65.側妃ミリア様
そっと周囲を窺うと、にっこり笑顔で頷くコレット様の姿があった。
ご満足いただけましたでしょうか。恥ずかしさに耐えた甲斐がありましたよ。
やりきった感で満足そうなルーディガー様が、笑顔で言った。
「よし、それでは魔術師たちと合流するか。エドガー、世話をかけたな。マティルド、行くぞ」
わたしも慌ててサヴィニー伯爵に頭を下げた。
「サヴィニー伯爵、ありがとうございました! えっと、ルーディガー様、わたしも魔術師の皆さんとご一緒させていただいてよろしいのですか?」
わたしは学院の生徒と一緒に訓練に参加するのでは? と思ったのだが、
「マティルドを魔術師の塔の一員として訓練に参加させるよう、学院側に申請してあるから問題ない。今回の訓練では、試したいことがあってな」
ルーディガー様は嬉しそうだけど……、試したいことって何だ。
その時、サヴィニー伯爵が慌てたように言った。
「ちょっと待てルーディガー。……陛下らがお見えだ」
何!?
振り返ると、レイモンド陛下、側妃ミリア様、第一王子ジェラルド様、第二王子アンリ様というロイヤル揃い踏みでこちらにいらっしゃるのが見えた。
なんでこっち来るんだと思ったけど、考えてみれば魔術師団長と王宮騎士団副団長が一緒にいるんだもんね、そりゃお声掛けくらいあるよね……。あああ、わたしのようなモブにロイヤルの輝きは眩しすぎる。さっさと逃げていればよかった。
先にレイモンド陛下の侍従がこちらにやって来た。
「ソレル魔法伯ならびにサヴィニー伯爵。陛下からお言葉がありますので、そのまましばしお待ちください」
わたしは関係ないよね? このまま知らんふりして逃げてもいいよね?
しかし、わたしがじりじりと後ろに下がろうとするのに気づき、ルーディガー様とサヴィニー伯爵にガッと両腕をつかまれた。
「おい、どうした? 陛下がいらっしゃるぞ。面倒だが、魔術師たちと合流するのはお言葉を聞いてからだ。もう少し待て」
「マティルド嬢だけ逃げるなんて、そんなことはしないよね? そんな卑怯な真似、騎士にあるまじき行為だよ」
サヴィニー伯爵の目が据わっている。
ルーディガー様は単に面倒だ~くらいにしか思ってなさそうけど、サヴィニー伯爵はロイヤルズが苦手みたいだ。気持ちはわかるけど。
朝日の輝きを受け、うっとうしいくらいキラキラ輝くロイヤルズが目の前に現れた。逃げたい。今こそ『逃走』の出番なのでは。
逆光でジェラルド様の表情はよく見えないが、なんとなく機嫌が悪いような気がした。大嫌いなミリア様と一緒だもんねえ。
「ソレル魔法伯、久しいな」
レイモンド陛下が機嫌よくルーディガー様に声をかけた。
レイモンド陛下は、ジェラルド様と顔立ちはよく似ているが、雰囲気がまったく違う。
優しげでひ弱そうな感じ。困ったように微笑む表情に、なんとなく庇護欲がわく……けど、陛下がもうちょっとしっかりしてくれればなあ、という不敬な感想も拭えない。
優しいだけじゃ為政者は務まらないんですよ、陛下!
一方、側妃ミリア様は、年齢不詳の穏やかそうな美女に見えた。褐色の巻き毛もお肌も艶々していて、とてもブライアンと同じ年齢の子どもがいるとは思えない。スタイルも抜群だし、常に微笑みをたたえている。……けど、『ソランの薔薇』の読者としては、走って逃げたいくらいの恐怖を感じる。
ミリア様は、我が子であるアンリ様に王位を継がせるべく、手段を選ばずジェラルド様を攻撃するんだよね……。
ジェラルド様ももちろん反撃するが、なんていうかミリア様のやり方はえげつないのだ。荒くれ北部民であるわたしから見ても、「えっ、そんな嫌がらせするんだ?」と驚くようなことをする。見た目がおっとり美女だから、余計に怖いんだよ。
「陛下、サヴィニー伯爵はまったく王宮に顔を見せてくれませんのよ。女官たちも寂しがっております。もう少し頻繁に顔を見せるよう、陛下からおっしゃってくださいな」
ミリア様の発言に、サヴィニー伯爵の顔が強張る。
ああー、なるほど。
サヴィニー伯爵は容姿がいいし、騎士たちの信頼篤く国民からの人気も高い。
『ソランの薔薇』ではミリア様が、なんとかしてサヴィニー伯爵を味方につけようとあの手この手を使ってたっけ。
だが結局、それに閉口したサヴィニー伯爵は王太子側に付いてしまう。まったくの逆効果なのだが、ミリア様はサヴィニー伯爵にあれこれと話しかけ、歓心を買おうとしている。
「……王宮に顔を見せぬのは、ソレル魔法伯も同じです。いや、彼のほうがもっと不精を働いているでしょう」
サヴィニー伯爵が仮面のような笑顔で言った。
まあ確かに、ルーディガー様が王宮行ってロイヤルズに挨拶するなんて、年に一回あればいいほうだろうな。
「理由がありませんから。時間の無駄です」
ルーディガー様が堂々と言い切った。あまりに不敬すぎて突っ込む人もいない。陛下も苦笑している。
ミリア様は微笑みながらルーディガー様に視線を向けた。笑っているのに怖いよ!
「まあ、ご挨拶ですこと。……ソレル魔法伯は王家を軽んじていらっしゃるのかしら?」
「軽んじているわけではありません。興味がないだけです」
ルーディガー様が平然と言った。
他人事ながら胃が痛い。わたしが言うのもなんだが、ルーディガー様はもう少し忖度とか気遣いとか、そういうのを身に付けたほうがいいのでは?
「興味、ねえ……」
ミリア様がちらりとわたしを見た。
え、なんですか。わたしは何も言っていませんよ。
「ソレル魔法伯が今興味を持っているのは、魔術ではなく恋なのかしら? 先ほど、ルブラン伯爵令嬢に求婚していたようだけど。……ルブラン伯爵令嬢には、ジェラルド殿下も求婚しているのですよ。王子の想い人に求婚するなんて、王家を軽んじているとしか思えないのだけれど?」




