104.コレット様の過去
「コレット様、今日はありがとうございました」
コレット先生の厳しくもわかりやすい指導のおかげで、提出用の手巾はほとんど出来上がった。後は仕上げにバラの葉などを刺繍すれば終わりだ。
コレット様は肩をすくめた。
「別にいいわよ。あなたが落第点をとったら、一緒に家政学の授業を受けられなくなるもの。……刺繍糸を何種類か置いていくから、それで残りの刺繍を仕上げなさい。丁寧にね。一気に終わらせようとしては駄目よ」
「わかりました!」
「それで、相手は誰なの?」
コレット様は顔を寄せ、わたしの後ろに立つグレース伯母様に聞かれないように声をひそめて言った。
「え? 相手、って……」
「その手巾を贈る相手のことよ」
コレット様の瞳がいたずらっぽく瞬いた。
「提出物は、考査が終われば返却されるわ。……マティルドはその手巾を、誰に贈るつもりなの?」
わたしは手にしたままだった手巾に目を落とした。
縁をタティングレースで飾られた、シルクの豪華な手巾。その隅には、鮮やかなブルーのリボンでバラの花が刺繍されている。
コレット様に「リボンでバラの花を作るのはどう?」と提案された時、なぜかジェラルド様の顔が思い浮かんだ。
ユニーク魔術でちゃちゃっと創り出したバラ一輪を、あんなに喜んでくださったのだ。手巾を贈れば、きっともっと喜んでくださるだろう。幸い、コレット先生の指導のおかげでまあまあ見られる仕上がりだ。
「……その青、王太子殿下の瞳の色ね」
ささやかれて、思わず赤面してしまう。
「いや、あの……」
「マティルドったら、真っ赤よ! ほんとにあなたって可愛いわね!」
ひとしきりわたしをからかった後、満足したようにコレット様は侯爵家に帰っていった。
「リヴィエール侯爵令嬢は、手芸が得意でいらっしゃるようですね」
グレース伯母様が手巾を覗き込み、感心したように言った。
「ええ、以前も家政学の授業でわたしの刺繍を手伝ってくださいました」
「そう……。そういえば……」
グレース伯母様が思い出したように言った。
「あなたがリヴィエール侯爵令嬢の学友に選ばれた際、ご令嬢が侯爵家に引き取られた経緯などを伺いました。……侯爵家に引き取られるまで、コレット様とその母君は、お針子などの仕事をされていたようですね。侯爵夫人が存命中はなかなか経済的な援助も難しかったでしょうし、ご苦労されたのでしょう……」
そうか、リヴィエール侯爵は入り婿だから、妻である侯爵夫人に頭が上がらなかった、って聞いたことがあったな。
コレット様の母親はメイドだったし、頼りになる実家もなかったのだろう。
そうか……。わたしは単に、コレット様って刺繍うまいなーとしか思わなかったけど、それはコレット様にとって生活のたつきだったんだ。
思えば、貧乏だ貧乏だとは言っても、わたしは生活のために働いたことなど一度もない。
前世でも、働くようになったのは十分に教育を受けた後だ。子どもの頃は、親が衣食住の面倒をみてくれた。
でもコレット様は、まだ子どもの頃からお針子の仕事をして、母親を助けていたんだ……。大変だっただろうな。
しんみりした後、わたしはハッとして首を振った。
い、いや、そうは言ってもコレット様が要注意人物であることに変わりはない!
今のところ、コレット様との仲は良好だけど、いつわたしを殺す死神に豹変するかわからないのだ。
気を引き締めないと!
……でも、わたしの運命だけでなく、コレット様やランドール様の運命も、良い方向に変えることができればいいな。
具体的にどうすればいいのか、まだわからないけど。
とりあえず、明日の小テスト、魔術、馬術、剣術を全力で頑張るぞ!




