96.神眼
「……ソレル魔法伯、俺はケルテス辺境伯家に籍を置く者だが、ケルテスの血を引いてはいない。母の実家はオルドラン男爵家で、父は平民の商人だったと聞いている」
ランドール様の言葉に、ルーディガー様は顔をしかめた。
「馬鹿な。そんなはずはない。おまえほどケルテスの匂いが強い人間など、そうはいないぞ。今の当主より、おまえのほうがよほどケルテスの血が強く出ているではないか」
ランドール様は、当惑したようにルーディガー様を見返している。
「……ガブリエル様、ルーディガー様って『鑑定』系のスキルをお持ちなんですか?」
「ああ、たしか『鑑定』の最上位スキルである『神眼』をお持ちだと聞いている」
「えっ!」
『神眼』!
物事の真偽を、確実に見極めることのできるスキル!
「そ、それじゃ……、ルーディガー様が「ランドール様はケルテス辺境伯家の血を引いている」と言えば、それは間違いないってこと、……ですよね? そうしたら、ランドール様はもしかしたら……」
「まあ、それはそうだが。……ただ、例えばランドール殿の両親の血筋に、偶然ケルテス家の血が混じったということも考えられる。昔、ケルテス家の当主のお手付きとなった使用人が宿下がりして子を産み、その子どもがランドール殿の父親の先祖であったとか」
それはそうかもしれないが、マデリーン夫人やその前夫の先祖に混じったかもしれないケルテス辺境伯家の血が、突如として強く現れるなんて――それも今の当主をしのぐほどの強さで――、ちょっと考えられない話だ。
ていうか、実際、ランドール様はケルテス辺境伯の実子なんだよ! うう、じれったい!
すると、ルーディガー様がふとランドール様の前に置かれた本を手に取った。
「……ピルシュカの呪術書だな」
「はい、叔父上が収集された本です。先ほどまで、この本を使ってピルシュカ語を勉強していました」
「そうか。……まあこれは呪術書というより民間に伝わるまじないを集めただけの本だが……」
ルーディガー様は呪術書を手に、少し考え込んだ。
「……ランドール、おまえとケルテス家の関わりを呪術で証明することができるぞ。私の知るピルシュカの呪術で、先祖の誰がケルテス家の血を引いているのか、明らかにすることが可能だ」
「ええっ!?」
わたしは驚いて椅子から立ち上がった。
「本当ですか、ルーディガー様!」
「ああ。……なぜマティルドが驚く?」
「いや、それは……、ランドール様とは幼なじみですし、子どもの頃から親切にしていただいてて、弟も懐いていますし。だから何ていうか……、とにかく驚きますよ!」
「ふうん……」
ルーディガー様は何か言いたげな目で私を見たが、結局何も言わず、ランドール様に向き直った。
「で、どうだ。ケルテス家との関わりについて、調べてみるか?」
やるに決まってるでしょ! と思ったのだが、
「……いや、遠慮する」
ランドール様は首を横に振った。
えええ!? なんで!?
「ちょっ……、ランドール様! なんで断るんですか!?」
「……俺の両親、どちらかにケルテスの血が流れていたところで、俺が次男であり、将来は平民になることは変わらん。下手にケルテスの血筋だとわかっても、無用な争いを生むだけだ。それなら知らぬままのほうがいい」
そんな!
違うんだよ! ランドール様は次男じゃなくてケルテス家の嫡男なんだよ! 正統な後継者なんだよー!
あああ……、ランドール様は、権力などに執着しない。その無欲さは美徳だけど、今回はそれが裏目に出てしまった! 普通はケルテス家の血筋かもしれないってわかれば、何としてもそれを証明して、取れるもんは取ってやろうって考えるだろうに。
「ラ、ランドール様、あの、確かめるだけなら、いいんじゃないですかね? せっかくのお申し出ですし、こんな機会は滅多にないですよ」
「マティルド」
「ほら、自分のルーツっていうか、そういうの知っておいて損はないと思うんですよ。ランドール様は気にならないんですか?」
わたしの問いかけに、ランドール様は少し考えた。しかし、
「……気にはなる。が、知りたいとは思わん」
「なんで!?」
「先祖にどんな血が混じっていようが、俺は俺だ。知ったところで意味はない」
意味はある! 血が混じっているどころの話じゃない! ランドール様は、ケルテス辺境伯の実子なんだよー!
うおお、もう言ってしまおうか。
信じてもらえなくてもかまわない、とにかく何とかして、ランドール様の血筋を調べてもらわなくては……!




