25 祈り
満面の笑みでこちらにやってきたタルトは、サラマンダー、ウンディーネ、ノーム、シルフと一緒だ。
「よかった、無事に〈世界樹の再生薬〉が作れたんだね」
「はいですにゃ! ……みんな、自分たちより世界樹が一番大事、素材の部分はまた元にもどるから大丈夫って言ってくれたんですにゃ」
精霊の眷属の大切な部分を素材にしてできた〈世界樹の再生薬〉は、たった一つ。
「タイミングを見極めて、ここぞというときに使わないとですにゃ!」
「薬を使うタイミングがあるの?」
それがさっぱりわからなくて、私は首を傾げる。〈錬金術師〉のタルトだからこそ、何かわかることがあるのだろうか。
私が考えていることを察してくれたのか、タルトが「なんとなくなんですが、にゃ……」と前置きをしつつ説明をしてくれる。
「ポーションには、その効果を最大限に引き出して使うタイミングがあるんですにゃ! わかりやすく言うと……転んだかすり傷と、モンスターの爪でえぐられた傷……同じポーションで治したら、後者の方がポーションの効果を最大限利用できたことになりますにゃ」
ちょっと違うかもしれないけれど、ニュアンスとしてはそんな感じなのだとタルトが一生懸命説明してくれた。
「なるほどね、理屈はわかるよ」
そしてタルトの口ぶりからするに、〈世界樹の再生薬〉を使うのはきっと今ではないのだろう。ならば、いつ? と考えて……私の脳裏にサンゴの姿が浮かぶ。世界樹に使う薬のタイミングなのだから、〈世界樹の巫女〉が関わってくるのはなんら不思議ではない。
「……そうか、サンゴさんのスキル!」
「そうですにゃ! 世界樹が活性化したタイミングで、この薬を使うんですにゃ!」
そうすれば、世界樹は最大限〈世界樹の再生薬〉の効果を得られるはずだ――とタルトは言う。もちろん、それに関しては私も再生だ。
「なら、サンゴさんが戻るまではのんびりしていようか」
「はいですにゃ。わたしは素材を提供してくれたみんなと、世界樹のお世話をしながら待とうって話してたんですにゃ」
「いいね、それ」
私が頷くと、ウンディーネが楽しそうに笑う。
『これだけ世界樹を愛してくれる人がいるのは、嬉しいのだわ』
『があ!』
『よき、よき』
『早く世界樹の上で昼寝がしたいなぁ』
ウンディーネ、サラマンダー、ノーム、シルフだ。サラマンダーは尻尾がなくて、ノームは長かった髭が短くなっている。シルフは頭の花がない代わりに、可愛らしいリボンをつけていた。
「……あれ、そのリボンって」
「お師匠さまが買ってくれた、砂漠の民の衣装を着たときにつけてたリボンですにゃ! 大きくて可愛いお気に入りだったので、シルフにつけてあげたんですにゃ」
「やっぱり! タルトも似合ってたけど、シルフも似合うね」
可愛いは正義だ。
『わたくしもヘアアレンジをしてみようかしら?』
「すっごく似合うと思いますにゃ~!」
ウンディーネの言葉に、タルトがぱっと顔を輝かせて櫛を取り出している。めちゃくちゃ気が早い。
『それじゃあ、タルトにわたくしの髪を整える栄誉を与えるのだわ!』
「ありがとうですにゃ~!」
私は二人のやり取りを見て、楽しそうだなと笑った。
それから五日後、サンゴ、ケント、ココアの三人が島へ帰ってきた。
***
〈冒険の腕輪〉を得たサンゴは、「これはすごすぎます、本当の本当にすごいのです」と語彙力をどこかでなくしてきてしまったようだった。
「わかる。俺もこの腕輪に関しては、すごいしか言えないし」
「そうそう、この腕輪ってすごいんだよね」
ケントとココアも語彙はなくなっていた。いや、二人が腕輪を手に入れたのは結構前なので、そのときから語彙力がなくなっていたのかもしれない。
「ケントとココアに強力してもらって、レベルも上げてきたんですよ。スキルもきちんと取得できたと思います」
そう言って、サンゴはレベルが74になったことと、取得したスキルを教えてくれた。
〈花祈り〉:世界樹が活性化し、自身のマナが回復する
