74.守ってあげたい
まあアンリ様を次期王として担ぎ上げるなら、軍の協力は必須だろう。
ミリア様が王宮騎士団を第二王子側の後ろ盾にしようと動くのは理解できる。
ただ、そのやり方がなあ……。
王宮騎士団に身内を入団させて、内部から騎士団の切り崩しを謀っているとすれば、それは王宮騎士団の独立性を侵害している。百歩譲ってその是非は問わないとしても、ミリア様の身内が王宮騎士団に入団できるほどの実力ではないというのは見過ごせない問題だ。
国防力が落ちるとかそういうのは置いておいても、王宮騎士団は騎士を夢見るすべての者の憧れだからね……。
実力の伴わないコネ入団、しかもその理由が次期王位争いのためだなんて、わたしですら微妙な気持ちになるんだから、サヴィニー伯爵がミリア様を嫌うのも当然だろう。
騎士団による単独の模擬演習を終え、サヴィニー伯爵らが戻ってきた。
見学している貴族たちの歓声に応え、騎士たちが手を振っている。
続く合同訓練の打ち合わせか、ルーディガー様率いる魔術師様たちも騎士団に合流した。
「合同訓練では、森に見立てた障害を設置するのですか?」
クレマン様がロイド先生に質問している。
「いや。……見てみろ、ほら」
ロイド先生の指し示す方向に目を向け、わたしもクレマン様も驚きに口を開けた。
えっ、森が出現している!? さっきまで何もなかったのに、いきなりどういうこと!?
「訓練場にかけられた幻視魔術だ。呪術も併せて使われているから、森の木々は実際の質量があるように感じられるはずだよ」
幻視魔術で生み出された木々は透き通って見えるから姿を隠すことなどはできないが、質量は感じられるようになっているため、木の向こうに立つ人間をそのまま斬ることはできないそうだ。
まるでガラスの壁みたい。
えー、どんな感じなんだろう、近くで見てみたいー!
ああ、やっぱり合同訓練に参加すればよかったかなあ。
わたしの顔を見て、ロイド先生が小さく笑った。
「学院の生徒を戦闘には参加させられないが、差し入れを持って行くくらいならかまわないだろう。……皆、二人一組で奥に用意された替えの武器や飲みものを、騎士団と魔術師団に届けるように!」
ロイド先生の言葉に、生徒がわっと歓声を上げた。
わーい、やった!
じゃあ、わたしも何か持っていこーっと!
短剣がいいかな、軽いし二、三本持っていくか。
後ろの長テーブルにウキウキしながら近づくと、
「マティルド嬢、私と一緒に替えの武器を騎士団に届けに行こう」
聞き覚えのある声に、わたしはギクリと動きを止めた。こ、この声は……。
振り返ると、キラキラの金髪もまばゆいジェラルド様が立っていた。笑っているのになんか顔が怖いよ。ひー!
「あっ、でで殿下? なんで殿下がこちらに……」
「わたしも学院の生徒と一緒に、演習に参加してみたくて」
絶対ウソだろ。
と思ったわたしの表情を読んだのか、ジェラルド様が肩をすくめた。
「うん、嘘なんだけどね」
この王子様はもー……。
いくらなんでも王太子殿下に「ウソなんかい!」と突っ込むわけにもいかないしなあ。
ジェラルド様の扱いに困っていると、ロイド先生が気づいたらしくこちらに来てくれた。
「殿下、どうかなさいましたか」
ジェラルド様は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「ロイド先生、いえ、大したことではありません。……ただ、ミリア妃から助言をいただいたのです。せっかく学院に通っているのだから、私も生徒として演習に参加したほうがいい、と。替えの武器を届けるくらいなら危険もないでしょう、と言われて」
なにー!?
ジェラルド様の発言に、わたしもロイド先生も色めき立った。
それって絶対、ミリア様が何かたくらんでるじゃん! 明らかな罠だよ!
おおお、不届き者が何をたくらもうと、未来の主君を守ってみせる! わたしの炎の剣が火を噴くぜ!
「ジェラルド様! お供いたします!」
「待て待て、マティルド君。……殿下、そういうことなら私がご一緒いたしますが」
ジェラルド様が肩をすくめた。
「いえ、それなら私は別の生徒と組みます。先生はマティルド嬢に同行してください」
わたし?
ジェラルド様は黙ってわたしを見ている。
さっきのちょっと冷たい眼差しとは違い、なんかなんか……、なんだろう、この表情。眉が下がって長い睫毛が瞳に影を落として……。
え……、もしかしてわたし、ジェラルド様に心配されてる……? なんてこと‼
「殿下! わたしに護衛は必要ありません! 大丈夫です、ご心配には及びません! 何か不測の事態が起きましても、敵を蹴散らしてご覧にいれます! ていうか殿下のご安全のほうが百倍大切ですから‼」
一生懸命力説すると、ジェラルド様が声を上げて笑った。目が優しくなり、キラキラと星のように輝く。
「……私の婚約者殿は、頼もしいな」
そうでしょう、そうでしょう! ご安心ください!
「じゃあ、私の護衛をお願いできるかな、マティルド嬢?」
「お任せください!」
「いや、あのですね、殿下……」
何か言いかけたロイド先生を制し、ジェラルド様が言った。
「大丈夫です。マティルド嬢にはかすり傷一つ付けず、私が守ると約束します」
おお! なんかカッコいい! さすが『ソランの薔薇』の主人公!
惚れ惚れしてから、あれ? とわたしは首をひねった。
逆です、殿下! わたしじゃなくて、ジェラルド様を傷一つ付けずにお守りするんです!




