99.結婚相手(ルーディガー)
ユニーク魔術の使い手が現れた、と聞いた時は興奮した。
伝説の大魔術師、ドミニク・ソレルもユニーク魔術の使い手だった。私はその名を冠した“ソレル魔法伯”を名乗っているが、ユニーク魔術を使うことはできない。大陸中の数多いる魔術師の中でも、現在ユニーク魔術を使える者はいない。
そのユニーク魔術の使い手が、ソラン王国に現れたというのだ。
「来週、魔術師の塔へマティルド嬢をご招待いたしました。魔術師団長、お願いですからおかしな振る舞いはなさらないでくださいね」
事務次官のナタリーが執務室の机に書類を積み上げながら、心配そうに言った。
これ以上、書類を持ってくるのは止めてほしい。午前中いっぱい、書類と向き合っているのに、ぜんぜん書類の山が減らない……。午後からは魔術の研究がしたいのに。
「心配は無用だ。……というか、なぜ来週なのだ? ルブラン領から直接、魔術師の塔へ来てもらえばよかったのに」
ナタリーは深呼吸すると、低い声で言った。
「……そういう行為を、“おかしな振る舞い”と世間では呼ぶのですよ。お分かりですか、師団長? マティルド嬢には、あのエドガー・サヴィニーも魔の手を伸ばしているのです。きゃつは外面だけはいいから、マティルド嬢もコロッと騙されて、王宮騎士団へ取られてしまうかもしれないのですよ!」
エドガー・サヴィニー。あの魔法騎士か。エドガーはどちらかというと魔術より剣術に興味があるようだが、魔術師の塔に所属する魔術師にも劣らぬ美しい魔術を使う。そういう人間に悪いヤツはいない。
……が、そんなことを言えばナタリーは激怒するだろう。何故かわからんが、ナタリーは騎士連中、特にエドガーを毛嫌いしている。
「そのマティルドとやらはどんなユニーク魔術を使うのだ?」
「……バベット様のお話ですと、『転移』を使ったようだと……」
「なに?」
私は驚いて手を止めた。
「師団長、手を止めないでください! その書類、もう締め切りを過ぎてるんです!」
ナタリーに怒られ、私は慌てて書類に目を向けたが、頭の中は転移魔術のことでいっぱいだった。
ユニーク魔術の使い手は、長い歴史の中でも十人ほどしかいない。
そもそも『ユニーク』と言われるだけあって、それぞれが唯一の魔術を使うわけだが、それでも同じカテゴリーに属する魔術はある。まだ蕾の状態の花を咲かせる『開花』と植物の生長を促す『生長促進』は植物系、雨雲を呼び寄せて雨を降らせる『降雨』と雲を払い晴天を呼ぶ『雲返し』は気象系と言えるだろう。
しかし、『転移』やそれに類する魔術を使えたのは、大魔術師ドミニク・ソレルしかいない。
「……それが本当なら、大変なことだ」
「そうです、絶対にマティルド嬢を王宮騎士団に取られるわけにはいきません!」
マティルドがどれほど魔術師の塔に必要な人材か、ナタリーが熱弁を振るう。しかし私の心は半ば伝説と化した魔術、『転移』で占められていた。
一度でいい、見てみたい。いや、叶うことなら『転移』の魔術を体験してみたい。
空間を飛び越え、一瞬にして己の望む場所へ移動できるという、夢のような魔術。それを使える魔術師が現れたとは!
それからは毎日、マティルドのことばかり考えて過ごした。
どんな人間なのだろう。ルブラン家というと、北部の人間か。
北部には変わった魔力を持つ者が多い。ケルテス辺境伯家がその最たる例だ。『召喚』、あれも言わばユニーク魔術の一種のようなものだ。魔力ではなく、血で術を為すところだけは違うが。
「は、初めまして、ルブラン伯爵家の長女、マティルド・ルブランと申します」
小さい。
初めて会ったマティルドは、ふわふわの金髪に大きな紫色の瞳をした、小柄な少女だった。まるで小動物のようだ。俊敏そうで体幹がしっかりしているところも小動物に似ている。
こんな少女が大魔術師ドミニク・ソレルと同じ魔術、『転移』を使うとは。
にわかには信じがたかったが、しかしその魔術を見るまでもなく、マティルドの魔力の質が通常とは大きく異なっているのが感じ取れた。
初めて感じる魔力だ。これは……、ケルテス辺境伯家とも違う、ピルシュカの魔力とも違う。あまりにも異質で、まるで違う世界の魔力のようだ。面白い!
マティルドは私の弟子にしよう。一生傍にいて、共に魔術を研究するのだ。ああ! 考えただけでワクワクする。なんという喜び!
この喜びを誰かに奪われるわけにはいかない。
マティルドは何かに思い悩んでいるようだった。
聞けば、ケルテス辺境伯家の嫡男に、婚約を強要されているとか。……嫡男というと、あの銀髪の男か。王太子殿下と一緒にいるのをよく見かけるが、あれは少し厄介だな。ちょっと見ないほどケルテスの力が強い。あの男の召喚する聖獣と戦うのは、骨が折れそうだ。
だが、マティルドが嫌がっているのなら、何とかしなければ。
結婚したい相手がいる、と兄上に告げると、腰を抜かすほど驚かれた。
「えっ、嘘! 本当に!? 相手は人間なのか!?」
「ああ、マティルド・ルブランという。まだ学院に通っているから、結婚は卒業を待ってからになるだろう。ユニーク魔術の使い手だ」
「……なるほど、ユニーク魔術の使い手か。……しかしルブラン家の娘というと、たしか王太子殿下が求婚したとか……」
「ああ、そのようだ」
兄上はしばし黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げ、言った。
「いいだろう、ようやくおまえに結婚したいと思える相手が現れたのだ。この奇跡を逃してなるものか。たとえ王族だろうと邪魔だてはさせん。……ルーディガー、必ずその娘の心を射止めるのだ!」
「むろん、そのつもりだ」
マティルド・ルブラン。
彼女こそ、私と生涯を共にし、魔術の謎を解明すべく力を合わせる相手なのだから。




