77.二人きり?
王宮に行くのはちょっと気が重いというか、北部の田舎者にはハードルが高い。
魔術師の塔に行くのでさえ、すごく緊張したんだから。まあ今なら塔はすごくフリーダムな場所だってわかってるから平気だけど、王宮はさすがに違うだろうし。
でも今さら、やっぱナシで! とは言えない雰囲気だ。なんかジェラルド様、すごく嬉しそうだし。
「君さえよければ、晩餐の席も用意するけど、どうかな?」
どうと言われても、晩餐ってレイモンド陛下やミリア側妃もいらっしゃるよね……、無理!
「そうか、無理か」
残念、と肩をすくめるジェラルド様。えっ、今わたし口に出してないよね?
「君の考えていることはわかるよ」
ジェラルド様はくすくす笑いながら言った。
そう言えばジェラルド様は、他人の表情を読むのがうまかったなあ。
「でもこの間、私は君について何も知らないのだと思い知らされたよ」
ジェラルド様がつぶやくように言う。
「この間?」
「……君とランドールと一緒に、昼食を摂った時のことだ。私は君が、本当はどんな料理を好きなのかも知らないんだ」
まあ、いくら将来の主とはいえ、部下の好物まで把握する必要はないと思うけど。そこまで気にしてたら大変だよ。
「あの、でも、わたしもジェラルド様について何も知りません。だからおあいこですよ。これから色々知っていけばいいんじゃないでしょうか」
殿下は将来、ソラン王国の王になる御方だからね! これから長くお仕えすることになるだろう。きっとその内、殿下好みの戦術とかわかるようになると思う。そうすれば、殿下の考えを正確に反映した戦い方もできるようになるはず。ご期待ください!
わたしの返事にジェラルド様は目を見張り、それからくすぐったそうな表情を浮かべた。
「そうか……、そうだね。君の言うとおりだ。これから一緒に、お互いを知っていけばいい」
よろしくね、と笑いかけられ、そのあまりに麗しい笑顔に、ゥホホホウ! と雄叫びを上げそうになってしまった。
ひー、ジェラルド様は欠点など何一つない主だけど、顔が綺麗すぎて困るよ。
「すみません、殿下。今のうちに謝っておきます」
「どうしたの?」
「殿下のお顔があまりに麗しいので、時々耐えられなくなって奇声を上げてしまうかもしれません」
これから長い付き合いになる主君だもの、正直に言っておいたほうがいい。
しかしわたしの言葉に、ジェラルド様はぶはっと噴き出した。
「……君は本当に……、思いもかけないことを言う……」
笑いながらジェラルド様は、目の端に浮かんだ涙を拭った。泣くほどおかしかっただろうか。
「何故なのか自分でもよくわからないんだけど……、君と一緒にいると、すべての悩みが吹き飛ぶような気がして、とても……、楽しいんだ。またこんな風に笑える日が来るなんて、思わなかった」
ありがとう、と言われてわたしは飛び上がってしまった。
おおう! 殿下に感謝していただけるとは!
でも、殿下はけっこう笑い上戸だと思う。自分で気づいていないだけじゃないかな。
その時、
「……残念だ」
ふう、とジェラルド様がため息をついた。
「せっかく君と二人きりになれたと思ったのに」
次の瞬間、わたしとジェラルド様はバッと左右に分かれて飛び退いた。
ドスドスッ! と先ほどまでわたしたちが立っていた場所に、槍が数本突き刺さる。
フルアーマーの兵士が数名、木々の向こうに立っているのが見えた。この兵士たちが身に付けているサーコートには、王宮騎士団の紋章がない。
つまり敵だ! やっぱりミリア様が仕掛けてきたな!
木々が透けて見えるおかげで敵の姿もバッチリ見える。幻影の森って戦いやすそう。
「殿下、前衛はお任せください!」
「マティルド嬢、待っ……」
なんかジェラルド様が言ってるけど、こういうのは先手必勝だ!
わたしは『俊敏』のスキルを全開にして敵に斬りかかった。木々の間をすり抜け、下から鎧の継ぎ目を狙う。
「ぅあっ!」
まず一人!
肘や脇など防具の継ぎ目を集中して攻め、相手の剣はバックラーで軽く受け流して……あれ、動きがだいぶ遅い?
いくらフルアーマーといっても、そんなにノロノロしてたら嬲り殺しにされちゃうよ。わたしは速攻が信条だから、動けなくなった相手を執拗に斬りつけたりはしないけど。
一番前にいた敵は呆気なく倒れた。残りは……、後三人か。
二人目はだいぶ大柄で、斧をぶんぶん振り回している。力自慢タイプかあ。一人目よりは動きの速そうな三人目、四人目がわたしたちとの距離をじりじり詰めてくる。
「マティルド嬢、下がって!」
ジェラルド様が三日月斧を敵に投げつけた。動きの速そうな三人目と四人目がさっと退き、三日月斧は幻影の木に突き刺さった。
ジェラルド様が走り、勢いをつけて幻影の木を蹴りつけ、三日月斧を引き抜いた。その勢いのまま、斧を振り回す敵の懐に飛び込む。相手は殿下の素早い動きに対応できず、たたらを踏んだ。
おお、殿下、やるう!
「ハッ!」
三日月斧が大柄な敵の胴を薙ぎ、絶叫が響きわたった。
キラキラの王子様が三日月斧を振り回し、敵を叩き斬るって迫力の絵面だなあ。
わたしもやるぜー! と三人目、四人目に向かっていこうとした時、
「そこまでだ、貴様ら!」
怒りに満ちた鋭い声に、わたしは動きを止めた。
振り返ると、目を三角にした金髪の騎士が、怒り心頭って感じで立っていた。
ひいい、怖い! ていうか、誰だこの騎士!?




