しく受け取り、まじまじと見つめた。
「いつかの冒険でも手に入れたことがあるわ。素晴らしい道具よ。危険な暗闇の探索で非常用の光源として持っておくのもいいし……あるいは、レムリアの街の魔法使いギルドへ持っていけば、かなりの高値で買い取ってもらえるはずよ。売ったお金があれば、孤児院の冬の薪や子どもたちの新しい服、食料の備蓄も余裕を持って買い揃えられるわ」
「孤児院の運営費に……! 院長とエレナが泣いて喜びそうだな!」
ダグが嬉しそうに笑った。
「そうね。先の冒険者たちが雑だったおかげで、最高の形で報われたわ。……ふふ、ぼやいて損しちゃったわね」
マーサが優しく微笑み、キースとコレットの頭を撫でた。
キースは新しく手に入れた魔法のナイフを腰の帯へ慎重に装着すると、隣に立つダグの肩を支えた。
「ダグ。このナイフがあれば、次からはもっと僕が前衛の負担を減らせる。……お前の盾だけに苦労はさせないよ」
「へっ……期待してるぜ、キース。トドメの一撃、お前が決めろよな」
二人の少年は、互いの拳を力強く突き合わせ、頼もしい笑みを浮かべた。
「さあ……ミレット村へ、探検の報告をしに行きましょう。そして私たちの孤児院へ帰りましょう。エレナが温かい夕食を用意して待っているわ」
マーサの言葉に、全員が力強く頷いた。
満身創痍でありながらも、その表情には確かな成長と、仲間への絶対の信頼が満ち溢れていた。
古代王国の遺跡をあとにし、四人は光の射し込む地上へ向かって、ゆっくりと歩みを進めていくのだった。




