105.晴天
翌日は朝から霧雨が降りしきり、どんよりとした空模様だった。
「あいにくの天気だな。これでは屋外で魔術のテストを受けるのは無理だろう」
教室で、隣の席に座ったガブリエル様が残念そうに言った。
「屋内だと何か問題があるのですか?」
「使える魔術が制限される。特に炎系の魔術は、最悪使えないこともあるから、地味になってしまうんだ」
テストに地味も何もないと思うんだけど。
でも確かに、屋外なら炎系だろうがなんだろうがどんな攻撃魔術も打ち放題だろうけど、屋内となればさすがに制限をかけられるだろう。
炎系の魔術が減ってしまうのは、わたしも残念だ。
北部は一年の半分が雪に閉ざされる地域特性上、炎に弱い魔獣が多い。
今回の小テストでは炎系の魔術がたくさん見られるだろうから、それを参考にして似たような効果をもつものをユニーク魔術で再現できたら、ルブラン家の皆に喜んでもらえると考えていたんだけど。
「……あ、そうだ」
わたしはこの間、ミレー伯爵家を訪れた時に読んだ、一冊の魔術書を思い出した。
それはユニーク魔術について書かれたものだった。といってもユニーク魔術の内容やその使い手について詳細に記された書物ではなく、たんにこれまで公にされたユニーク魔術を、種類別にカテゴリ分けしただけのものだったけど。
そのカテゴリの一つに、「気象系」というものがあった。
雨を降らせる『降雨』、雲を払い晴天にする『雲返し』、霧を発生させる『煙霧』など、つまりは気象を操作する魔術だ。
わたしは窓の外を見た。
豪雨というわけではない。しとしとと降りしきる霧雨で、雲もそれほど厚くなさそうだ。
もしユニーク魔術で天気を回復できれば、屋外での小テストが可能になる。
まだバベット先生も教室に来ていないし、今の内に試してみるか!
「マティルド嬢」
席を立ち、窓に近寄るわたしに、ガブリエル様が不思議そうに声をかけた。
「どうした? じきバベット先生もいらっしゃるから、席についたほうがいい」
「……ガブリエル様、ちょっと窓を押さえておいていただけますか?」
わたしは教室の一番後ろの窓に取り付けられた閂を外し、ガブリエル様に頼んだ。それほど風は強くないが、万が一高価なガラスを破損してしまったら大変だ。
「かまわないが……、何をするつもりだ? まさかユニーク魔術か!?」
がぜんガブリエル様が張り切りだした。
「高さはこのままで大丈夫か? 椅子を持ってこようか?」
「このままで大丈夫です。……雲を払い光を現せ……『晴天』」
声に魔力を乗せる時、ふと迷った。わたしがしようとしているのは雨を止める『雲返し』というユニーク魔術だが、『雲返し』という言葉に魔力を乗せてもうまく魔術が発動しない気がしたのだ。
晴天、と声に魔力を乗せた時、何となくわかった。
そうか、ユニーク魔術ってこういうことなんだ。
その人だけが使える魔術。ユニーク魔術とは、使い手が描くイメージとそれを具現化する言葉に支えられている。
同じ効果を望んでも、それぞれイメージは違うし選ぶ言葉も違う。だから“唯一”の魔術なんだ。
「マティルド嬢!」
興奮したガブリエル様の声に、わたしはハッと我に返った。
「見ろ、雨が止んだ! 光が差している!」
「……でも、ここだけですね。門の向こうは雨が降っているみたいです」
まあ、小テストは学院内で行われるから目的達成といっていいかな。もっと確固たるイメージを描いて魔術を発動させれば、王都一帯くらいは晴天にできるかも。
「あら、まあ」
背後で呆れたような声が聞こえた。振り返ると、バベット先生がわたしを見てため息をついた。
「マティルドさん、まだ小テスト前ですよ。……マティルドさんは、気象系のユニーク魔術も使えるのね」
「そうです!」
なぜかガブリエル様が意気込んで答えた。
「先生、マティルド嬢のユニーク魔術は実に興味深い! その有用性は……」
ガブリエル様が怒涛のようにしゃべり始めたが、バベット先生はそれを押しとどめて言った。
「はい、皆さん、本日の小テストは屋外で行いますから早く移動してくださいね。……それと、マティルドさん」
くるりとわたしに向き直り、バベット先生が微笑んだ。
「あなたの評価はA+です。見事なユニーク魔術だったわ」
え! 小テスト受ける前に合格!? それもA+!?
ラッキー! ……と喜んでいいのかな。なんかデルフィーヌ様とその取り巻き令嬢に睨まれているような気がするんですけど……。