〈顕現〉:相方の猫が〈花降る鈴扇〉へ姿を変える
〈鈴花の舞〉レベル10:世界樹の生命力を活性化させ、レベル10はダンジョン〈世界樹の雫〉の入り口が現れる
〈鈴の如雨露〉レベル10:世界樹の恵みの水をあげ成長させる
〈鈴の鋏〉レベル10:世界樹の手入れを行い美しく整える
〈世界樹の心根〉レベル10:世界樹関連のスキル効果が増加する
〈磔〉レベル5:地面から根が出現し敵一体を拘束する
〈葉刺し〉レベル10:葉が降り注ぎ一体の敵を攻撃する
〈花の寵愛〉レベル5:対象から花が咲いて体力を吸い取る
〈崩壊〉レベル12:その場が崩壊し複数の敵に大ダメージを与える
……ここまでガンガン行こうぜ! だといっそ清々しいね。
サンゴのスキル構成は、まず世界樹のためというのを念頭に置いているのだろう。世界樹を世話したりするスキルは、すべて取得しているようだ。
次に、攻撃スキル。自分と守るためのパッシブスキルをはじめ、結界などのスキルも取ってはいないようだ。
戦って守る、というのを選択したのだろう。
……まあ、戦わなくてレベルが上がらず扇を手にできていなかったんだもんね。
サンゴの気持ちも、ちょっとわかるよ。
「サンゴさん、ケント、ココア、お帰りなさいですにゃ! わたしも〈世界樹の再生薬〉が完成しましたにゃ!」
「まあ! すごいです、タルトさん!」
「まじか! これでタルトも転職かぁ! くうう、羨ましいぜ!!」
「おめでとう、タルト!」
三人がタルトを褒めると、「にゃにゃ~!」とはにかんで笑った。
「もう再生薬を使うのですか?」
「この薬を最大限の効果で使うには、サンゴさんの舞と一緒がいいと思ったんですにゃ。上手く説明はできないんですが、そのときが一番いいと思うんですにゃ!」
「優秀な〈錬金術師〉のタルトさんがそう思ったのなら、きっとそれが最良なのでしょうね。スキルというものは、感覚に頼る部分も大きいですから」
特にサンゴはユニーク職業なので、感覚に頼らなければいけないことは多いだろう。他の人と、スキルについての検証をすることができないのだから。
「それじゃあ、舞いましょうか」
「お願いしますですにゃ!」
帰ってきたところだというのに、サンゴはやる気に満ち溢れているようだ。
サンゴの帰りを知った神官と巫女が、大婆様を連れて丁度こちらにやってきていた。鍵を使い世界樹の神殿に戻ってきたので、サンゴの帰還は周知されたのだろう。
サンゴとタルトが私を見たので、ゆっくり頷いて肯定をしめす。二人の力で、世界樹を復活させてほしい――と。
「――〈顕現〉なさいピピ、〈花降る鈴扇〉」
「わたしのありったけの力を込めた〈世界樹の再生薬〉で、蘇ってくださいにゃ」
サンゴの力強い声とともに、扇になったピピがシャンッと音をたてる。一歩足を踏み出したサンゴは軽やかな足取りで、大きな扇で軽々と舞い始めた。
〈世界樹の巫女〉サンゴの舞によって、タルトの作った〈世界樹の再生薬〉の中身が世界樹に降り注いでいく。
キラキラ光るその光景は、なんとも言葉にしがたいもので。
復活のポーションの効果が増幅され、大樹の幹からこの星に張り巡り巡らされ行き渡っていく。
枯れた色をしていた葉は鮮やかな緑色になって、凄まじい生命力を私たちに誇示してくる。枯れているなんてもう誰にも言わせないとばかりに、世界一はグッとその大きさと存在感を増して、私たちに生きているのだぞと、生きているのだぞと見せつけてきた。
タルトの〈世界樹の再生薬〉と、サンゴの舞。
このどちらかが欠けたら、きっとこの光景を見ることはできなかっただろう。私はせっかく実装したけれど、カメラを使うのは無粋だろうと網膜に焼き付ける。
……ああ、綺麗で美しくて、力強い生命を感じるね。
世界樹からこの世界の生命すべてが誕生したと言われても、そうなんだとあっさり信じてしまえるような光景で。
キラキラ光る世界樹に海が反射して、その輝きはいっそう増していく。
シャン、シャン!
