75.小さな盾
「じゃあ行こうか、マティルド嬢」
「はい!」
いつでも戦えるよ、準備は万端だよ!
わたしは張り切って両手に持った短剣を構えた。
うん、軽くていい感じだ。騎士団に届けるまで、何かあったらこの短剣でジェラルド様をお守りするぞ!
炎の剣は不用意に使うと、周囲を焼け野原にしちゃいそうだからね……。わたしが炎の剣を自由自在に使いこなせれば問題ないんだから、もっと努力が必要だ。
「へえ、マティルド嬢は両手で武器を扱えるのか」
ジェラルド様が少し驚いたように言った。
「短剣のように軽い武器なら、両手でいけます!」
「盾は使わないの?」
「重いので……」
木製であっても盾は重く、バランスが取りづらいんだよね。
そう答えると、ジェラルド様は少し考え、バックラーと呼ばれる小さな丸盾を手にした。
「これならどう? それほど重くないし、武器としても使えるよ」
直径三十センチほどの小さな鉄製の盾だ。
ふーん、軽いな。手に固定すれば、ジェラルド様のおっしゃるとおり武器としても使えそう。
「わかりました、左手にこのバックラーを付けます」
バックラーには革ベルトが付いていた。腕に巻いて固定する仕様なんだな。凝った作りをしてる。さすが王宮騎士団、高価そうな防具だ。
しかしこの革ベルト、ちょっと巻きづらい。
「付けてあげるよ」
革ベルトに四苦八苦していると、ジェラルド様がさっと手を出し、後ろからわたしを抱き込むような形で革ベルトを巻き始めた。
ぅお!
ななんか、密着しているような……。いや、ジェラルド様は単に防具を付けてくださっているだけ! なんだけど……。
うわ、うわ、なんかいい匂いがする! あああ、わたしさっき、熱風にあおられて埃まみれなのに!
「こういう盾は初めて?」
耳元でささやかないでくれー!
「えっ!?」
「バックラーを使うのは初めて?」
「いや、ええと、もう少し大きなやつは使ったことあります! でもそれには、こういうアレが……、ええと、かか革のベルトが付いてなくて」
ああ、なんか頭がぐるぐるする! 何をしゃべってるんだ、わたし!
うう、おお、わたし埃まみれなのに! 汗もかいてるし、ジェラルド様に臭いとか思われたらどうしよう!
「すっ、すすみません、殿下!」
それ以上耐え切れず、わたしは叫ぶように言った。
「どうしたの、マティルド嬢?」
「いや、その……、臭くてすみません! わたし臭いですよね!? すみません!」
一瞬の沈黙の後、ジェラルド様が爆笑した。
「殿下?」
「……っ、く……、くさ、くは、……っ、ない、よ……っ」
体を二つに折り、お腹を押さえて苦しそうに答える殿下。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
「わたし、魔術師団の演習で埃っぽくなっちゃったと思います。汗もかきましたし」
「……大丈夫だよ、はあ……」
苦しい、とジェラルド様はお腹をさすりながら笑った。
ジェラルド様は笑い上戸だなあ。
「君の手は小さいね」
ふたたび革のベルトをわたしの腕に巻き始めたジェラルド様が、つぶやくように言った。
「これから大きくなります!」
なんか今日は皆に小さい小さい言われている気がする。
でも、ルーディガー様は成人男性の中でも飛びぬけて背が高いし、ジェラルド様もまだ十六歳なのにサヴィニー伯爵と同じくらい身長がある。
みんな体格が良すぎるんだよ! けっしてわたしは小さくない!
「……出来たよ」
左手首を見ると、丁寧に革ベルトが巻かれている。キツ過ぎず、手首の可動域を狭めていない。上手~。
「ありが……」
お礼を伝えようとして、わたしは固まった。
左手をとられ、手の平にちゅっとキスされたからだ。
「ぅわ!」
「さて、じゃあ出発しようか。……ところで」
ジェラルド様がわたしの腰に手を回し、ぐっと体を引き寄せて言った。
「この、紅玉の指輪はどういうこと? 誰にもらったの?」
硬い声音に驚いて顔を上げると、さっきとは打って変わって厳しい表情のジェラルド様と目が合った。
えっ、何……、どどうされたんですか、殿下!?
さっきまで楽しそうに笑っていたのに、突然どうして!?




