86.便利な転移魔術
「あなたには言っていませんでしたが、ルブラン家の方針について、あなたのお父様と何度も話し合っていたのです。……お父様はケルテス辺境伯家へ不信感を抱いていらして、中道派ではなく国王派へ転向すべきだと、ずっとそうおっしゃっていました」
おおう……、そうだったんだ。
たしかに今のケルテス辺境伯家は、北部の他の家門と関係がギクシャクしている。北部の貴族より王都の高位貴族との繋がりを重視するやり方は、身内である長老たちからも批判されているくらいだ。
そう考えると、わたしの婚約騒動はルブラン家の方針転換を図るタイミングとして、ドンピシャだったんだな。
「マティルド、あなたと王太子殿下の婚約が成れば、我が家は王太子派へと転向します。……あなたはユニーク魔術の使い手ですが、リヴィエール侯爵家からコレット様の学友を降りるよう、要請があるかもしれません」
願ったり叶ったりです!
「はいっ、わかりました!」
元気よく返事をすると、お母様が顔をしかめた。
「……マティルド、わかっているの? もし第二王子殿下が王位に就けば、ルブラン家はケルテス辺境伯家の後ろ盾を失い、冷遇されることになるでしょう。これは領民の未来をも左右する問題なのですよ」
それはよくわかる。影響が大きすぎるから、色々と不満はあってもお父様も今まで動けなかったんだろう。しかし!
「お母様、ジェラルド殿下は必ずやソラン王国の王となられます。それだけの実力、人望、そして運をお持ちですから。間違いありません」
WEBマンガでそうだったから、とは言えないけど、ここは自信を持って言える!
ジェラルド様は主人公だからね! 艱難辛苦を乗り越えた先に、待っているのは光り輝く王座だよ!
「まったく、あなたはお父様にそっくりね。楽天家で困ったものだわ」
お母様が苦笑した。
「ですが、もうお父様が決めたことですし、正直、それ以外に道はないとわたしも思っています。……週末はミレー伯爵家へ伺うのですね。ちょうどよい機会です、ミレー伯爵家のご子息に、ルブラン家は今後、王太子派へ転向する旨をお伝えしなさい。出来るだけ王太子派の方々と顔をつなぎ、懇意にしていただくのです」
「わかりました!」
ミレー伯爵家以外の王太子派……、パッと思いつくのはラクロワ公爵家くらいだけど、うーん……、さすがにあそこまで嫌われていては親しく付き合うのは難しいかも。まあこれも、おいおい考えていくか……。
その後、アリサに頼んで秋冬用のデイドレスとコート、それに合わせた髪飾りを部屋に持ってきてもらった。
コートは灰色のウールで、ケープの裾や袖口に毛皮があしらわれている。デイドレスは黒に近い灰色のウールと、淡い紫色のベルベッドの二着だけだ。でも、ボディス、オーバースカート、アンダースカートと分かれているから、二着だけでも結構な荷物になる。これに髪飾りも持って帰らなきゃいけない。
「ありがとう、アリサ。これで週末の訪問を乗り切れるわ」
アリサはわたしに深々と頭を下げた。
「お嬢様のお役に立てて嬉しいです。……どうぞお気をつけて」
お母様からは手紙を預かった。
「グレースに渡してちょうだい。これを読んでもらえれば、彼女の不安も減るはずだわ。……マティルド、今度はもっと時間に余裕をもっていらっしゃい。お父様とブライアンもあなたに会いたがっていますからね」
今日、ブライアンはお父様に、念願だった森への狩りへ連れていってもらったのだそう。さぞかし喜んだだろうなあ。ああ、わたしも会いたい。
「お父様とブライアンに手紙を渡してくださいね。今度、時間をつくって必ずまた帰ってきますから」
慌ただしい訪問になってしまったが、この転移魔術があればまたいつでも戻ってくることができる。
「『逃走!』」
わたしは魔術を発動させ、王都のタウンハウスへ帰ったのだった。




