85.欲しいのはあなただけ
タウンハウスに戻り、週末はミレー伯爵家を訪れることをグレース伯母様に告げると、
「まあ、マティルド、ミレー伯爵家に!? ……困ったわ、今からドレスを仕立てても間に合わないでしょうし……」
「いえ、勉強会なので制服で行こうと思います」
別に陛下に謁見するわけじゃないし、そこまで気を遣うこともないだろう、と思ったのだが、グレース伯母様に反対された。
「マティルド、ミレー伯爵家は王都でも指折りの資産家で、ソレル魔法伯をはじめ名だたる魔術師を輩出している名門ですよ。それに、リヴィエール侯爵令嬢もご一緒するのでしょう? あちらは当然、それなりのドレスをお召しでしょうから、あなただけ制服や普段着というわけにはいかないわ」
ああー、そうだった、コレット様もいらっしゃるんだった……。どうしよう、困ったなあ。
「この屋敷に持って来たドレスではいけませんか?」
「少し季節外れになってしまうわね。ルブラン家に秋冬のドレスを送るように手紙を書いたのだけど、向こうはもう雪が積もっていますし、今回の訪問には間に合わないでしょう。ミレー伯爵家に昼間お伺いするなら、正装する必要はありませんが、デイドレスとそれに合わせた髪飾りが必要です」
「デイドレスに髪飾りですか……」
その瞬間、気がついた。
「そうだ、ユニーク魔術! グレース伯母様、わたし転移魔術でルブラン領からデイドレスと髪飾りを持ってきます!」
「まあ」
グレース伯母様は驚いて目を見開いた。
「ユニーク魔術で!? たしかにそれなら……でも、そんなことでユニーク魔術を使っていいのかしら?」
「ドレスがなければ制服か普段着でミレー伯爵家に行くことになりますよ」
わたしの言葉に、グレース伯母様は慌てて言った。
「それだけはなりません。マティルド、ユニーク魔術でルブラン領からドレスを持ってきなさい」
「わかりました!」
せっかくなのでお父様やお母様、ブライアンへ手紙を書いて持って行こう。グレース伯母様からも手紙を預かり、いざ!
「『逃走!』」
ぐるっと視界がまわり、体がねじれるような感覚がして……。
そして次の瞬間、わたしは何か柔らかいものを足の下に感じた。
ゆっくりと目を開けると、ルブラン領の自室に転移したことがわかった。
この柔らかい感触は……と足元を見ると、わたしは寝台の上に土足で立っていた。慌てて寝台を降り、毛織のベッドカバーの土汚れを払う。
あー、もう、このベッドカバー可愛くてお気に入りなのに! ていうか、ルブラン領はもうベッドカバーが冬仕様になってるんだ。
窓に近寄って外を見ると、そこは一面の銀世界だった。
王都はまだ秋なのに、ルブラン領はもう真冬なんだ。なんだか別世界に来たみたい。
廊下に出たが人影がない。母の執務室へ行き、ノックする。
「お母様、マティルドです」
しばらくの沈黙の後、「入りなさい」と応えがあった。
「急にすみません、お母様」
執務室に入ると、椅子に座ったまま母がため息をついた。
「……本当にあなたなのね……。わかっていても、いまだ信じられないわ。一瞬で王都からこのルブラン領に転移するなど。……それで、今日はいったい、どうしたのです」
わたしは週末のミレー伯爵家訪問を告げた。
「わかりました。……しかし、ミレー伯爵家はたしか国王派でしたね」
「その件なのですが」
母の鋭い眼差しに内心ビクビクしながら、わたしは平静を装って言った。
「わたしは今後、国王派……、もっと言えば王太子派として行動したいと思います」
母は黙ってわたしを見上げた。
う、うう……、怖い。怖いよー! ジェラルド様とはまた違う迫力がお母様にはある。なんていうか、いきなり落ちる稲妻みたいな。
やっぱり嘘ですごめんなさい! と謝りたくなるのを必死にこらえ、わたしはお母様を見返した。
「そうですか。……実は王家から正式な書状をいただく前に、あなたと王太子殿下の婚約は辞退申し上げようかと考えていたのです」
あー、そうだったか~。うん……、まあしょうがないか。ルブラン家はケルテス辺境伯家の筆頭寄り子だし、中道派路線を維持しなきゃいけないもんね。
「ですが」
お母様は静かに言った。
「先日、王太子殿下から我が家へ、早馬による遣いをいただきました」
えっ、ジェラルド様が!? やっぱりルブラン家の武力を当てにされてるのかなあ。
わたしだって、できるものならルブラン家を王太子派に変えたいけど、現状無理っぽい。
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
「いいえ、あなたが思っているようなことではないのです、マティルド。……いただいた書状には、こう書かれていました。『ルブラン伯爵家の武力は当てにしていない。ただマティルド嬢をわが妻に迎えたく、その許しをいただきたい』と」
「えっ」
わたしは間抜けな声を上げ、お母様を見た。
ルブラン家の武力はいらない……、ということは。
つまり欲しいのは、わたしのユニーク魔術だけ、ってこと!?
え、ええ……、そんなにわたしを評価してくれたの!? まだ魔術の使い方も力任せで未熟もいいところなのに。
でも……、嬉しい! ジェラルド様は部下の査定がめっちゃ厳しいのに、そこまでわたしを評価してくださったんだ! たぶん今現在の実力ではなく、今後に期待ってやつだと思うけど、それでも嬉しい!
ついニコニコしてしまうわたしを見て、お母様がふたたび深いため息をついた。
「……わたしはあなたに、平凡な結婚をし、平凡な幸せを掴んでほしいと願っていました。シモン様との婚約が解消されたのも、あなたのためを考えるならば、むしろ良いことなのではないかと」
それはわたしも同意見だ。シモン様と結婚しても、わたしにとって良いことなど何一つなかったと思う。
「しかし、王太子殿下からの求婚とあっては……、それも、ここまで殿下が強く希望されていては、もうどうすることもできません」
「お母様、あの、すみません。でも……」
「ええ、わかっています、マティルド」
お母様は目線を落とし、力なく言った。
「ケルテス辺境伯家には、王太子殿下の強いご要望により、あなたと殿下を婚約させることに同意した、とお伝えするつもりです。併せてルブラン伯爵家は、今後王太子派へ転向し、ジェラルド殿下を主として戴くつもりだ、と」




