80.報われない恋
「マティルド、あなたが無事でよかったわ」
ルーディガー様に屋敷まで送ってもらった後、グレース伯母様が青い顔で言った。
「わたしはずっと観覧席の後ろにいたから、よく見えなかったのだけど……。手違いで爆発があったのですって?」
「ええ、どうやらそのようです。わたしもよくわからないのですが……」
ソファに座り、温かいお茶を飲んでいると、訓練場であったことはすべて夢のような気がしてくる。
ジェラルド様と一緒に戦ったり、炎の剣を使って軍事訓練に参加したりした。……炎の剣については、ちょっとイマイチな結果だったな。これからもっと精進して、サヴィニー伯爵のような優れた技術を身に付けるぞ!
決意に燃えるわたしに、グレース伯母様が心配そうに言った。
「見学していた貴族たちが、あなたのことを噂していたわ、マティルド。……ユニーク魔術の使い手であるあなたが王太子殿下の婚約者となれば、……その、今回の爆発騒ぎのようなことがこれからも起こるだろうと」
あー、それはそのとおり。これからミリア様とジェラルド様の対立はますます深まっていくだろう。しかし!
「お父様がどう判断されるかはわかりませんが、わたしは王太子殿下の忠実な臣下として……、決して裏切らぬ剣として、誠心誠意お仕えするつもりです」
「まあ」
グレース伯母様が目を見張った。
「マティルド、ルブラン家は中道派ですよ。国王派にも貴族派にも深入りせず、適度な距離をとって……」
「わかっています」
わたしはグレース伯母様に訴えた。
「でも伯母様、ルブラン家やケルテス家の祖である勇者ベルゼン様は、ソラン王国の初代国王ハラルド様の、一番の部下だったではありませんか。北部はいつだって、ソラン王国に事あれば真っ先に立ち上がり、剣をとって戦ってきました。なぜルブラン家は……、いえ北部は、いつから王家と距離をとるようになってしまったのでしょう」
「今さらそれを論じても始まりません」
グレース伯母様はため息をついた。
「王太子殿下からの求婚をお断りするわけにはいきませんが……、あなたのお父上としては、王家から正式に婚約について白紙に戻すとの知らせを待っていらっしゃるかと思いますよ」
「でもジェラルド様は、わたしを正式な婚約者にしてくださると仰せでした」
わたしが反論すると、「あら」とグレース伯母様は首をかしげた。
「マティルド、あなた以前は王太子殿下と結婚したいとは思わないと言っていたじゃないの」
「それはそうなのですが……、でもわたしは、王太子殿下と結婚できなくとも殿下にお仕えしたいと思っています」
将来、ジェラルド様は間違いなくソラン王国の王様になるしね!
しかしそう言うと、何故かグレース伯母様は痛ましげな目でわたしを見た。
「……マティルド、こちらにいらっしゃい」
グレース伯母様に促され、隣に座る。すると、ぎゅっと伯母様に抱きしめられた。
「お、伯母様?」
「マティルド……、可哀そうに。たしかに王太子殿下は素晴らしい御方だと思いますよ。学院での成績も優秀で剣の腕も優れ、しかもあの美貌ですもの。……でもね、マティルド。ああいう御方は、決して心から誰かを愛したりはなさらないわ」
こんこんと諭され、ん? とわたしは首をひねった。
いや、たしかにグレース伯母様の言うとおりだと思う。ジェラルド様はガードが固いというか、マンガの中でも心から信頼しているのはランドール様くらいじゃないかなーって感じだったし。
でも何故、それをわたしに言うの? しかも、なんか哀れみの眼差しを向けられているような?
「あの、グレース伯母様、わたしも伯母様と同意見です。それはわかってますけど……」
「ああ、マティルド!」
グレース伯母様がさらに強い力でわたしを抱きしめる。お、おう、伯母様、けっこう力が強い。さすがルブラン家の女性。
「わかっていて、それでも諦められないのですね……。ああ、可哀そうな子! 殿下もあんまりだわ……、こんな子どもに」
「え、あの、諦められないって……」
「今のあなたに何を言っても届かないことは、よくわかっています。でもね、マティルド、これだけは信じてちょうだい。わたしは心から、あなたの幸せを祈っています。……あなたが報われない恋に泣くような、そんな目には遭わせたくないのよ」
「え……」
報われない恋。……って、誰が誰に。
え。
……まさかわたし!? わたしがジェラルド様に、報われない恋!?




