78.あなたの犬
「ご無事ですか、殿下!」
金髪の騎士がこちらに駆け寄ってくる。
騎士のサーコートには王宮騎士団の紋章があるから、これは味方と思っていいのか?
形勢不利と見たのか三人目と四人目の敵が逃げてしまった。けど、う~ん、殿下の命令もないから追いかけるのはやめとくか。トラップ感知はわたしの技術じゃまだできないし。
「ああ、私に怪我はない。マティルド嬢が守ってくれたからね」
その言葉は嬉しいが、わたしはまだ一人しか倒していない。一番強そうな敵はジェラルド様が倒しちゃったし……。
ちょっとシュンとすると、ジェラルド様が慌てたように言った。
「マティルド嬢? もしかしてどこか怪我でもした?」
「いいえ、無事です」
わたしの返事にジェラルド様と金髪の騎士がホッとしたように息をついた。
「殿下、遅くなり申し訳ございません。私は副団長麾下第一部隊所属のマティウスと申します。こちらに正体不明の兵士が向かっていたことは把握していたのですが、本陣と学生らの待機場所で爆発があり、その対応で遅くなりました。また、殿下が学生らと共に訓練に参加されたことは本陣に知らされておらず、後手に回ってしまいました」
「爆発」
ジェラルド様の目が細められた。
「本陣は誰が指揮を執っている?」
「副団長が。爆発は小規模で、騎士団、魔術師団、どちらも怪我人は出ておりません。学生らの待機場所には、魔術師団長が向かいました。私は副団長に命じられ、不審な兵士の後を追ってここへ」
「なるほど……」
考え込む殿下に、騎士が言った。
「殿下、これは恐らく殿下を狙った罠です。軍事訓練にまぎれて暗殺者を忍び込ませ、陽動として二か所で爆発を起こしたのではないかと」
「しかし、それにしてはお粗末な襲撃だった」
ジェラルド様はわたしを見た。
「どう思う、マティルド嬢? 先ほどの襲撃犯の動き、どこか妙だと思わなかった?」
ジェラルド様に意見を求められている!
わたしは張り切って答えた。
「はい、殿下! わたしも妙だと思いました! 動きが遅くてぎこちない……、まるで操られた死人のようだと!」
「死人」
ジェラルド様は静かに笑った。
笑ってるんだけど、なんか背中がゾクゾクするような……、こ、怖いよ。
「さすがだね、マティルド嬢。……そう、この襲撃犯たちはある意味、死人のようなものだ。恐らく彼らには呪術が使われている」
わたしは驚いてジェラルド様を見た。
魔術ではなく呪術?
人を操るような精神系の術は、魔術にも呪術にもある。しかしそれについて、わたしはほぼ無知に近い。かろうじてマンガで読んだ知識があるくらいだ。
例えば南国ピルシュカには、ソラン王国の人間が知らない呪術がある。ランドール様のスキルを封じた闇術のような。
ジェラルド様はピルシュカの呪術について、どの程度ご存じなんだろう。
しかしジェラルド様はそれ以上、呪術について語らなかった。
「マティウス、処理を頼んでもいいかな」
「もちろんです。……誠に申し訳ありませんでした、殿下。軍事訓練で殿下に危害が加えられるなど……」
「私は無事だ、危害など何も加えられていない。……よって、何もなかった。いいね?」
「しかし……」
言いよどむ騎士に、
「まだ時期ではない」
ジェラルド様が静かに言った。
「副団長であるサヴィニー伯も、まだ決心はついていないだろう。それに、いま声を上げても揉み消されるだけだ。それよりも証拠を集め、来るべき時に備えておいたほうがいい」
「……申し訳ありません、殿下。私は騎士団長のご判断に従うのみで、どちらに付くとも申し上げられません」
「わかっている。ただ……」
ジェラルド様は、ちらりとわたしを見た。
「ただサヴィニー伯に、マティルド嬢の安全だけは気を配るようにと伝えてくれ。彼女には王家の護衛はまだ付けられていない」
えっ、わたしに護衛!? 必要ないですよ、そんなもん!
ブンブン首を振るわたしに、ジェラルド様がため息をついた。
「困った婚約者殿だ」
何故ですか殿下! わたしは殿下の忠実な剣および下僕、犬として誠心誠意お仕えしているのに!




