70.サヴィニー伯爵はお金持ち
「見事だ!」
失敗したかなーと凹んでいたら、後ろからがばっと抱きしめられた。
「え?」
「よくやった、マティルド!」
ルーディガー様が大喜びでわたしを抱き上げ、くるくる回す。
また回されてるよ、と思ったけど、ちょっとホッとした。
よかった、少なくともルーディガー様は満足しているみたい。
「……あの、ルーディガー様」
「ああ、悪い悪い」
にこにこしながら地面に下ろされる。わたしはルーディガー様に顔を寄せ、小さな声で言った。
「あの……、どうでしょうか、ちょっと火力が足りなかったでしょうか?」
「ん?」
ルーディガー様は不思議そうに首をかしげた。
「足りないって、何が」
「いや、その……、最前線の人形ぜんぶ倒すのに、三回も剣を振るわなきゃならなかったし……。なんか誰も喜んでないっていうか……」
ルーディガー様は静まり返る貴族たちを見回し、ふんと鼻を鳴らした。
「なんだ、そんなことか。あやつらはただ単に、怯えているだけだ。……おまえはよくやった。素晴らしかったぞ」
「そうでしょうか……?」
上機嫌なルーディガー様に、ちょっと気分が浮上した。
うん、そうだよね。これ以上やれって言われても無理だし。
わたしなりに精一杯がんばったんだから、今はこれで良しとしよう!
「ありがとうございます、ルーディガー様」
「礼を言うのはこちらのほうだ。婚約者として、私も鼻が高いぞ」
「まだ婚約者ではありません」
もー、ルーディガー様は。
気を抜けば、知らないうちにルーディガー様と結婚してそうで怖いよ。
「ルーディガー、マティルド嬢」
サヴィニー伯爵が現れ、苦笑した。
「やられたな。こんな隠し玉を用意していたとは」
「マティルドが炎の剣を使えることはわかっていただろう」
ルーディガー様の指摘に、サヴィニー伯爵は不服そうに言った。
「炎の剣と一括りに言っても、私とマティルド嬢の剣はまったくの別物じゃないか」
「当たり前だ。マティルドの剣はユニーク魔術で創り出したものなのだからな」
なぜか自慢げなルーディガー様。
サヴィニー伯爵は呆れたようにため息をつき、それから声を落として言った。
「……ルーディガー、マティルド嬢に求婚したからには、ちゃんとその身の安全を守ってやれ」
「むろんだ」
ルーディガー様は頷き、わたしに視線を向けた。
ん? 守る? どういうこと?
「……だが正直、これほどの威力だとは私も思っていなかった。まさかマティルド一人で、最前線の人形すべてを破壊できるとはな」
えー! おまえならできるって、そうおっしゃってたくせに! あれはただのリップサービスだったの!?
サヴィニー伯爵は苦い表情で言った。
「おまえでも驚くほどなのだから、他のやつらは推して知るべしだ。……ミリア様のあの顔を見てみろ。ただでさえ王太子殿下は、北部勢力の切り崩しが目立っている。ランドールの後はマティルド嬢。そこにきて、あの炎の剣だ。今後、いったい何を仕掛けてくることやら」
え、ミリア様の顔って何だ、と思ってわたしは観覧席の様子を窺った。
しかし陛下の影になってミリア様やアンリ様の表情はよくわからない。ジェラルド様も同じだ。……なぜか機嫌が悪そうなのは伝わってくるんだけど。
わざわざ正面に回って確認するのは失礼だしなあ。えー、サヴィニー伯爵はどんだけ視力がいいんだ。
わたしの表情に気づき、サヴィニー伯爵は肩をすくめた。
「向こうから、双眼鏡で見たんだよ。使うかい?」
「えっ、いいんですか!?」
向こうって、騎士団が集まってるところか。たしかにあそこからなら、双眼鏡を使えばよく見えそう。
でも、双眼鏡ってまだあまり市場に出回ってなくて高いのに。サヴィニー伯爵はさすが高給取りだけあるなあ。
しかも、そんな高級品を簡単に「使う?」とか言って貸してくれるなんて。そういうことに頓着しない鷹揚さが、いかにもお金持ちって感じ。
貧乏なルブラン家ではとてもできない振る舞いだ。もしウチが双眼鏡を持ってたとしても、鍵をかけた金庫に厳重にしまい込み、他人に貸す時は借用書を書かせるとかしそう。
わたしがサヴィニー伯爵を尊敬の目で見ると、
「私だって双眼鏡くらい、持っている。マティルドが欲しいならやるぞ」
「え? いや、いりませんよ」
何を張り合っているんだ。
ルーディガー様って、ブライアンよりよっぽど子どもっぽいよ。




