66.兄弟の確執
「義母上」
ジェラルド様が進み出て、丁寧に礼をした。
「私事で義母上のお心を煩わせてしまい、申し訳ありません。……ソレル魔法伯は、弟子であるルブラン伯爵令嬢を私に取られたくないのでしょう。ソレル魔法伯は各国から魔術の指導者として引く手数多でありますが、我が国の魔術師団長として日夜、身を粉にして働いてくれております。我が国が他国に比して、魔術に一日の長ありと見なされるのは、ソレル魔法伯の献身あればこそです」
おお、完璧な反論だ! さすがジェラルド様、わが主!
「妃殿下、立会人を務めた私からも申し上げます。……ソレル魔法伯は常に魔術の研究に邁進し、その発展に寄与しています。彼がソレル王国の魔術の向上にどれほど貢献したか、その功績をお忘れなきよう」
ジェラルド様とサヴィニー伯爵の二人から「おまえはソラル王国の魔術の要に何を言ってんだ? こいつがへそを曲げて他国へ行くとか言い出したら、責任とれんのか?」と遠回しに責められ、ミリア様はホホホと上品に笑った。
「まあ、二人の殿方に責められては、わたしのようにか弱い女性にはどうすることもできませんわ。……陛下、お味方してくださいまし」
楽しげな表情とは裏腹に、瞳が冷たい光を浮かべている。……怖いよ!
レイモンド陛下は、しなだれかかるミリア様に鼻の下を伸ばしている。まあミリア様の正体を知らなければ、おっとり美女に頼られて嬉しいんだろーなーって思えるけど。
「ソレル魔法伯、妃の言葉にも耳を傾けるように」
「かしこまりました。それではそろそろ失礼してもよろしいでしょうか?」
陛下のお言葉に間髪いれず、「もう話すのめんどくさい(意訳)」と返すルーディガー様。
周囲の人間が凍りついてるよ……。ミリア様ですら笑顔が強張ってるから、相当だ。
ルーディガー様、すごいな……。あれだけの功績を上げてるのに、一代限りの名誉爵位って褒賞が渋いなーと思ってたけど、うん……、これは宮廷でやっていくのは無理だわ。
「陛下、ソレル魔法伯は訓練に集中したいのでしょう」
ジェラルド様のフォローに、
「あ、ああ……、そうだな。うむ、それでは私たちも観覧席へ行くか」
毒気を抜かれたように陛下が応え、踵を返した。
「かしこまりました。それではソレル魔法伯、サヴィニー伯爵もまた後で。……マティルド嬢」
ジェラルド様がわたしに近づいた。と思ったら、すっと顔を寄せられ、
「え、殿下」
「……ルーディガー師団長の求婚の件、後で必ず説明してもらうから」
ジェラルド様からひやりとするような怒気を感じ、わたしは縮みあがった。
「え、ええ……?」
それだけ告げると、ジェラルド様はふいっと顔を逸らし、足早に去って行ってしまった。ミリア様、アンリ様もそれに続く。
わたしはロイヤルご一行の後ろ姿を呆然と見送った。
マズい。なんかよくわかんないけど、ジェラルド様が怒っていたような?
えええ……、わたし、何かした? ただ黙って立ってただけで、何もしてないよね?
「へえ、珍しい。あの殿下がねえ……」
サヴィニー伯爵がニヤニヤしている。
ジェラルド様が不機嫌なのを面白がっているみたいだ。
そりゃ将来、王座をかけて争う義母および異母弟と一緒にいたら、不機嫌にもなるでしょうよ。
そういえば、さっきの一悶着の間も、アンリ王子はひと言も口をきかず、つまらなそうにそっぽを向いていた。まだ十一歳とはいえ、だいぶ幼い振る舞いだ。
来年、王立学院へ入学予定の第二王子アンリ殿下。
将来はジェラルド様とソラン王国の王座をめぐり、骨肉の争いを繰り広げる相手なのだが……。
なんというか、うーむ、覇気に欠けるというか、印象の薄い王子様だったなあ。
いや、金髪碧眼で可愛いんだけど。成人すればそれなりの見た目になるはずなんだけど。
ただ、兄にあんな後光が差すレベルの美形がいると、どうしても存在が霞んでしまうよね……。
成績もフツーというか、落第こそしないもののテストはいつも超低空飛行で、それを知ったミリア様がヒステリーを起こしていたっけ。
ただミリア様も、アンリ様に期待をかけ過ぎというか、比べる相手が悪すぎなんだよね。
わたしだってジェラルド様と比べられたら、あんなのと比べないで! ってキレると思う。
文武両道、品行方正、容姿端麗。まさに絵に描いた王子様、そのままの存在。それがジェラルド様だ。
そんなのが兄だったら、たとえ関係良好だったとしても、思うところがあるだろう。
将来、アンリ様がシモン様と仲良くなるのも、ひょっとしたらお互いの境遇が似てたせいもあるんじゃないかな。
出来過ぎの兄弟を持つ者同士、相通ずるものがあったのではないだろうか。
アンリ様はジェラルド様との王位争いに敗れた後、ジェラルド様の温情により処刑や幽閉などの極刑を免れ、宮廷で閑職を与えられて飼い殺しの身となる。
しかし結局、その職も辞して宮廷を去ってしまう。その後の行方は杳として知れない……、という筋書きだったけど、仮にも一国の王子が城から出奔して行方知れずとか、あり得ない。絶対、王太子側か第二王子側かはわからないけど、どっちかの陣営が手引きをしてるよね。
その後のアンリ様がどうなったのか、マンガでははっきりとは描かれていない。だが、たぶんこれが答えなんだろうなあ、と思わせる描写があった。
ランドール様に「アンリ殿下の行方を捜索しなくてもよろしいのですか」って聞かれたジェラルド様は、「その必要はない。アンリの件は忘れるように」と淡々と答える。その後、誰もいない執務室でジェラルド様は、「私もそろそろ忘れるべきかな。もう、復讐すべき相手はこの世にいないのだから」と虚ろな笑みを浮かべて言うのだ。
え、あの、この世にいないってことは……と、ジェラルド様の暗~い微笑に戦慄が走ったっけ。
うん、何があってもジェラルド様に逆らうのは止めとこう!