鈴の音色に合わせるように、キラキラと世界樹に花が咲いた。白色の小さな花は何者にも染まっていないような気高さを持ち合わせている。
キラキラ、キラ――しかしなぜかそれが私の頭上に降り注いできた。
「え……?」
〈創造者〉のクエストを進めていたタルトではなく、〈世界樹の巫女〉として神楽を舞っているサンゴでもなく、繋がりのない私に世界樹の光が降り注いできた。
……どういうこと?
まったく予想できていなかったそれに、私は戸惑って一歩下がる。
サンゴとタルトにも何が起きているのかわからないようで、驚いた表情で世界樹と私を交互に見ているだけだ。
私がどうしたものかと考えていると、ウンディーネがハッと声をあげた。
「シャロン、世界樹の光はあなたの杖に集まっているのだわ!」
「え? あ、確かに……!」
手に持っている〈花兆しの聖杖〉は、世界樹の素材と聖なる火柱の炎で打った武器だ。ゆえに、反応したのだろう。
というか、それしか可能性はない。私と世界樹の繋がりなんて、それくらいしかないからだ。タルトたちと一緒にお世話をしてきたとはいえ、繋がりはひどく希薄だ。まあ、私だけが武器を持っているので、それだけが理由ならばみんなに申し訳なくも思ってしまうけれど。
……でも、今は世界樹が〈花兆しの聖杖〉を求めてるんだね。
私は静かに深呼吸を繰り返してから、一歩、また一歩とゆっくり世界樹に向けて足を進めていく。
同時に、サンゴの舞が終わり――ゴゴゴゴゴと、世界樹の幹が左右に割れ始めた。そして顕現したのは、重厚な、天使の羽をかたどっている扉。けれど、その扉が開く様子はない。
「もしかして、ダンジョンを顕現させるのが巫女の仕事で……そこへ入るために必要なのが、聖なる武器?」
ダンジョンへ入るためのキーアイテムが必要なことは、稀にある。
……しかも世界樹のダンジョンなんていう、この世界で一番やばそうな場所だ。何もせずに入れますよ! と言われた方が、戸惑ってしまう。
舞い終えたサンゴは、私と入れ替わるように下がってタルトの隣へ立った。みんなが私のことを見ているのか、背後の視線でわかる。一体何がこれから始まるのかと目が離せない。
世界樹の前に立つと、私は手にしていた杖を掲げてみせた。すると、何もしていないのに杖は光り輝き、その存在を主張し始める。
まるで共鳴するように。
神秘的な鈴の音が耳をつついて、私に何かを示せと訴えているかのようで。その答えはわからないけれど、私は無意識のうちにスキルを使っていた。
「――〈聖女の祈り〉」
これは天使を召喚するスキルではあるけれど、祈りというのも間違いではないのだ。〈世界樹の巫女〉が世界樹に祈るのだから、この世界のために〈聖女〉が世界樹に祈りを捧げるのも必然だろう。
「ああ――聖なる力の源が、復活したのですね」
私の祈りにより天から顕現した天使の手が、私の肩に触れた。まるで宗教画のような登場の仕方をした天使に、周囲にいた人たちが息を呑んだ。
「天使ちゃん、世界樹は……」
「私の羽を杖の材料にしたのですからね。きっと、世界樹も私を認めざるを得ないでしょうね」
とても美しく微笑む天使のそれを慈愛だと言っていいのかは甚だ疑問に思ったけれど――それでもやはり、天使は神秘的で儚く、綺麗だった。
「ああシャロン、扉が開きますよ」
「――!」
世界樹の幹に出現した扉は、ゆっくりと……その世界を開いた。




