92.ランドール先生のピルシュカ語講座
「たしかにただ単語を丸暗記するより、興味のある本を読み解くほうが勉強もはかどりそうだな。ある程度の基本文法や単語を覚えてからの話だが」
「ガブリエル様なら、基本文法はもう習得されているのでは?」
「いや、僕は語形変化がくるともう駄目だ」
わたしとガブリエル様の話を聞いたランドール様が、石盤にカリカリと文章を書き、わたしたちに見せた。
「これは読めるか?」
わたしは首をひねった。ピルシュカ語って文字の形がソラン語とはぜんぜん違うから、覚えにくいんだよね。
「えーっと……、わたし……、森? 動詞部分がわかりません」
「わたしは行く、森……、わたしは森へ行く、だろうか?」
ガブリエル様の答えにランドール様が頷いた。
「そうだ。これは『わたしは森へ行く』とピルシュカ語で書いてある。二人とも、『森』の部分を他の単語に変えて書いてくれ。なんでもいい、川でも山でも」
わたしは石筆を手に、考え込んだ。
えーっと、今までの授業で出てきた単語……、川はわからないけど海と山は習った。でも綴りがあやふやだなあ。
カリカリ書いていると、隣でガブリエル様がすごい勢いで石筆を走らせている。おおう……、やっぱりガブリエル様はわたしよりはるかにピルシュカ語の知識があるな。
わたしはようやく二個、ひねり出したが、ガブリエル様は十個くらい単語を書き連ねている。
石盤を見たランドール様は頷いて言った。
「マティルドは、海と山だな。綴りも合っている。ガブリエル殿は海、山、川、谷、平野、国境、城、神殿、広場、宿屋か。綴りも正解だ」
「ガブリエル様、すごい!」
「叔父上から習った……というか、書類整理で覚えただけだ」
ガブリエル様の言葉に、わたしはちょっとヒヤリとした。
地形に関する単語、国境や城などの重要施設……、それって戦争に関する書類じゃないの?
「そうか。……将来、魔術師もしくは騎士を目指すなら、覚えておいたほうがいい単語ばかりだ。マティルド、これらの単語を書き写して覚えるように。ガブリエル殿は動詞活用に進もう。この文章を過去形、未来形で書いてみてくれ」
「「はいっ」」
ランドール先生の指導はわかりやすくっていいな。ガブリエル様というお手本もいるし、ピルシュカ語の勉強を頑張れそう。
「ランドール殿、先ほどの呪術だが、呪文を唱えながら藁人形に火をつけ、それからどうするのだ?」
「ああ、……『ぜんぶ燃えて灰になったら、そこに魔力を込めた水をコップ一杯分、注いでください。灰がどのような絵を描くか、それによってあなたとお相手の未来を読み解きます』……後ろの頁に絵のパターンが載っているから、それに似たものを探して占うようだな」
「「へー」」
わたしとガブリエル様は、ランドール様の指し示す絵に見入った。
皿いっぱいにまんべんなく灰汁が広がる場合、中央部分に泥状の灰がたまる場合、灰汁が奇妙な螺旋形を描く場合……、でもこれって水を注ぐ速度とか量とかに左右されるんじゃないかなあ。
「これって呪術と言えるんでしょうか」
「呪文を唱えているし、魔力を込めた水も使っている。一応、呪術と呼んでいいのでは?」
わたしとガブリエル様は、ランドール先生を見上げて答えを待った。しかし、
「俺は呪術について詳しくないから何とも言えん」
そりゃそーだ。
ひととおりピルシュカ語を勉強した後は数学だ。
「マティルド嬢は数学に優れているから、今度は僕が教えてもらう番だな」
「小テストの範囲内でしたら、わたしが教えるまでもないと思いますが」
「では、三年生の数学をやってみるか?」
ランドール様の提案で、三年生の数学にチャレンジしてみることになった。
「たしかこの辺りに数学の本があったと思うんだが……」
ガブリエル様が図書室の右隅に行き、本棚を見上げる。
「わかった、俺が探そう」
ランドール様が手を伸ばし、上の棚から何冊か本を抜き取った。
「三年生のレベルなら、この本になるだろう。他はもっと専門的な内容だ」
数学の専門書まで揃えているのかあ。ミレー伯爵家って魔術一本槍って印象だったけど、学問を広範囲に学ぶ学者系の家柄なのかも。
「連立方程式か……。解けるだろうか」
ガブリエル様が嬉しそうに数学の本を読んでいる。本当に勉強が好きなんだね。




