84.好き好き大好き
「あの、でも、コレット様はそもそも第二外国語を履修していないですよね……?」
「第二外国語なんて、わたしに必要ないもの。いいのよ、わたしは勉強会では国語か薬学を勉強するから」
薬学……、たしかに北部に嫁ぐなら薬学は必須だ。勉強嫌いなコレット様でもある程度、努力しなければならないだろう。
そういえばミレー家は、魔術だけでなく薬学にも秀でた人材を数多く輩出している。
「わかりました、ガブリエル様にお伝えしますね。ミレー伯爵家には薬学に詳しい方が多いので、学院では得られない知識を教えていただけるかもしれません」
「ええ、そうね」
コレット様はふふっと笑い、わたしに顔を近づけた。
「マティルドったら、わかってないのね! ……あなたが本当にランドールを好きなら、仕方ないから協力してあげるわ」
小さな声でささやかれ、わたしは驚いてコレット様を見た。榛色の瞳がやさしくわたしを見つめている。ふわふわのピンクブロンドと相まって、おお、まるで春の女神のように美しい~。
いや、そうじゃない!
「あの、コレット様、その件は……」
「わかっているわ、もう言わないであげる」
違うんだよ~、そうじゃないんだよ~。
でも、本当の理由を言うわけにもいかないしなあ。
昼食を終えると、ぐったり疲れてしまった。豪華な料理を食べただけなのに。
ああ、魔獣の集団に襲われるほうがまだましだよ……。
数学の教室に向かおうとすると、
「……マティルド」
ランドール様に声をかけられた。
どこか困ったような表情に、わたしは申し訳なさでいたたまれなくなった。
本当に申し訳ありません! いきなり変な告白をされて、さぞかし気味悪かったですよね。それなのに何も聞かず、週末のお誘いにも応じてくださって、本当に本当にありがとうございます!
コレット様は微笑んでシモン様の腕を引いた。
「わたしたちはもう行きましょう」
「え、いや……」
戸惑うシモン様を引っ張り、コレット様はその場を後にした。誤解から生じたその気遣い、いらないです。
「ランドール様、その……」
「大丈夫だ」
わたしの言葉をさえぎり、ランドール様が言った。
「さっきマティルドが大講堂前で言っていたことだが……、リヴィエール侯爵令嬢と何かあったのだろう? それで、ああいう……なんというか、心にもないことを言う羽目になったのだろう」
わたしは驚いてランドール様を見た。
なんでわかったの!?
「えっと、その」
「別に誤解はしていないから、マティルドが気にする必要はない」
苦笑するランドール様に、わたしは勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございますランドール様! ご迷惑おかけしてすみません!」
「いや。……少し驚いたが」
でしょうね!
「あの、あの、わたしはランドール様を、心から尊敬しています」
「そうか」
「剣技もそうですが、昔から何があっても自分を見失わず、鍛錬に励む姿はわたしのお手本です!」
「そうか」
ランドール様の口元がかすかにゆるみ、目尻が少しだけ下がる。これは! ランドール様比最大級の笑顔だ!
「ではまた週末にな」
踵を返すランドール様に、わたしは慌てて言った。
「あっ、あの、ランドール様! たしかにコレット様は誤解されていますが、あれは……、あの時言ったのは、心にもないことじゃないです!」
「マティルド」
「わたしは、ランドール様を大好きです。子どもの頃から、ずっと」
周囲の人たちに聞こえないよう、小さな声で言ったけど、ちゃんとランドール様には聞こえたようだ。
「わかっている。……俺もマティルドが好きだ。子どもの頃からずっと」
ランドール様の表情は変わらないが、灰色の瞳がいたずらっぽく輝いている。
あー、ランドール様、この前と同じ! あの時はわたしと同じやり方で剣の試合に勝って、今回はわたしと同じ言葉を返してくれた。
こういうところなんだよ~! 子どもの頃から変わらない。無口だけど優しくて、好意を態度で示してくれる。
ランドール様、やっぱり大好き!




