64.ルーディガー様の求婚
まさかね、と言っておかしそうに笑うサヴィニー伯爵に、わたしはちょっと困ってしまった。
うーむ、なんと答えたものか。
すると、
「ああ、そうだ」
ルーディガー様が堂々と言った。
「わたしとマティルドは、恋人同士だ」
「「えっ」」
驚くサヴィニー伯爵とわたしに、ルーディガー様が上機嫌に告げた。
「今日はこれから、マティルドに求婚する予定だしな」
それはそう。
「なんだって!?」
サヴィニー伯爵は仰天し、わたしとルーディガー様を見た。
「いや、しかし……、マティルド嬢はたしか、王太子殿下に求婚されたと」
「まあ、そうだな」
「知ったうえでマティルド嬢に求婚するつもりなのか!?」
「ああ」
平然としているルーディガー様に、サヴィニー伯爵はため息をついた。
「まったく……。おまえはそれでいいかもしれないが、マティルド嬢に迷惑をかけるようなことはよせ」
「マティルドも承知しているぞ」
「……何?」
サヴィニー伯爵は眉をひそめた。
「マティルド嬢、ルーディガーはこう言っているが、ヤツは何か勘違いをしているのか? もしそうなら、はっきり言ったほうがいい。遠慮する必要はないから」
「いえ、そのう……、勘違いではありません」
わたしの返事に、サヴィニー伯爵は驚愕の表情を浮かべた。
「まさか……、おいルーディガー、ミレー伯爵はこのことをご存じなのか!?」
「ああ、婚約用の宝飾品について相談に乗ってくれたぞ」
胸を張るルーディガー様に、サヴィニー伯爵は黙り込んだ。
「え、どうしよう、やっぱりわたしとルーディガー様では身分違いですかね?」
「私は一代限りの名誉爵位しかもっておらん。身分というなら、ジェラルド殿下のほうがよっぽど高いだろう。あっちは王子だぞ」
「言われてみればそうですね」
ルーディガー様とひそひそ話していると、強い視線を感じた。振り返ると、コレット様がリヴィエール侯爵と一緒に立っているのが見えた。
おおお、御大のご登場だ!
あ、そう言えば。
わたしは騎士服のポケットを探り、ルーディガー様のイニシャルを刺繍したハンカチを取り出した。
「ルーディガー様、あの……、よければ受け取ってください」
「ん?」
ルーディガー様はハンカチを受け取ると、不思議そうにそれを見た。
「すみません、わたし刺繍が下手で……。ちょっと縫い目がガタついているんですけど」
「マティルドが縫ってくれたのか?」
頷くと、ルーディガー様は驚いたようにわたしを見た。
うう、ううう……、もう少し頑張って綺麗に縫えばよかった。
わたしはうつむいて言い訳を口にした。
「刺繍の授業で縫ったんですけど、時間がなくて……、ていうか、わたしが下手なだけなんですが」
「……いや……、その、ありがとう」
もごもごとお礼を言われ、顔を上げると、何故か顔を赤くしたルーディガー様と目が合った。
「女性から手作りの品などもらったのは、生まれて初めてだ。……マティルドはわざわざ手作りの品を用意してくれたのに……、私も、もう少しマティルドのことを考えて贈り物を選ぶべきだった。すまなかった」
「え!? いえ、そんなことはないですよ! わたしには豪華すぎるってだけで、素晴らしい宝飾品だと思いますし!」
「いいや、あんなものでは駄目だ。週明けにでもミレー家に来てくれ。職人を呼んでおくから」
「えええ……、いや、そんな訳には……。ああ、ルーディガー様、それよりそろそろ求婚のほうを……」
コレット様も到着したし、貴族もだいぶ集まってきた。
ここらでそろそろ、本日の目的その一を達成しておきたい!
「ああ、そうだったな」
ルーディガー様は頷き、黙りこくっているサヴィニー伯爵の肩を叩いた。
「エドガー、立会人になってくれ」
「……立ち合いって、何のだ」
「今からマティルドに求婚する。その立会人だ」
サヴィニー伯爵の目がカッと見開かれた。こ、怖いよ。
「ルーディガー! 本気か!? マティルド嬢も!」
「むろん、本気だ」
「え……、マズいですか? ダメですかね?」
自信満々のルーディガー様とビクつくわたしに、サヴィニー伯爵は困ったような表情を浮かべた。
「駄目というか……、弱ったな、私は他人の恋路を邪魔するような野暮な真似はしたくないんだが」
サヴィニー伯爵はため息をついた。
「しかたない、わかったよ。……立会人を務めよう」
「そうか、ありがとうエドガー」
「あ、ありがとうございます」
サヴィニー伯爵がばさっとマントを翻し、剣を地面に突き立てる。
「……ソレル魔法伯ルーディガー・ミレーの依頼により、私、王宮騎士団副団長エドガー・サヴィニーが立会人を務める。これよりソレル魔法伯の発する言葉および行動は神かけて真実であり、疑義が生じた場合は私が証人となることを誓う」
周囲の人間が「何事だ?」とこちらに注視する中、わたしとルーディガー様は向かい合って立った。
手を取られ、ルーディガー様と見つめ合う。
ルーディガー様の真っ赤な瞳が至近距離にあって……、ううう、おおお、めちゃくちゃ恥ずかしい!
「マティルド」
ルーディガー様がひざまずき、わたしの手に口づけた。
「あなたが私の求婚に頷けないのはわかっている。……だが、私の妻となるのは、マティルド、あなたしかいない。あなたが私の手を取れる日を、いつまでも待つと誓う」
「あ、あり……、ありがとうございます」
小声で答えるのが精いっぱいだった。
ううう、視線の集中砲火で死ぬんじゃないの、これ。




