98.花言葉
「ここなら思い切り魔術を使ってかまわんぞ」
ルーディガー様に連れてこられたのは、ミレー伯爵家の中庭だった。
晩秋の気配が濃く咲いている花は少ないが、木々の葉が黄色に色づいてとても綺麗だ。
中庭にわたしたちが移動すると、わざわざ使用人たちがテーブルや椅子を用意し、お茶や菓子まで運んでくれた。お金持ちは違うなあ。
「マティルド、花を創ると言っていたな。どんな花を創るつもりだ?」
ルーディガー様がわくわくした様子で言う。
わたしは椅子に座って中庭を見ているコレット様に声を掛けた。
「コレット様は何の花がお好きですか?」
「花なら何でも好きよ。……でも、そうねえ……、一番好きなのはバラかしら」
そう、この世界にも前世と同じバラの花がある。人気があるところも前世と一緒だ。
「わかりました」
わたしはテーブルの少し前に立った。肩幅くらいに足を開き、背筋を伸ばして、右手を掲げる。
「……バラの花を『創造』する」
コレット様の好きそうなバラ。ピンク色で可愛らしく、甘い香りの……。
次の瞬間、掲げた右手にピンク色のバラが一輪、現れた。
バラの色はコレット様のピンクブロンドをイメージしたせいか、キラキラと日の光を弾いてまばゆく輝いている。まるで宝石でできているように見えるけど、触るとシルクのように滑らかで柔らかい。香りも甘くて深みがある。よし、成功だ!
「コレット様、どうぞ」
バラを差し出すと、コレット様が嬉しそうに微笑んだ。
「あら、わたしにくれるの? ありがとう、マティルド。……まあ、キラキラ輝いているわ。すごく綺麗!」
バラに顔を寄せ、香りをかぐコレット様。絵になるなあ!
「いい香りだわ。……魔術で生み出したものなのに、香りまであるのね」
コレット様にちょいちょいと手招きされ、ささやかれる。
「……ねえ、ソレル魔法伯にもあげたら? なんだか羨ましそうにこっちを見てるわよ」
ルーディガー様は花ではなくユニーク魔術に興味があるんだと思うけど。でも、せっかくだし皆にバラを贈ろう!
「バラの花を『創造』する」
わたしは赤、白、琥珀色のバラを魔術で創った。
「どうぞ、ルーディガー様、ランドール様、ガブリエル様」
ルーディガー様には紅バラ、ランドール様には白バラ、ガブリエル様には琥珀色のバラを渡した。それぞれの瞳の色をイメージして創ったから、コレット様のバラと同じく宝石のように輝いている。
「マティルドったら、やるわね!」
コレット様がクスクス笑いながらわたしを見た。
意味がわからず首をかしげると、再び顔を寄せられ、ささやかれた。
「紅バラの花言葉は“あなたを愛しています”、白バラは“深い尊敬”、琥珀色のバラは“信頼”よ。ちゃんと考えてるのね」
偶然です。
「これは魔術で生み出されたものだが、香りもあり、瑞々しい。……色を除けば普通のバラのようだが、微弱な魔力を感じるな」
「たしかに。この魔力はマティルド嬢のものですね」
「……ありがとう、マティルド」
三者三様の反応だが、花言葉とか気にしている人はいないみたい。貴族ならメジャーな花言葉くらい知っていてしかるべきなんだろうけど、まあ、この三人だしね、うん……。
「ではバラの返礼をしよう」
ルーディガー様は手のひらを上に向けると、
「『水の花』」
言葉とともに、水でできたバラの花がルーディガー様の手のひらの上に浮かんだ。
「すごい!」
たったそれだけの詠唱で、一瞬のうちに水でバラの花を創り出すなんて。続いてガブリエル様も光魔術を使い、水でできたバラを虹のように美しく輝かせた。
本当にお二方とも、魔術の天才だな。
「ありがとうございます!」
ルーディガー様に差し出された水のバラは、わたしの手のひらの上でふよふよと浮かんでいる。
「一日くらいは保つと思う。魔力が切れても霧のように消えるはずだから、飾っておいた場所が水浸しになるようなこともない」
おお、至れり尽くせりだね。
虹色に輝くバラを眺めながら、四人でお茶を楽しんでいると、ミレー伯爵が現れた。
「兄上、マティルドにバラをもらったぞ」
ルーディガー様がミレー伯爵に自慢する。
「おお、これは……」
伯爵は感動したようにわたしを見た。
「このような形で弟への愛情を示してくださり、感謝する。……たとえ王家が相手でも、わがミレー家は一歩も引かぬと当主の名にかけて約束するから、安心してくれ。そうだろう、ルーディガー?」
やる気満々のミレー伯爵にバンバン背中を叩かれ、ルーディガー様がお茶を噴き出した。
「あ、愛!?」
「おまえは貴族だというのに、花言葉の一つも知らんのか? まったくこれだから……」
ミレー伯爵のお説教に、わたしも気まずくなってうつむいた。
うん……、わたしもちょっと貴族としての嗜みに欠けているかもしれない。コレット様に花言葉を教えてもらおうかな……。




