89.ミレー伯爵家
ミレー伯爵家のタウンハウスは、屋敷というよりお城だった。
玄関ホールは大理石の床に縦溝をつけた円柱が何本も並び、巨大な格天井を支えている。左右の壁にはアーチ型の窪みがあり、幾つもの彫刻が飾られていた。
す、すごい……。北部で一番裕福なのは間違いなくケルテス辺境伯家だけど、その屋敷と比べても遜色ないというか、洗練度合いでいえばミレー伯爵家に軍配が上がるだろう。
階段ひとつとっても、側桁ではなく最新式のささら桁で作られ、鋳鉄製の優雅で細い手すり子が付けられている。こういう技術が北部に入ってくるのって、王都に比べてどうしても数年遅れるんだよねえ。
「ようこそ、リヴィエール侯爵令嬢、ルブラン伯爵令嬢、ケルテス辺境伯子息」
ミレー伯爵が満面の笑みで出迎えてくれた。
わたしに目を留めると、
「君がマティルド嬢か!」
ミレー伯爵はわたしの手をぎゅっと握った。
「ルーディガーをよろしく頼むよ。あいつは色々と困ったところはあるが、決して悪いヤツではないんだ。……何か不満があったら、すぐ教えてくれ。ルーディガーに言いにくいというなら、私でもガブリエルでもかまわない。お願いだから、何も言わずにあいつを捨てるようなことだけはしないでくれないか?」
いきなり切々と訴えられ、わたしは顔を引き攣らせた。
えええ……、必死すぎるんですけど。
たしかにマンガの中でも、ルーディガー様は恋愛に興味まったくナシ! って感じで奥方はおろか恋人の影すらなかった。しかしいくら兄とはいえ、ミレー家の当主がここまでルーディガー様の結婚を押せ押せで迫ってくるとは思わなかった。
「父上、マティルド嬢が困っています」
ガブリエル様がミレー伯爵を止めてくれた。
「あなた、ガブリエルのお友達に失礼ですよ」
奥方にも諭され、ミレー伯爵はしゅんとして引き下がった。
貴族としては驚くくらい正直な方だなあ。
ガブリエル様は父親を気にすることなく、わたしたちに言った。
「三人とも、よく来てくれた。図書室に行こう」
おお、図書室まであるのか。ミレー伯爵家ってほんとにお金持ちなんだな。
ふかふかの絨毯が敷かれた階段をのぼり、執事の先導で図書室に向かう。
……なんか、あまりにもすべてがルブラン家のタウンハウスと違いすぎて、同じタウンハウスと言うのもはばかられる。歴史とお金とセンス、三つ揃って初めてこういう芸術的なお屋敷が出来上がるんだろーな……。
ミレー伯爵家の図書室も、わたしの想像をはるかに超えていた。
「まあ」
コレット様も驚いたように図書室を見回し、感嘆の声を上げた。
窓を除いた壁面すべてを埋め尽くすように、天井まで続く作り付けの本棚に本がぎっしりと並べられている。
すごい……。本は貴重品なのに、これだけの量の本を鍵のない本棚に入れっぱにしておくなんて、これぞ富豪という感じ。
「みんな座ってくれ。……マティルド嬢、さっきはすまなかった」
「え!? 何が!?」
圧倒的な本の量に気を取られていると、何故かガブリエル様に謝罪された。
「父上にいきなりあんな風に言われて、戸惑わせてしまっただろう」
「いえ……」
戸惑ったというか、引きました。
「ソレル魔法伯って、そんなに変わっていらっしゃるの? 軍事訓練でお見かけした時は、背の高い御方だとしか思わなかったけど」
コレット様に聞かれ、返答に詰まった。
変わっているかと聞かれれば、そうですとしか言えない……けど、さすがに身内の前で言えないよね。しかし、
「ルーディガー叔父上は、ミレー家の中でも変人で通っているから気を遣わなくていい。父上も苦労されているようだし」
「そ、そうですか……」
魔術に特化した家門、ミレー伯爵家の中でさえ変人扱いされているのか。相当ですね。
「だが叔父上のおかげで、ミレー家にもたらされた恩恵は大きい。……この図書室にある書物もそうだ。ピルシュカ語関連の書物は、ほとんどがルーディガー叔父上経由で手に入れたものだからね」
「まあ、そうなのですね!」
こういう素地があってこそ、ガブリエル様は呪術にも通暁するようになったんだろう。さすがは魔術のミレー家だ。




