87.身支度を整えて
「グレース伯母様、もういいですか?」
「まだです、動かないでマティルド! 火傷しますよ!」
うう……、もう一刻ほどコテで髪を巻かれている気がする。延々と髪を巻き巻きされるこの地獄はいつまで続くのか……。
わたしの髪はくせっ毛でまとまりの悪い金髪だ。ふだんはそのままハーフアップかポニーテールにしている。
しかし伯爵家を訪問ともなるとさすがにそれではマズいらしく、朝からメイドだけでなくグレース伯母様まで加わってわたしの髪を巻き巻きしている。
もうミレー伯爵家に行くのやめようか、と思い始めた頃、ようやく巻き巻き地獄が終わった。
綺麗に整えられた髪をハーフアップにして、赤いリボンを飾って完成!
「さあ、終わりましたよ、マティルド。立っていいわ」
立ち上がって鏡を覗き込むと、普段のわたしとはまるで違う、いかにも貴族令嬢といった感じの少女が映っていた。
うーん……。可愛いけど、なんだかあまりにもいつもの自分とはかけ離れていて、ちょっとビビるというか、落ち着かない。髪型って大事なんだな……。ここまで印象が違って見えるのは、制服ではなくデイドレスを着用しているせいもあるかもしれないけど。
今日は、この前慌ててルブラン領から持ち帰ったデイドレスの一着、黒っぽい灰色のウールを着用している。この色、汚れが目立たないから重宝するんだよね。
ボディスはジャケット風になっていて、前立て部分にはズラッとくるみボタンが並んでいる。アンダースカートはアイボリーと黒の細かいストライプ柄で、裾に黒いベルベッドのリボンが二本、ぐるっと縫い付けられている。ボディスの襟にも同じ縁飾りがついていて可愛い。
全体の色合いは地味だけど、前世の感覚からすれば、コテで巻き巻きした金髪に赤いリボンを飾れば十分華やかだと思う。
しかし、グレース伯母様は心配そうだ。
「やっぱり紫色のデイドレスのほうが良かったんじゃないかしら? リヴィエール侯爵令嬢はシルクのドレスをお召しかもしれませんよ」
「でも、今日は勉強会ですし、そこまで華やかな装いにしなくとも良いのでは」
「マティルドったら」
グレース伯母様はため息をついた。
「まったく、あなたはもう少しドレスやアクセサリーに気を配らなければなりません。ユニーク魔術の使い手として、また王族に求婚された令嬢として、これから高位貴族と交流する機会が増えるでしょうからね」
交流か……。たしかに王太子派とパイプを作るのは必要だ。でもそういうの、苦手なんだよなあ。
ランドール様が馬でタウンハウスに到着されたので、グレース伯母様と一緒に玄関で出迎えた。
「いらっしゃい、ランドール。大きくなりましたね」
グレース伯母様がニコニコして言った。ランドール様はルブラン家の皆に好かれているからね。
ランドール様は制服ではなく、黒っぽいジャケットに同じウールのベスト、トラウザーズに白いシャツという格好だった。ちゃんとストライプ柄のアスコットタイもつけている。
「ご無沙汰しています」
短く挨拶し、ランドール様はわたしに向き直った。
不思議そうな目で見つめられ、なんだかソワソワしてしまう。
「いつもと格好が違う」
「そうなんですよ。髪を巻くのに一刻くらいかかりました」
つい愚痴ってしまうと、ランドール様はくすっと笑った。
「そうか。大変だったな」
「本当ですよ。……ランドール様もいつもと違う格好だけど、とってもよくお似合いです。格好いいです!」
「……そうか。マティルドもよく似合っている」
二人でニコニコ(ランドール様比)していると、グレース伯母様が咳払いした。
「二人とも、応接間に移りましょう。お茶でも飲みながらリヴィエール侯爵令嬢をお待ちしましょう」
ランドール様とこんな風にお茶を飲むのも久しぶりだ。グレース伯母様も嬉しそう。
「立ち入ったことを聞くようですが、ランドール、あなた学院を卒業したらケルテス家へ戻るのですか?」
「いえ。できれば王宮騎士団に入ろうかと」
グレース伯母様は頷いて言った。
「そうですねえ。あなたの剣の腕前は大したものですもの。きっと王宮騎士団にだって入れますよ。……あなたのスキルが『商売』だなんて、何かの間違いではないのかしら?」
わたしはギクリとした。
やっぱり伯母様もそう思ってたんだ。そりゃそうだよねえ。
「いえ。……実は学院に入る前、再度神殿で診断を受けたのですが、やはり自分のスキルは『商売』だと告げられました」
あああ! それを告げた神官、マデリーン様に買収されてますから!
しかも診断を受ける前日、マデリーン様はご丁寧にピルシュカの呪術師を呼んで、ランドール様のスキル封印と偽スキル上書きの闇術を重ね掛けしたんですよね! マンガで読みました!
とりあえず今日はランドール様とガブリエル様を引き合わせ、ピルシュカ語から呪術へと話を振ってみよう。
ランドール様はともかく、ガブリエル様は呪術にも興味を持っているだろうから、話に乗ってくれるはず。
一歩ずつ進んでいくしかない。……けど、じれったい! 早くランドール様の本当のスキルを覚醒させたいよ。




